第6話


 先程初仕事であるニュース番組でのリモート出演を終えたばかりである。そこに部門は違うが同じ事務所の先輩となったCheChillのメンバー2人がやってきたのだ。

「来るの早くないですか?番組終わってまだそう経ってないのに」

出番が終わって1時間くらいしか経ってないのに、すぐに訪問してきた麻衣と栞。

「朝コーヒーショップでタブレットにワンセグ入れて放送を見てたあと、家に向かってスタッフが撤収するまでスタンバってました」

ある漫画みたいなことを炎天下でしながら、彼方んちに入るタイミングを伺った2人に溜息をつきつつも本題を聞く。

「ところで何しにきたの?今回の新曲で外れてお暇なお二人さん」

「外れたなんて失礼ね。これでも私達は忙しいんだよ」

「まあそうだよな。栞さんは新作アニメのアフレコとプロモーションで、麻衣さんは映画の撮影で忙しいって聞いてるよ」

「わかってたのね。これが私たちCheChillのやり方ですから」

そう、7人組でありながら新しい曲の発表毎に2人がローテーションで外れるのは、CheChill以外にも多くなってきた個人の活動との調整を取りやすくする為だ。今回のように麻衣の女優業や栞の声優業で外れる事もあれば、美乃梨の学業とキャスターとしての仕事、エレナのコスプレやバラドル業、有菜が動画創作全般に関する仕事で外れる事もある。CheChillの仕事が中心の絶対的センターのミユとリーダーとしてのプライドがあることと、グラビアアイドルというスケジュールが調整しやすい美嘉が外れる事はほぼ無い。これらは彼女らの意向が存分に組み込まれたものであり、この活動形態をファンの大半は理解してくれる。

「今日ここにきたのは他でもありません。彼方さんに明日の私たちの生配信にゲスト出演してほしいのです」

「生配信って『あれ』ですか…」

「あ、もちろん事務所を通して許可はおりてるから安心してね」

「いきなりそう言われても…出るしかないか」

大のCheChillファンである彼方にはその配信が何かは当然知っていた。そして自分が次の仕事としてゲストで出演する事も思っても見なかった。

 

 日曜日の正午前、彼方は栞、麻衣と共に事務所内の動画撮影用スタジオで生配信の準備をしていた。

「彼方さんは冒頭の挨拶の後の出番になるので、画面の外で待ってて下さい」

彼方は緊張しているのか無言で頷くのみだ。まずは栞と麻衣のみのから配信がスタートした。


「はーい、今回も始まりました『外れ者の小唄』この番組は私たちCheChillの新曲が発表されるごとに外れた2人が新曲や様々な情報を発信いたします」

「今回はシオリとマイでお送りいたします」


『外れ者の小唄』はCheChillの公式チャンネルの中でも人気のある企画だ。チャット欄では絶えずコメントが流れ、結構な額の電子マネーの投げ銭が入ってくる。まあそれでも大半は事務所が一旦預かり、彼女たちの手元には一定の額しか入らないのだから彼女らの懐は渋いままなのだが…そんなことはさておき冒頭の挨拶が終わりいよいよ彼方の出番となった。

「それでは本日はスペシャルゲストにお越しいただいております。世界で活躍するホワイトハッカー・和泉彼方君です!」

「ど、どうも和泉彼方です…ん?」

彼方が出た途端、配信画面に乱れが発生した。スタッフも慌てているようで配信が中断となった。

「なんだ?回線に異常があるのか?」

スタッフが疑問に思いながら処理を考えているところに彼方がヒョイっと覗き込む。

「いや、これは動画配信サイトへのサイバー攻撃の可能性が高い!」

一瞬で異変が別のところにあると察知した彼方が本気の表情に変わる。

「僕がいるっていうのに、攻撃仕掛けるとはいい度胸じゃないか!」

自分のカバンからノートパソコンを取り出して、颯爽とキーボードを叩く彼方。原因となったサイトのサーバーにアクセスするためだ。


「彼方さん、無理しないでください」

「・・・」

「どうやら今は口出さない方がいいわね」

栞と麻衣の応援を聞くことなく表情を崩さず一心不乱に、サイバー攻撃に立ち向かっていく彼方。見えない相手と戦いはじめて30分くらい経った頃、攻撃の根源を見つけた彼方は対抗しうるコードで返り討ちにした。

「ふぅ、これでひとまず凌げたな…あとは警察に連絡して本格的な復旧はサイト側にやってもらいましょう。しかしこれだと今日の配信は無理ですね」

とりあえず悪質なクラッカーを追い出したものの、動画サイト側が完全な復旧をしない限りは配信は難しいと判断した彼方とスタッフ。

「そうですね。この動画の概要やコメント欄は生きてるので、SNSと共に配信中止の告知をしておきます」

スタッフが伝わる範囲での告知を提案して行動に移すなか、彼方は麻衣と栞のもとにいき申し訳ないことをしたと謝る。

「2人ともごめんなさい、今日の配信ダメにしちゃって…」

「なんで謝るの?せっかくサイバー攻撃に立ち向かう格好いい彼方さんを生で見られたんだから」

「そうそう、そんな姿を他のみんなに見せる為に動画と写真撮っちゃった」

「え?それはマズイよ!」

むしろここまで大活躍する彼方を見て感激し撮影していた2人。あくまで撮っていたのは顔のアップであり手元は映っていない。パソコンの画面や手元が写っていたら一大事だったけど、確認して少し安堵した。

「だって折角の彼方くんの活躍、私たちだけで見せるのは勿体無いよ。他のメンバーにもシェアするよ。もちろんミユにもね」

「え、それは恥ずかしいなあ…」

そんな会話がなされた一方、スタッフ達は処理してる最中に1人があることを呟いた。

「そういえばサイバー攻撃を喰らった直後、動画サイトの画面が乱れて『VIVID』(ビビッド)って文字が出てたな…」

(『VIVID』だって?まさかな…)

その呟きを傍らで耳にした彼方は心当たりがあるのか再び固い表情となる。


 少し遡って、新曲のMV撮影で沖縄に行ってたCheChillメンバーは現地で撮るパートを終えて、帰りの飛行機に乗る為空港にいた。搭乗時間まで栞と麻衣そして彼方が出る配信をチェックしようと美嘉以外のメンバーはスマホ画面で待機していた。

「今回はカーくんも出るから楽しみなんだよな~」

「そういや土曜の朝のカナちゃん、バズってたね」

「初めてにしてはまあまあの受け答えができてたしね。あ、ミユもうすぐ始まるよ」

「本当?彼方君見たかったんだ~」

空港内のラウンジにて有菜、エレナ、美乃梨が期待に胸を膨らませているなか、お花を摘みにいっていたミユも合流して配信がスタートした。一方の美嘉は…

「あ~あ何で彼方が出るだけで期待してるの?バカみたい」

ひとりだけさんぴん茶飲んで他メンバーとは違う行動をしていた。だが他の4人がスマホ画面を見てる表情が変わった。

「カナちゃんが出た途端配信が止まってる…んもーなんで肝心な時に!」

「あれ、これってサイバー攻撃なんじゃ?」

エレナが嘆く一方で美乃梨はサイバー攻撃が原因と見抜いた。そして有菜とミユも言い出す。

「だったらカーくんがなんとかしてくれるか?」

「残念だけど、彼方くんがカタをつけてくれるならこっちは東京に戻るまで祈るしかないね」

彼方を信じスマホの電源をオフに搭乗時間になったので全員が飛行機に乗り込んだ。


 約2時間半後東京の空港に無事到着し、事務所の車に乗り込むとCheChillのメンバーが再びスマホをオンにする。メッセージアプリに栞と麻衣から彼方がサイバー攻撃に立ち向かっている真剣な顔の写真と動画が送信されていた。

『配信の件、中止になったけど彼方さんがサイバー攻撃に対して真剣な表情をしていた写真が撮れたので添付します。あと麻衣は動画に収めてるのでそれも後で送ります 栞』

それを見た美嘉以外の4人は密かに歓喜していた。

「流石カナちゃん!普段は可愛いけどこういう時やるなんて惚れ直しちゃう」

「お、カーくんやるねえ~」

「本当にカッコいい…生で見たかったなあ…美乃梨さん、私には無理かな?」

「そうね…『外れ者の小唄』は無理だろうけど、企画動画で出来るか掛け合ってみるよ。ミユと彼方君の対談で…」

「何やってんだか」

4人それぞれ反応して楽しむ中で美嘉だけは呆れていた。 

 撮影が無事終わったことを報告するために事務所に着くと警察車両があり、警察官が丁度入っていくところを目撃した。

「あれ、何かあったのかしら?」

「確かめましょう。麻衣たちに何かあったのかもしれないわ」

いち早く気づいたエレナと事務所のスタジオに彼方たちがまだいると仮定して心配になった美乃梨がドアを開けて一目散に駆け出す。

「ちょっと、報告はどうすんの?」

止めようとする美嘉に対して

「あ~ミカが一人でやっておいて」

「う、うん…」

有菜が丸投げを頼んでミユを引き連れて後に続いていく。そして美嘉はただ茫然としていた。車から降りたミユたちは颯爽と警察の後をつけるように事務所に入る追いかける。配信用のスタジオで事件があったようで彼方、栞、麻衣と数人のスタッフが警察から聴取を受けていた。

雰囲気は真剣であるものの固くはなく、会社以外のパソコンからあるデータを移して終わるようだ。

「それでは撃退の為に入ったログは押収いたします。何かありましたらご連絡いたします。あとサイバー犯罪対策室からは『素早い対応に感謝』とお言葉をお預かりしております」

「ありがとうございます。ここから先は警察にお願いいたします」

「ご協力感謝いたします。それでは失礼致します」

聴取と検分を終えて警察官が去った後、美嘉以外のCheChillメンバーと彼方が集まって話していた。生配信中に動画サイトが何者かに侵入されて彼方が撃退した事で被害は最小限に抑えられて復旧もすぐできるようだ。しかし問題はここからだった。

「彼方君、どうしたの?私たちに聞きたい事って」

「皆さんは『VIVID』って聞いたことありますか?」

彼方の言葉に場にいた一同は戦慄を覚えた。

これが彼方だけでなく「壁」である姉・美嘉や周囲を巻き込むことになろうとは知る由もなかった。


続く

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