第5話

「姉ちゃん、帰ってくるの明日じゃなかったの?」

月曜日の夜10時、ハワイでのグラビア撮影で帰ってくるのがあす火曜日の予定だった姉・美嘉の突然の帰宅に驚く彼方。それに対して美嘉は

「あーそれ予備日含めたスケジュール。撮影順調だったから予定通り今日帰ってきたの。で、彼方は何やってんの?」

呆気なく答えて、質問返し。

「8時まで友達と勉強してた。その後晩御飯食べてさっきお開きになったんだよ」

ある程度隠して答えた彼方だが、美嘉はどこか疑ってる様子。

「ふ~ん、見るからに4人分ね…アンタ、トオル君とケンタ君の他に誰を家に入れたの?」

まだ片付けていない容器や残り物等の夕食の跡を見て人数を察した美嘉は彼方に詰めよる。正直に裕美がきたことを言う事はできなかったので、

「赤点ギリギリのクラスメイトが1人いたから呼んで一緒に勉強した」

とお茶を濁した。実際裕美がテストピンチのクラスメイトなのは事実だし性別を言わなければこれ以上詮索される事はないと踏んでいた。


「ふ~ん…話変わるけど、彼方結局は私たちと同じ事務所に所属したのよね?今日帰国してネットのニュース見たら載ってたわ」

読み通り一応納得した美嘉だが、日本に居ぬ間に行われた彼方の事務所入りに言及してきた。

「まあな、姉ちゃんだけが反対しているなか副社長や他のメンバー、事務所全体で歓迎してくれたからな」

「それはもういいわ。こうなったらアンタの事務所入りは認めるけど、これで『ミユ』に逢えるとは思わないことね。ここまで譲渡するんだからありがたく思いなさい」

上から目線ではあるが、ようやく彼方の事務所入りは許した美嘉。それでも「ミユ」には逢わせないと意地を張るがじつは既にアイドルとして以前に素の裕美と学校で毎週会っていたなんて話したら発狂してしまうので今は言わないでおくことにした。

「それはそうと疲れたしお腹すいた~なんか食べたい~」

芸能の仕事関連の話は、美嘉の空腹により区切りをつけて彼方は冷凍庫を開ける。

「え~いつもの冷食?」

「文句ある?」

「いや…」

彼方が定期購入している冷凍食品を取り出すとブウ垂れる美嘉。それに睨みを効かせる彼方。実はこの家の「主」は彼方であるためこういう面では逆らえない。

和泉家は両親がマンション経営や土地管理など幅広く手掛ける資産家であり、割と不自由なく暮らしていける。両親はシンガポールに住んでいて、現在彼方と美嘉が住んでる家は「彼方が和泉家の資産管理に関するプログラムを提供した分の報酬」として与えられたものだ。そのため所有者は現時点では父であるが、維持費用や税の大半は彼方が出しており成人になれば所有者は彼方に移る。美嘉は人気アイドルグループのリーダーとはいえその稼ぎは彼方に比べたら足元にも及ばない額である。一人暮らしするにも面倒なため、彼方の家に厄介になってる状態だ。ただでさえ『ミユ』と逢わせなかったり、横暴な振舞いでマイナスなのにこれ以上文句言うなら追い出されてしまうので渋々と冷食の夕飯を口にするしかなかった。無言で食べ切ると、ごちそうさまとも言わず美嘉は自室に戻っていった。

「本当は事務所入りを止めたかったんだろうけど…」

彼方が壁である姉を打ち破れる「武器」は持っているものの、今はまだ鞘に収めている。なんだかんだで家族にその武器をぶつけることを躊躇っていた。

 火曜・水曜の仕事と勉強の日々をこえて迎えた木曜・金曜の高校の夏季テスト。普段からまめに勉強していた彼方やトオルとケンタ、復学して彼方たちに教えてもらった裕美はいずれも難なく全教科で平均以上の点数を叩き出して夏休みを迎えることができた。

「夏休み~と言っても8月だけだし、仕事と課題と忙しいな。まあお盆に旅行はするよ」

トオルとケンタは会社を経営しているため、普段と変わらない。せいぜいお盆に旅行をする予定が変わり映えするところだ。彼らは17歳なのにほぼ社会人のスケジュールをこなしている。

「そういう彼方も仕事だろ?」

「ああ、ホワイトハッカーとしての仕事はコンスタントにあるからね」

「そうじゃねーよ!タレントとしての仕事だよ」

仕事と聞かれてホワイトハッカーとしての仕事かと天然を炸裂させた彼方に、ケンタがツッコむ。テストが終わったので文化人・タレントとしての仕事が解禁されるのだ。

「それは今から確認する。今日まで事務所が連絡控えてくれてたから今終わったことを連絡するよ」

「そういや米原、テスト終わったらすぐにスマホ取り出して何か電話してたな。終わったら先に帰っちまったけど」

テストが終わった直後、スマホを見た裕美は「用事があるからお先に失礼するね」と去っていった。確認して早速仕事に行ったんだなと実感する。でも裕美がCheChillのセンター『ミユ』であることは秘密だ。トオルとケンタにもこの事は言えない。高校の校舎内が騒然になるのが目に見えているからだ。話したらいけない分はしっかり心で留めて、話を自分の方に戻す。

「そ、そうだよな…手伝ってる会社で何かあったんだろうな。今から電話するからちょっとまってね」

文化人部門のマネージャーに電話を掛けてテストが終わったと報告すると、「早速仕事があるからメッセージを確認して」と言われたのでメールアプリを開けて確認すると早速明日朝いちばんに仕事が入っていた。


 芸能事務所に所属してのはじめての仕事となったのは土曜朝の番組においてニュースのコメントでのリモート出演だ。試験期間中、話題になったある市町村の役所のサーバーがサイバー攻撃を受けた事件についてコメントが欲しいとの事だ。

翌日土曜日の朝8時からなので大至急の案件だ。質問はあらかじめ用意されているので一部の回答は準備しておいてほしいとのことだ。なおそれ以外のコメントやセリフは準備されているとのこと。渡された質問の大まかな答えは家に帰って早速考えて当日の朝を迎えた。


 ちなみに美嘉はCheChillの新曲ミュージックビデオ撮影で金曜日夜から泊まりがけで何処かに行っているので家にはいない。多分『ミユ』の正体である裕美もその撮影で至急出発して他のメンバーと合流している事だろう。


 初仕事当日の朝6時、番組スタッフ2名が自宅に来ていた。和泉宅にあがったスタッフの1人はリビングでパソコンを取り出して、生放送用に作られたリモート中継用のアプリの準備をしている。その間もう1人のスタッフは彼方に軽くメイクを施し、服装についても清潔感とかっちりとしたものという事でスタッフ側が持ってきたスーツをノーネクタイで着ることになった。あ、リモートだからといってもズボンもちゃんと履かされた。着替えている間にリモートの準備ができたようで、パソコンの前に座ると番組のスタジオと繋がっており、そこにはスタッフとMCが映っていた。

『はじめまして。『MEZAME』のMCを務めさせていただいております中村(なかむら)はるかです』

「はじめまして、和泉彼方です。初めてのお仕事になりますのでよろしくお願いします」

画面越しでのMCの女性アナウンサーと放送前に打合せ。ここで大まかな答えをスタッフと調整して放送で言う答えをまとめる。これまでホワイトハッカーとしての仕事をしており、遠隔形式での会話は慣れていたし本番も台本とまとめた答えを言えばいいためさほど緊張しなかった。そして生放送がスタートしたが、彼方が出るニュースの番まで少し時間があった。

最初は海外の情勢に関するニュースが流れ、スタジオのコメンテーター陣による意見が交わされ次のニュースが映る。彼方の番だ。

『次は市役所のサーバー内にある住民情報を書き換えた悪質なクラッカーとそれを手引きした市の助役が逮捕された事件についてです』

まずはVTRが流れる。

『今回はリモートで世界的なホワイトハッカーである和泉彼方さんをお呼びしております。和泉さん、本日はよろしくお願いします』

本来はハッカーというだけでIT技術に精通した人物という意味であるが、この日本では悪い意味でとらえられるのでホワイトを付けないといけない状況をもどかしく感じた。それを知ってかMCであるアナウンサーはサイバー攻撃を行う悪質な犯罪者「クラッカー」という単語を使っているところに心配りを感じた。それはさておき、打ち合わせた通りの意見や答えを話して専門家としての意見と対策を語り役目を終えた。

『本日は和泉彼方さんにお越しいただきました。ありがとうございました』

いくらリモートで10分程の出演とは言え全国の電波に乗って映っていると思うと流石に緊張してしまった。それでも先日のイベント登壇の経験と住み慣れた自室での出演ということもありなんとか切り抜けた彼方はへたれ込む。

「彼方さん、お疲れ様でした。それでは撤収しますのでスーツ脱いでいただけますか?」

とスタッフに言われ、颯爽と部屋着に着替えて衣装のスーツを返す。そして次の仕事があるのか、

「本日はありがとうございました」

「それでは失礼いたします」

と一定の礼儀は示しつつ、急足でスタッフは去っていった。


 朝の生放送の出演を終えて、事務所に報告したのは朝の9時半。テストからも芸能の仕事からも解放され、ホワイトハッカーとしての仕事もお休みなので、

「今日は久々の推し活だ!」

と意気込んでいると玄関のチャイムが鳴った。モニターホンを確認すると…

『あ、彼方くん開けて~』

朝の放送を見て駆けつけた麻衣と栞だった。推し活はお預けか…と溜息つきつつも彼方は玄関のドアを開けて2人を迎え入れた。

「初仕事お疲れ様~ちゃんと受け答えできてたね」

「彼方さん素敵でしたよ」

先程の初仕事を褒める麻衣と栞。彼女たちは彼方に何か用でもあるみたいだけど…

あ、新曲のMV撮影があるCheChillのメンバー2人がどうして彼方の家にやってこれたのかは次のお話ということで。

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