最推しに逢いたい~Sister's Wall~

草薙薫

第1話

「今日はこれで失礼します。お疲れ様でした」


 7月・都内某所のある水曜日の夜8時、1人の男がパソコンの画面相手に、仕事上がる事を伝えてログアウトした。仕事用のパソコンが完全にシャットダウンした事を確認して、これまで仕事していた男は顔が緩み1人の少年に戻る。

 彼の名前は和泉彼方(いずみ・かなた)。リモートでITの仕事をしながら、通信制の高校に通う16歳・高校2年生だ。小学生の頃から頭脳は明晰だったけど、女の子に見間違えるほどの顔立ちと体躯、パソコンオタクであった事が原因でいじめに遭い不登校に。中学時代は丁度新型のウイルス感染症が蔓延した影響で、自宅学習やリモート授業が中心だった。通学せずとも学ぶ事ができるうえ独学で自分の好きなパソコンの技術を磨く時間も多かった。結果若くして「認定ホワイトハッカー」と言う仕事に就いたのだ。

 名称から誤解されやすいが「ホワイトハッカー」とはコンピューターに精通しているスペシャリストであり、トラブル解決やプログラミングの提供など多岐にわたる仕事をこなす。その中でもサイバー攻撃の技術を正しく使う事でサイバー犯罪を防ぐ者は「認定ホワイトハッカー」として活躍できるのだ。

 高校一年の頃、偶然大手配信メディアのサイバー攻撃を見つけて阻止したことにより、ホワイトハッカーとして知名度が上がった。以降複数の会社のサーバー管理や対策のアドバイスで稼げるプロとなっている。


 そんな彼も仕事が終わればあるアイドルの大ファンである1人の男子高校生だ。彼が入れ込んでいるのは人気アイドルグループ『CheChill』(チーチル)で常にセンターを務める「ミユ」だ。

『CheChill』は大手芸能プロダクション・アースランが「ミユ」を筆頭にグラビアアイドル、女優、声優、コスプレイヤー、インテリのキャスター志望、クリエイターと事務所内のそれぞれ違う分野から集められたメンバーで構成された結成して3年、本格デビューして2年くらいの7人組グループだ。

 大手事務所としては若手を抱き合わせして各分野のメンバーの知名度を高める目的があってか、最近ではそれぞれ個人での活動も増えつつある。ただ「ミユ」だけはグループとしての活動のみでソロ活動がほとんどない。それだけでなく他のメンバーとは違いプロフィールや経歴・本名が謎に包まれていてミステリアスな存在感を醸し出している。それでも「アイドル」としての才能・素質を全て持ち、常にセンターを構えているだけあって人気はうなぎのぼりだ。

 彼方も「才能あふれる若者」としてメディアで取り上げられる事があるが全国的な知名度は低い。知名度や有名人と言えば日本では芸能界で活躍する人のイメージが強い中では「ミユ」やCheChillに比べたら彼方はそんなアイドルの1人にハマっている普通の少年に過ぎないのだ。

「さーて、シャワーと晩飯を済ませて『ミユ』推しの時間といくか!」

 20時に仕事や勉強を終えて、推し活の時間を少しでも多くするためにシャワーと食事をスピーディに終わらせるのが彼方のルーティンである。

 

 この日も21時前にやっと推し活の時間となった瞬間、ドアの開く音がした。

「彼方~ミカ姉ちゃんのお帰りだぞ!」

 貴重な推し活時間の崩壊を告げる、姉・和泉美嘉(いずみ・みか)の帰宅である。

「おかえり・・・」

「何よ、不機嫌な面して~人気アイドルグループ・CheChillのリーダーである美人な姉がいるというのに、あんたは『ミユ』ばっかり追いかけて、お姉ちゃんは悲しいわ~」

 そう、彼方の実の姉である美嘉はCheChillのリーダーであり、抜群のスタイルでグラビアアイドルとしても活躍する「ミカ」なのだ。

「ほっといてよ。僕が誰を推そうが勝手でしょ。姉ちゃんは家族だから応援はするけど、それとこれとは話は別だからね。大体姉ちゃんだけずるいよ!毎日のように『ミユ』と顔合わしているんだから僕にも紹介してよ!」

 彼方は同じグループにいる絶対的エース・「ミユ」が姉と一緒にいることが多いのに自分には会わせてくれない事に対して不満だった。一緒にいるなら自分と「ミユ」を取り持って欲しいと懇願する。

「何度も言わせないでよ!いくら弟の頼みでもこれだけは受け入れられないわ」

 CheChill結成当初から毎日のように言い合って3年くらいなので約千回頼み込んでるけど、美嘉が首を縦に振った事は一度も無い。それだけではなくイベントやライブで「芸能人の身内の特権」としてよくある舞台裏潜入や楽屋への訪問も許していない。基本的に弟に甘い美嘉でも「ミユ」か絡むとドライになる。

「楽屋への訪問は許してないかわりに他のメンバーが彼方とよく遊んであげてるんだから文句言わないの。なんなら私より仲良くて羨ましいくらいよ」

「ミユ」以外の残りのメンバー5人は美嘉を通じて面識がある。一応「恋愛禁止」ではあるが、双方交際意識はなくメンバー達は彼方の容姿のこともあり「みんなの弟」と認識して可愛がっている。それでも彼方はその中に最推しである「ミユ」が含まれてないので満足できていない。

「だいたい何で『ミユ』にご執心なの?他のメンバーとは何か違うの?」

「……『ミユ』ってデビュー前の動画で身寄りがなく遠い親戚である事務所の会長に引き取られて育った生い立ちを語った事があったんだ。それでもめげずに邁進して行く決意を見て僕も頑張りたいと思ったんだ。『ミユ』のおかげで頑張ってホワイトハッカーになれたし、メディアにも取り上げられて地位的には追いついたと思うんだ。だから実際に逢って仲良くなりたいんだよ!」

 結成から本格的なデビューをする前の1年くらいは動画投稿サイトに立ち上げた公式のチャンネルでの配信で逐一デビューまでの道のりを流していた。その動画の中で「ミユ」が語っていた過去と決意に心打たれて自身の糧にしてきた。そこからいつか逢えると信じて頑張って今の地位を築いてきた事を打ち明けた。しかしそれでも…

「あ、そう。そんな事しても無駄だわ。今の『ミユ』とは仕事では一緒だけど、素やプライベートで一緒になることはほとんどないわ。彼方の話してもはぐらかされたわ」

 何度も説得しても突き放す理由はそこにあった。彼女は彼方にとってのは「壁」という存在だ。この壁をぶち破る方法を模索しているがなかなか思いつかないままミユと会えない日々が続いている。

「は~い…今日のところはこの辺りで勘弁するよ。それじゃこれから推し活タイムだから邪魔しないでよね」

 姉との会話に時間を割かれてしまうも、なんとか15分くらいに抑えて自分の時間を楽しみにいく彼方。彼方が去ったあと、美嘉は一人食卓でため息をつく。

「はあ…知らない事が幸せということもあるのよ…」

 姉がこう呟いている頃には彼方は自室で配信ライブ映像の応援鑑賞していた。こうして彼の推し活は日付が変わる直前まで続くのである。


 翌朝の木曜日、この日は週一回の通信制高校の登校日である。普段、仕事と自宅学習やレポートで自室に篭ることが多い彼方が珍しく外出する日でもある。朝6時半に起きた彼方は身支度と朝食を合理的に済ませて7時半には出掛けていった。ちなみに美嘉は今日オフの為熟睡中だ。

 家から徒歩で10分程の駅から電車で20分の都心の中心駅で下車して更に5分くらい歩いて全国的に展開している通信制高校のサテライト校舎に登校する。

「「おお、彼方おはようー」」

「あ、トオル、ケンタおはよう」

 登校して校舎内でよくつるむ男子の学友たちに軽く挨拶を済ませ…られなかった。

「なあ彼方くん、この1週間CheChillとどんな事してたんだ~」

「まったく…メンバーの殆どはウチに泊まりに来たけど、何も無かったよ…僕も姉ちゃん達も最近忙しかったから」

「それだけでも羨ましいわ!」

「どこがだよ…最推しとは一度も会えてないのだからよ…」

「あ~『ミユ』か、彼女は崇拝するだけで十分だよ~ただでさえ贅沢な思いしてるのに高望みし過ぎなんだよ」

「現状に満足したら終わりなんだよ。僕は諦めないよ。仕事も勉強もできるところまで極めていつか『ミユ』と逢ってみせる」

「お~ガンバレや~としか言えないな」

 最初は彼方をからかっていた学友・トオルも、彼の野望の為に努力を惜しまない点に少し引いてしまった。とは言え若くしてITの世界で活躍し、学業も効率良くこなしており国立大への合格も可能な成績を持つのでなんだかんだで有名で慕われている。


「でもよ、CheChillって7人で活動していたのにここ最近は曲出す度に5人が持ち回りで出てるよな」

 からかっていた学友の一人・ケンタがいきなり疑問を投げかけた。CheChillは中国語で「7」を意味する「チー」と韓国語で「7」を意味する「チル」を掛け合わせて付けられている。結成、デビューしてから当面は文字通り7人で活動していたが、一部メンバーの個人活動も活発になってきたことから物語中の今年1月初めから曲のリリースや展開にあたっては7人中5人がローテーションで活動し、あぶれた2人は個人活動に精を出している。この形式は一時期某男性アイドルが取っていた形式でもあるため、受け入れられてはいるが何処か違和感を感じているファンも少なくない。絶対的センターである「ミユ」とリーダーである美嘉は常に選出されており、その存在感を表している。他の5人は入れ替わり立ち替わりしているので結構合理的なやり方であった。


「でも俺は一推しのミカと『ミユ』が常に選出されてるから文句ねーぜ」

「これは僕も同意見。ってケンタは姉ちゃん推しなのかよ!というか会わせないよ!」

 ケンタの推しが姉・美嘉と知り牽制をかけてるとそこへ女子が声をかけてきた。

「おはよう。朝から元気な彼方くんなんて珍しいわね」

 男子達の会話に割って入ってきたのは、女子の学友である米原裕美(よねはら・ゆみ)である。

「はっ…おはよう、米原さん。恥ずかしいところみられちゃったね」

 同性の学友達とのアイドル談義に熱が入っていた事に赤面しながら挨拶を返す彼方に、裕美はほくそ笑む。

「別にいいんじゃないの?動機はどうであれ、勉強も仕事も両立して高みを目指していくなんてしっかりしているよ………」

「あはは、ありがとう…あれ、どうしたの?」

「ううん、何でもない」

 裕美のからかいの後の大きい間に疑問を抱きつつも、深く追求することはせず週一の高校生としての時間を楽しむのであった。


 裕美が彼方と知り合ったのは2年進級時だ。裕美は1年と少し前、とある都合でもともと通っていた高校を1年次終わりに休学していたが、1年で事が落ち着いたのか通信制の2年に転入・復学したのだ。そのため同学年でも年齢は裕美が一つ上だ。新学期が始まり3日くらい経った頃、彼方が一人でいた裕美に勇気を出して声をかけたところから、友達付き合いが始まった。ちなみにこの時点で7月の中旬であり知り合って3ヶ月でありながらそこそこいい付き合いだ。

 新型流行病の蔓延の影響なのか、裕美は今でも常にマスクをしている。上半分を見るだけでも可愛い顔立ちをしている。彼方はマスクが外れた裕美の顔全体を拝んだ事がある。鼻と唇もどう形容したらいいかわからないが整っていたので、本当に可愛い顔だった。一瞬で周囲を魅了するアイドルのように…裕美本人は赤面して、すぐにマスクし直したが彼方はその裕美の顔が脳裏に焼き付いていた。

 裕美との経緯や容姿を説明している間に、16時の放課後となった。彼方が放課後に行うのは主に仲間との交流や自習のほかに「少しでも体を動かそう」という方針で設置された話題の軽めのジムを模倣した施設で私服のまま軽くトレーニングすることだ。校舎内でやれることやるだけで19時の下校時刻はあっという間に訪れる。


「彼方くん、また来週ね~」

「うん、お疲れ~」

 裕美や学友との時間はあっという間に過ぎていくもので、下校して駅でお別れして帰りの電車に乗り込む。家近くの駅で降りたら寄り道せずにまっすぐに家に帰り、すぐに宅配式の冷凍食品での夕食を済ませる。少しでも推し活に使う時間を多くする為だ。

 しかしこの日も推し活を邪魔する者が家にいた…

「おー、彼方お帰り~」

 姉である美嘉だ…けではなかった。

 CheChillのメンバーのうちコスプレイヤーでもある河野エレナ(こうの・えれな)と声優としても活躍する森川栞(もりかわ・しおり)だ。

「カナちゃん久しぶり~!エレナ寂しかったんだよ~」

「ちょっとエレナさん、いきなり抱き着くのはやめてよ!」

「そうだよ、エレナは自制が聞かなさすぎよ。彼方君大丈夫?」

 彼方を見つけるや否や抱き着いてくるエレナと止めに入る栞、共に彼方を弟みたいに可愛がっているが接し方は違う。欧米系の血を引くクォーターであるエレナはスキンシップが激しめであるため、会うたびにハグや頬擦りを仕掛けてくる。一方栞はしおらしく見えてそっと腕を絡ませる事をよくするため周囲に誤解を生みやすい。CheChillの中でもこの2人は彼方への溺愛ぶりが重く、彼方本人は辟易していた。

「おー、アイドル2人に挟まれて両手に花というのは羨ましいね~あ、両手じゃ足りないか?」

 実の姉による茶化しがこれほど怒りを覚えるものなのかと彼方は苛立ちを隠せなかった。

「だいたい今日は彼方君にお願いがあってきたんでしょ」

「お願い?」

 栞の発言で場は一旦収束し、全員がリビングのソファに腰掛けるとお願いの詳細が語られた。


 2,3ヶ月後の秋から放送されるアニメのヒロインに栞が声優として抜擢されたこと、それに伴いCheChillが全面的にその作品の応援大使を務めることになったこと、そしてアニメの関連イベントが近いうちに開催されることだ。そのアニメというのは、VRの世界と現実の世界が密接に関わる難事件を解決していく「サイバーミステリー」モノだ。

「それで彼方君には再来週の日曜日に開催されるイベントを手伝って欲しいの。リアルのホワイトハッカーとしてコメントが欲しいから壇上に上がって話せる範囲で話をして欲しいの」

「仕事も休みの日だから、それくらいなら…」

「ほんと?ありがとう」

 彼方が参加することを喜ぶ栞に同調して、他の2人も

「カナちゃんが私たちと同じステージに立つなんて夢見たい!」

「彼方、お前はなんだかんだで優しいよな」

 とエレナに抱きつかれ美嘉の茶化しに辟易してしまった。

 なんだかんだで美嘉以外の「姉」の頼みを無碍に断れず承諾した彼方だが、これに色々な罠があることを知る由もなかった。


「おはようございます、今回のイベントでホワイトハッカーとしてトークコーナーに出演させていただきます和泉彼方です。本日はよろしくお願いします」

「「「よろしくお願いします」」」

 約束の日曜日。彼方は美嘉達に頼まれてアニメ化記念イベントに登壇することになった。12時開始だが3時間前には来るようにと言われたため、9時前に会場入りした。この日の彼方の格好は学校に行く時と同じモスグリーンの綿パンとブルーの半袖パーカーだった。着るものにはそんなに頓着しない彼方はこれでもいいと思っていたが、スタッフに止められる。

「彼方くん、このままだとマズいからこちらで用意した衣装着てメイクしてもらえるかな?」

 流石にステージに上がるので最低限のメイクと身だしなみが必要なのだろう、男性用控え室に通された彼方。

「彼方さん、まずはこちらでメイクしてください」

 彼方はメイクは滅多にしない。過去に数回、世界的なメディアに「世界を変える若き才能」を取り上げる企画に選ばれて写真撮る際に施された事があるくらいだ。今回も記者などマスコミ関係者各位も来場しているので同じようなものかと思っていた…しかし用意された衣装に違和感を感じた。これには普通の衣装じゃないなと察した彼方だけど、乗りかかった船で引くに引けなくなったので衣装に袖を通した。


 開始1時間前にメイクと着替えを終えた彼方であるが、怪訝な表情で控え室内にある鏡とにらめっこしていた。トップス、ボトムス双方はダークグレーでシックなのだが、所々に多数のベルトが施されていたのだ。

「これはひょっとして…」

 コンコンコン

 誰かがドアをノックしてきたので開けると、豊満な胸がむき出しのチューブトップにデニムのホットパンツと黒のサイハイブーツというセクシーな衣装を着た美嘉と女子高生風の衣装なんだけど桃色のウィッグを被ったエレナ、そして声優としての登壇なのでブラウスにロングスカートと言った普通の服装の栞である。

「あ、彼方君も準備万端だね」

 栞が彼方の格好を見て感心する一方、彼方は疑問をぶつける。

「僕、ITのスペシャリストとしてコメントをする為に呼ばれたはずだよね…」

 確かに登壇するだけならそれなりのメイクは必要だが、栗色の髪のカツラを被されてベルトの多い服を着させられたのは想定外だ。

「彼方、あんな普段着で登壇するなんてみっともないよ。だからイベントスタッフのご厚意で着替えとメイクを施してあげてるのにえらい言いようね」

「まあまあ、カナちゃん凄い似合ってるよ。作中の天才ハッカー『大和章(やまとあきら)』くんの格好!」

 美嘉の雑言をあびる一方でエレナは目を輝かせて彼方を褒めていた。そう彼方はアニメのキャラクターの格好、いわゆる「コスプレ」をさせられていたのだ。

「でもここまで元のキャラクターにそっくりだなんて驚いたわ。アンタ可愛い顔してるもんね!」

「姉ちゃん、流石に怒るよ…」

 彼方の顔をイジる姉に怒りはピークに達していたが…

「まあコスプレっと言っても女の子の格好させられてるわけではないんだし、今の彼方君にピッタリな感じですよ」

 栞の微妙なフォローに、彼方は苦笑いをする。これにより怒るのもバカらしくなり登壇に向けて切り替えた。

 コンコン!

「失礼します。彼方さん、そろそろトーク内容の打ち合わせしたいので移動お願いします」

「わかりました。それじゃあ姉ちゃんたち、一旦失礼するよ」

 スタッフとの打ち合わせのため、控室を出ていく彼方。去っていく彼方を見て栞とエレナは美嘉に隠れて少し怪訝な顔をする。

「ねえ栞…あの事いつ話す?このままだとカナちゃん可哀想だよ」

「今その話はしない方がいいよ。美嘉に気づかれないようにするためにはもっと隠れたところで…」


 トークの打ち合わせはつつがなく進み、イベントの出番まで袖で待つ事になった彼方。

「彼方君、トークは大丈夫?」

「台本通りに話していくよ。マスコミの質疑応答も知識をある限り出して答えるようにはするよ…」

 いつもステージに上がる美嘉たちとは違い、出番が来るにつれて緊張が隠せない彼方。

「CheChillのお三方、登壇準備をお願いします!」

「「「はーい」」」

 先に美嘉たちが登壇する。流石芸能人と言ったところか、オーラを発して愛想の良い外面を振りまいてステージに向かって行った。一人舞台の袖に残った彼方は緊張が高まってしまう。

「僕、大丈夫かな…」


「それではまずはCheChillのお三方に来ていただきましょう、どうぞ!」

 MCの紹介で壇上に姿を現す美嘉、エレナ、栞を見た観客は歓喜の声をあげ、取材陣のカメラのシャッター音が響く。そこからイベントは滞りなく進み約60分後、美嘉達が戻ってくる。

「いやー私たちの出番、盛り上がったよ~。次はカナちゃんが頑張ってね」

「今の彼方君なら大丈夫だから、思い切って行ってね」

「ヘマしたら、これまでの努力が水の泡になるから気をつけろよ」

 三者三様の彼方への声かけで、彼方は自分の番であること実感し意を決してステージに向かった。


「それではここからはスペシャルトークセクションに入ります。ITが作品の根幹となる事にちなみまして、本年の『世界を変える若き才能』に選出されたホワイトハッカーである和泉彼方さんに来ていただいております。どうぞステージにお上がりください」

 ついに彼方登壇の瞬間である。緊張を隠せない足取りでステージに向かう。美嘉達の時とは違い観客も取材陣も少しざわつく以外は静かだった。

(美嘉姉達の後の僕なんかじゃ、会場白けるよな…)

 と思ったのも束の間で、

「おいおいこいつ、大和章そのものじゃないか?」

「ほんとだ!可愛い男の子っているもんだな!」

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」

 一部の観客が言い出すと周囲に波及していき、瞬間的に拍手と歓声に湧いたのである。その様子を袖で見ていた美嘉達は…

「なんか、私たちの時より凄くない?」

 と自分達よりも注目を浴びる彼方に少し嫉妬していた。


 彼方のトークセクションはサイバー攻撃への対処方など自身の分野に関する事を外面よく語っていき、後半は質疑応答だ。この中では取材陣、観客問わずITに関することでは無く、私生活関係が殆どだった。

 特に美嘉との関係を問われた。

「今回はミカさん達に頼まれて参加を受けたという事ですが、CheChillの皆さんとはどんな関係なんですか?」

 ここで変な事は言えなかった…なんせ美嘉が袖から睨みをきかせている。まあ、そもそも美嘉はともかく他のメンバーともやましいことはないので彼方は素直に答えることにした。

「姉さんであるミカやシオリさん、エレナさんから今回のイベントにIT関係のスペシャリストとして出てほしいと頼まれました。姉さんを通じてCheChillの多くのメンバーとはいい友人として接しています」

 これは前にも別の取材を受けた時に姉弟である事は公表しているんだけど、その事を知らなかった観客が多かったので会場は驚きに包まれた。更に関係性の質問が続く。

「それではミカさんは彼方さんにとってどんな姉ですか?」

「基本的には姉御肌でしっかりしてます。ただケンカした時、不利になったらヘッドロックかけないでほしいです」

 続く質問のなか前半で終われば良かったものの、長年溜まっていた鬱憤を晴らすかのごとく本音を暴露した。会場は彼方の素を知れて爆笑していたが、袖では美嘉が鬼の形相で睨んでいた。


 イベントが終わり、彼方は舞台袖に退散した。そこで待ち受けていたのは…

「くぉらぁ~なんつーことバラすんじゃあ!!」

 実の姉によるヘッドロックだった。

「いたたたたたたたたたたた!イタイよ姉さん!」

「ちょっとやり過ぎよ、美嘉!」

「そうですよ、彼方君が可哀想ですよ」

 攻撃されてる彼方を2人が止めに入るが美嘉は攻撃を辞めず、彼方は気絶寸前にこう思った。

(ミユと会わせてくれない事を言わなかっただけでもありがたく思って…よ…)

 本当は暴露したい気持ちを周囲の関係にヒビが入る事を危惧して口にしなかった思いをしまい、堕ちていった。


 これが彼方にとっての大きな「壁」である。

 この壁を破るために周囲の協力を得てミユと会う事になるのはまだ少し先の話。

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