「ミステリ」の様々な楽しみ方

樹智花

「ミステリ」の様々な楽しみ方

※本稿は佐賀ミステリファンクラブ会誌に筆者が寄せた原稿を公開したものです。



・最初に


 ミステリー小説に関して、みなさん様々な楽しみ方をされていらっしゃることと思います。


 ミステリー小説は、様々なジャンルを内包した多様性のあるジャンルです。例えば、謎解きミステリ(本格ミステリ)、犯罪小説、警察小説、サスペンス、ノワール小説、ハードボイルド小説、冒険小説、エスピオナージュ(スパイ小説)、リーガル・スリラー、サイコ・スリラー、いわゆる「奇妙な味」の諸作……などなど。

 

 ここで意外に思われた方も、もしかしたらいらっしゃるのではないでしょうか。


 「ミステリー小説って、謎解きミステリ(本格ミステリ)自体のことを指すのではないの?」、と。


 ミステリー小説の出自をたどれば確かにそう取られてもおかしくはないですが、エドガー・アラン・ポー以降、ミステリー小説は様々な進化や進歩を遂げ、ジャンルの枝葉を広げてきました。アメリカの雑誌EQMM(エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン)や早川書房のミステリマガジン掲載作を見たり、日本推理作家協会賞やMWA賞(アメリカ探偵作家クラブ賞)、CWA賞(英国推理作家協会賞)などの受賞作を見ていただければおわかりいただけると思いますが、謎解きミステリ(本格ミステリ)が掲載されたり受賞したりしていることもあれば、その他のジャンルがそうされている場合もあります(MWA賞やCWA賞はこちらの方が多いでしょう)。これらの国内外のミステリー小説を代表するような雑誌や賞の傾向からもわかるように、「ミステリ」は様々なジャンルの集合体であることが自明です。


 ただ、「謎解きミステリ(本格ミステリ)を読むのは楽しいけれど、他のジャンルってなんとなく、どう楽しめばいいかピンとこないんだよね」という意見があることも重々承知しています。それに関しては良いことか悪いことかという問題では全然なく、読書をするうえで個人の好みや苦手なジャンル、興味のわかないジャンルというものがどうしてもありますので、気にされることはまったくないと思います。


 ここでは、「他のミステリー小説のジャンルも読んでみたいけれど、楽しみ方の具体的なポイントって何だろう?」と感じていらっしゃる方に向けて、「筆者はこういう楽しみ方をしているよ」ということを書いていこうかと思います。


 取り上げるのは、犯罪小説、ハードボイルド小説、ノワール小説、警察小説の四つのジャンルです。特に、少なくとも犯罪小説の面白さがわかってくれば、ミステリー小説を楽しむ尺度の幅がだいぶ広がってくるはずです。この四つを取り上げるのは、面白い作品はあるのはわかるけれど楽しみ方がどうも……といった方が多いかも、と思うからです。


 筆者には、読み方を指南する、という気持ちはまったくありませんので、これから書くことの他にも「自分はこういう読み方をしないなぁ」、「こんな楽しみ方を見つけたよ」ということがあると思います。肩の力を抜いて読んでいただき、この記事については自分の読みを見つける叩き台にしていただければ幸いです。それぞれあげた点の最後におすすめ作品を一作品だけ紹介いたしますので、何かの参考にしていただければ大変嬉しいです。




・犯罪小説


「四つのジャンル」と先述しましたが、実は厳密に書くと「二つのジャンル」にも「一つのジャンル」にもなり得ます。ハードボイルド小説やノワール小説は、基本的に犯罪小説の一分野とも取れるからです。また、ハードボイルド小説とノワール小説は重なりあう部分があったりします。警察小説も犯罪をメインで扱いますが、ここでは分けます。


 ここで、筆者なりの犯罪小説観を書いておこうと思います。犯罪小説とは、端的に書けば、「犯罪や犯罪者、犯罪に巻き込まれた人々を主体に描いた作品」であると考えます。「犯罪小説」という言葉そのままの解釈ですね。では、その犯罪小説を具体的にどう楽しむのかですが、例えば以下にあげる点があると思います。


一:悲劇性に親しむ

犯罪は、個人や社会の負の側面を映し出すものでもあります。そこで、犯罪を起こさねばならなかった、起こさざるを得なかった個人の事情や社会的側面が描かれた作品があります。その場合、「悲劇性」が付与されることがありますので、その悲劇について自分はどう考えるか、どう感じるかを素直に感想として持てばよいと思います。


おすすめ:『愛しき者はすべて去りゆく』デニス・レヘイン 鎌田三平 訳



二:喜劇性に着目する

犯罪小説の中には、犯罪をあえてコミカルに描いたり、時たまユーモラスな場面が出てきたりします。犯罪という負の側面を描いていますから、著者のバランス感覚が重要となってくるわけですが、そのバランスが取れた状態であれば、読者がそういう描写や作風に出くわしたら笑ってしまうのがよいのではないかと思います。ブラックユーモア的なものもありますが、その時もインモラルであるという感覚を持ちつつ笑ってしまいましょう。


おすすめ:『ギャンブラーが多すぎる』ドナルド・E・ウェストレイク 木村二郎 訳



三:活劇性を楽しむ

犯罪小説には、アクション(活劇)シーンがついてくる場合があります。「映像化すると映えるのではないか」というものもありますが、文字で読み脳内で映像化することでしか味わえないものもあります。その時はアクション(活劇)のシーンに身を任せ、手に汗を握りましょう。


おすすめ:『愚者が出てくる、城寨が見える』ジャン=パトリック・マンシェット 中条省平 訳



四:フィクションでしかできない楽しみ方

小説の登場人物に共感や感情移入できると楽しいものです。ただ、犯罪小説となると、「本当に共感していいの?」という気持ちも出てくる人がいるのは事実です。また、そういった小説には登場人物への共感や感情移入を拒むような作品もあります。ただ、これはフィクションですから、その気持ちを大事にしつつあえて共感や感情移入したり、それらを拒むような作品については、逆にそこを楽しんだりすればよいと思います。


おすすめ:『危険なやつら』チャールズ・ウィルフォード 浜野アキオ 訳



五:テーマ性に耳を傾ける

一と重なる部分がありますが、犯罪小説にはテーマ性が声高に聞こえてくるような作品から、テーマ性はほのめかす程度で、読者を楽しませることに重きをおいた作品まであります。その時は、「この作品のテーマは何だろう?」と考えてみるのもいいかもしれません。


おすすめ:『詐欺師はもう嘘をつかない』テス・シャープ 服部京子 訳



 以上五点あげてみましたが、犯罪小説における多様な読書の仕方の例示にはなったでしょうか。犯罪小説はとても懐の広いジャンルです。犯罪小説の楽しみ方が自分なりに身につくと、ミステリー小説の評価尺度の幅が広く取れます。その楽しみ方の一助となれば幸いです。



・ハードボイルド小説


 ハードボイルド小説は犯罪小説に基本的に含まれる、ということを書きましたが、犯罪の起こらないハードボイルド小説もまれにあります。また、ハードボイルド小説を最狭義に取ると、一人称私立探偵小説の形になります(もちろん例外はあります)。


 ここでもまた、筆者なりのハードボイルド小説観を書いておこうと思います。ハードボイルド小説とは、「一個人の観点から、犯罪を通して社会や共同体のある一側面を切り取った作品であり、そこで個人の倫理や職業倫理と社会(共同体)秩序との相剋がみられるもの」です。おそらく、このハードボイルド小説観に違和感を持たれる方は多くいらっしゃると思います。これに関しては筆者が様々なところから影響されてできたものですので、寛容な目で見ていただければありがたいです。


 では、ハードボイルド小説の楽しみ方の例をあげてみたいと思います。


一:文体を味わう

「ハードボイルド」の語義・由来を知るには、小鷹信光『私のハードボイルド 固茹で玉子の戦後史』を読むとよいと思います(名著です)。文体の面では、ヘミングウェイのものを思い出していただければ、感覚はなんとなくつかめると思います。心情描写を極力排し、情景描写や行動描写のような客観描写から心情を読み取らせるものです。慣れないうちは戸惑うと思いますが、徐々になんとなく読み取れた気になります。乾いた印象を残しがちな文体ですが、味わってみると噛みごたえのある読書ができます。


おすすめ:『赤い収穫』ダシール・ハメット 小鷹信光 訳



二:キャラクター造形を楽しむ

ハードボイルド小説には、よく独特の魅力を持つ一人称の主人公が出てきます。特に、日本独自の分類である「ネオ・ハードボイルド」と呼ばれるムーヴメント以降はそれが顕著です。キャラクター性については、ハードボイルド小説御三家でも、レイモンド・チャンドラーのフィリップ・マーロウを考えていただければおわかりいただけるかと思います。彼は一般的な「ハードボイルド」のイメージと大体合致します。男性主人公の場合は、時に「マチズモの表出が多すぎない?」と感じる場合もあるので、ちょっと考えものではあるのですが。


おすすめ:『八百万の死にざま』ローレンス・ブロック 田口俊樹 訳



三:都市小説として読む

ハードボイルド小説は、都市小説的な側面を持っています。様々な私立探偵を思い返してみると、特定の都市と結びついて出てくることがあります。例えば、フィリップ・マーロウのロサンジェルス、マット・スカダーのニューヨーク、アルバート・サムスンのインディアナ・ポリス、テス・モナハンのボルチモア……などなど。行ったことのない都市がどういう姿なのかを知るよい機会でもあります。


おすすめ:『チャイナタウン』S・J・ローザン 直良和美 訳



四:ワイズクラックでニヤッとする

ワイズクラックとは、簡単に書くと、減らず口や軽口のことです(大体主人公たちにとってきつい場面で使われたりもします)。ハードボイルド小説には軽妙なセリフ回しがよく出てきますから、「こんな言い方よく思いつくなぁ」といった感じでニヤッとするのもよいのではないでしょうか。ただ、やりすぎると「イタい」小説になってしまうのが悩みどころです。


おすすめ:『酔いどれの誇り』ジェイムズ・クラムリー 小鷹信光 訳



 以上四点あげてみましたが、「あれっ?」と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 よく言われる「アイテム」(お酒やたばこなど)、「やせがまん」、「かっこよさ」、「渋さ」、「美学」などという言葉を使っていないからです。筆者のハードボイルド小説観でおわかりかと思いますが、それらをあまり重要視していないということがあります。二に内包されているものがあるということと、それらは付随する要素であって本質ではない、と考えているからです。

 また、一のような楽しみ方もできますが、例にあげたレイモンド・チャンドラーの作品を読めばわかる通り、乾いた文体からリリシズムやセンチメンタリズムがあふれている場合も多く、そこも読みどころにあげられるかもしれません。



・ノワール小説

 ノワール小説の定義は大変難しいところです。アメリカの著名なミステリ評論家であるオットー・ペンズラーも、「ノワール」の定義は大変難しい、と述べていますし、諏訪部浩一『ノワール文学講義』内でもその定義の難しさに触れられています。

 「謎や解決」がない小説を謎解きミステリ(本格ミステリ)として扱うことがカテゴリーエラーであるように、暴力性の発露がない小説をノワール小説として扱うこともカテゴリーエラーであるような気がします。ただイヤな終わり方をするミステリでしたら、いわゆる「イヤミス」になってしまいますからね。あと、例えば「日常の謎」のように、「日常のノワール小説」というのもなんだか違和感があります。

 筆者なりにノワール小説観を書くと、「個人の破滅への志向があった方がよく、暴力性の発露が見受けられ、欲望と倫理が錯綜しているもの」でしょうか。

 「ノワール」という言葉を語るには、まずセリ・ノワール叢書(註)から始めるべきなのでしょうが、この記事の主旨から外れてしまうので今回は書きません。



一:うちなるインモラルに目を向ける

ノワール小説には、一見モラルとはかけ離れた作品が多くあります。しかし、そのインモラルさは、人のうちに密かに秘められているものであることも多いと思います。作品に触れることで自己の中の密かなインモラルに目を向ける、そのようなきっかけになる場合があります。


おすすめ:『おれの中の殺し屋』ジム・トンプスン 三川基好 訳



二:個人の破滅への志向

ノワール小説において、個人が破滅へといたる展開が描かれる場合が多くあります。読んでいてスカッとするようなものではないですが、そのような作品に惹かれる人がいるのも事実でしょう。個人の破滅への道標について読む、という体験が普通の読書ではできないものなのだろう、と思います。


おすすめ:『TOKYO YEAR ZERO』デイヴィッド・ピース 酒井武志 訳



三:欲望の肯定と否定

大雑把に書くと、ハードボイルド小説が「倫理」を描いたものなら、ノワール小説は「欲望」を描いたものと言えるでしょう(それは結局「倫理」に吸収されるものでもありますが)。その個人の持つ暗い欲望を肯定したり、時には否定したりして突き進む、そのような推進力を持った作品があると思います。


おすすめ:『華麗なる大泥棒』デイヴィッド・グーディス 合田直実 訳



四:ファム・ファタールに着目する

ノワール小説には、ファム・ファタールがよく出てきます。ファム・ファタールとは、個人の破滅へのきっかけであったり、それに対して最重要人物となったり、どこか蠱惑的だったりする女性、とでも言えばいいでしょうか。そのような女性の言動に着目することで、主人公のたどる道筋を丹念に追ったり、作品を熟読したりするきっかけになると思います。


おすすめ:『天使は黒い翼を持つ』エリオット・チェイズ 浜野アキオ 訳



 以上四点あげてみましたが、ノワール小説は本当にとらえどころが難しく、読者それぞれによって定義がばらばらなものです。そのジャンルと目される作品を色々読んでみて、自分なりに納得できる言葉やフレーズを見つけるのもノワール小説を読む醍醐味の一つかもしれません。



・警察小説

 警察官が主人公であれば警察小説と呼べるか、と言われると難しいところがあります。

 例えば、大倉嵩裕の福家警部補シリーズは倒叙ミステリ(謎解きミステリの一種ですね)として認識されていますし、大沢在昌の新宿鮫シリーズは、主人公の鮫島は警察官ですが、一般的にハードボイルド小説として認識されています。これらは要素の強弱で、「警察小説」要素が薄く他ジャンルの要素が強い作品であると言えます。警察官を主人公にしても、謎解きミステリ(本格ミステリ)やハードボイルド小説、ノワール小説などになり得るのです。それに、それらと両立させることもできますね。ドラマですが、『刑事コロンボ』を思い出してみていただけるとわかると思います。考えてみれば当たり前の話なのですが……。

 では、警察小説とは、「主人公を含めた複数の警察官が、地に足のついた地道な捜査で、物証や証言などを収集しつつ最終的に犯人にたどりつく作品(解決において「論理のアクロバット」はあってもなくてもいい)」となるでしょうか。



一:一進一退する捜査を味わう

警察小説において、「Aという捜査がダメだったからBというやり方をやってみよう」といった感じに、捜査は一進一退を繰り返します。それを繰り返してじりじりと犯人へ追いついていく、あるいは新たな展開があり新事実が発覚する、といった形で物語は進んでいきます。その地道な捜査を楽しむのが警察小説の醍醐味です。


おすすめ:『ハリウッドの殺人』ジョゼフ・ウォンボー 木村二郎 訳



二:魅力的なサブキャラクターたち

警察小説には、主人公ではないけれど、魅力的な登場人物が出てきます。例えば、マルティン・ベック・シリーズのコルベリや、クルト・ヴァランダー・シリーズの主人公の家族のように。そのような登場人物たちに焦点を当てて読んでみるのもいいかもしれません。


おすすめ:『唾棄すべき男』マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー 高見浩 訳



三:意外性はあったほうがよい?

警察小説では、順当な捜査で順当な犯人にたどりつく、ということがあります。また、意外な手がかりから意外な犯人が現れることもあります。謎解きミステリ(本格ミステリ)と違う点はそこにもあるのではないでしょうか。ミステリー小説としては、意外性や驚きはあった方が楽しめますが、警察小説においては地道な捜査で犯人を追い詰める手順も読みどころの一つです。


おすすめ:『目くらましの道』ヘニング・マンケル 柳沢由実子 訳



四:ふたたび悲劇性に親しむ

警察小説で描かれる悲劇性は、犯罪小説のそれとは変わった形で出てくることがあります。犯人の犯行に至らざるを得なかった事情と、捕まえざるを得ない警察側のなんともいえないやりきれなさが、読後に深い余韻を残します。


おすすめ:『生まれながらの犠牲者』ヒラリー・ウォー 法村里絵 訳



 以上四点あげてみましたが、警察小説は、私立探偵や個人の探偵役が犯人を追い詰める、という展開よりも現実味があります。より現実に則したように見える作品が好き、ということなら警察小説はきっとお気に召すでしょう。地上波のドラマや二時間ドラマでも、警察官を主役にした作品はとても多いですが、それらとはまた違った魅力が警察小説にはあると思います。



・最後に


 偉そうに色々と述べてきましたが、読みは個人の自由ですし、誰からも強制も邪魔もされるものではありません。

 ここまであげたのはあくまで個人の一例にすぎないので、自分の読みに自信を持って、ミステリー小説の読書を楽しんでください。読書それ自体は孤独な営為ですが、他方では人とのつながりによって成り立っている側面も持っています。

 これを読んでくださった方が、よいと思える作品に一作でも多く巡り合えることを願っています。この記事が何かの参考になるようでしたら、望外の喜びです。


※「ミステリー小説」と「ミステリ」は表記ゆれではありません。小説自体を指す場合は「ミステリー」、ジャンル自体を指す場合は「ミステリ」としています。

註:セリ・ノワール叢書……セリ・ノワール叢書(暗黒叢書)とは、一九四五年にフランスの名門出版社、ガリマール社が立ち上げた犯罪小説叢書です。出版の発起人はガリマール社の編集者、マルセル・デュアメル。「セリ・ノワール」の名づけの親は詩人のジャック・プレヴェールです。ちなみに、「セリ」とは「シリーズ」のことで、「ノワール」とはフランス語で「黒」を意味します。

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