41:レアボス出現確率100%、そして悪霊は名づけられた


 四本の手の赤い巨人がいるはずの十四階ボス部屋に、謎の黒い大男が立っていた。

 なんだよ。

 もしかして、僕また何かやっちゃいました?、なのか??


「さすがシモン」

「リンに言われると悲しいぜ」

「そう?」


 当たり前のように僕のせいだとつぶやくリン。

 最近分かってきたけど、実はけっこうな毒舌…って、近い近い、顔近づけすぎ。


「シモン、楽しそう」

「ま、まさか?」


 口元が隠れていても隠しきれない美貌でそんなこと言われると、困惑して、そして……、その通りなのかも知れないと思う。

 僕の不幸な体質は、そのたびに死にそうな目に遭うけど悪いことばかりじゃない。

 誰も遭遇したことのない敵と戦えるって、やっぱりワクワクする。


「お、お前たちはこいつを知ってるのか?」

「あーしは知らないっすよー」

「なぜ落ち着いてるんだ」

「毎度のことだからな」


 仕方ないので、僕がいると良くないことが起こりやすいとだけ話す。

 さすがに前女神の話はできない。


「最初に言えよ、それを」

「言ったら一緒にまわれないじゃないか」

「……お前ら。倒した後は話し合いだ」

「心配しなくとも、倒したら僕たちは帰る。宝箱は全部譲る。間違いなく金色の箱が複数だ」

「マジか!? ちょっとやる気が出て来たぞ」


 黒い大男が動き出す。

 これ以上の話し合いは無理っぽい。


 こっちはカイとラサさんが盾を構えて、それぞれの後ろに二人ずつ武器をもって立つ。

 リンとナガネさんが後方で魔法攻撃、そしてカツラさんは回復魔法を使う。

 回復魔法って初めて体験したけど、確かにメンバーにいたら嬉しいかも。

 うちの場合、何でもかんでもリンに任せてしまうし、リンだって無限に魔法を使えるわけじゃないし。


「行くぞ!」

「おう!!」


 そうして戦いが始まった。

 盾の二人が前に出ると、黒い巨人はいきなり蹴り。かかと落としだ。


「ガッ」

「大丈夫か、カイ」

「ま、まあ何とかな」


 巨人は身長5m近くあって、真っ黒というより赤黒い肌で腕四本、そして裸足だがまさかの鎧をつけている。

 その時点で、これは魔物ではない。

 講習でボノさんに、ボスは魔物じゃないみたいな話は聞いたし、九階ボスの時点で理解していたけど、じゃあこいつは何者なんだよ。


「ガハハハハハハハハハ!」

「笑うだけかよ! なんか知ってたら教えろ!!」

「会話できるの?」


 悪魔憑きの刀は明らかに喜んでいる。

 目もついてないのにどうやって相手を見ているのか分からないが。


 そこからしばらくは単調な攻撃が続いた。

 盾の二人は負担が重いし、僕たちはなかなか近づけないけど、ナガネさんが魔法で岩を発射すると一応ダメージは入る。

 ただ、その程度の攻撃では倒せないだろうな。


「歯あ食いしばれ!!」

「えっ!?」


 いきなり刀が叫ぶ。

 次の瞬間。


「オオオオオオオオオオォオオオオオオオオオーーーーーー!!!!」

「ヒィッ!?」

「な、何!?」


 巨人が思いっきり叫び、そして……。


「だ、だめ…」

「動かねぇ」


 カイとマッキーが、力が抜けたように座り込む。

 隣を見ると、先輩パーティ側も半数が倒れた。


「おい刀! 何だよこれ」

「ガハハハハハ、敵を怯ませて倒すのは常道だぞ!」


 幸い、倒れたメンバーも起き上がってきた。少し休めば戦えそうだが、この状況で休ませるというのは大変だ。

 仕方ないのでラサさんを盾にして、僕とオソさんが構え、リンは結界魔法を使う。


「行けるんだろうな、刀!?」

「名をよこせ」

「は?」

「いいかシモン。立派な刀には立派な名が必要だ! 名前もないまま戦えるか!」

「………」


 いや、こんな時に考えろって言われても。

 困惑していると、後ろから声がした。


「セイリュウ!」

「お、いいねぇ。いただきだ! 我が名はセイリュウ! いいかシモン、今後は我が名をしかと呼べ!」

「ええぇ」


 悪くないのはそうかも知れないが、持ち主以外に決められるってありかよ。

 というか、こういう時のリンは全然遠慮しないよなぁ。



「じゃあ出し惜しみなしだ。リン、セイリュウにあれ頼む」

「あれ…」


 気のせいかも知れないが、背後でため息が聞こえたような。

 悪いが魔法の名前まで覚えてないんだ、仕方ないだろ。


「はぁ…、行くよ、第三階梯ヨーラク!」

「おっし、我がどうにかしてやるが…………」

「頼む、巨人を切り刻め、セイリュウ!」

「おうさ!」


 時間がないので威力に問題があるが、出し惜しみできる状況ではないので、いきなりリンの大魔法を使う。

 以前と同じく、放たれた光線はセイリュウの刃に巻きついたので、僕はその刀を振るう。

 棒立ちの巨人の脚を狙った一撃は、確かに深く抉った。

 ただし丸太のような脚はまだ倒れるまでには至らない。


「連撃三段!」


 そこにオソさんが追撃。えぐれた箇所を剣で何度も突くと、さすがの巨体もぐらついた。

 いける!


「リン、目眩まし!」

「うん」


 再びリンの魔法攻撃。さっきと同じく光線だが、攻撃力はほとんどなくただ視界を遮るだけだ。

 まだ倒れてもいない状況で、切札のリンに大魔法ばかり使わせるわけにはいかない。


「こっちもだ! 潰れろ!」


 ナガネさんも巨人の目を狙う。

 さすが先輩冒険者だけあって、精度はリンより上のようだ。巨人はふらふらしながら頭を振った。


「セイリュウ! 格好いい名前だからこれぐらい斬れる!」

「当たり前だ、シモン!」


 とりあえず僕は自分の刀を必死におだてる。

 まぁ実際、この刀なら斬れそうな気はするけど、拗ねたら困る。

 意識をもった刀って、正直言えば怖い。その気になれば、僕を捨てて別の持ち主を選ぶことだってできるわけで。


「硬い…」

「我を振り抜け!」

「ああ!」


 骨が見えている脚の切り口に、思いっきり刀を振り抜いた。

 ガリガリと嫌な音を立てて刀が抜けると、今度はバキッと音がして、黒い巨人の身体はゆっくり倒れた。

 さすがにあの骨を真っ二つとはいかなかったが、自重に耐えきれず折れたようだ。


「よし、首を斬れ!」

「私もやるよー!」


 そこでカイたちもどうにか復帰。

 素早く僕やマッキーは倒れた頭の方に動き、暴れ出す巨人の腕はカイとラサさんが防御。

 これでいけると思ったんだ………。


「オオオオオオオオオオォオオオオオオオオオーーーーーー!!!!」

「ま、また!?」

「あ、もうダメ……」


 倒れたまま巨人がまた叫んだ。

 そして今度は…。


「うぐあぁあ!」

「え? ラサも? リン!?」

「んん…」


 まさかの全員戦闘不能になってしまう。

 そう。

 僕を除いて。


「シモンは我が護った」

「そ、そうなのか」

「しかし、我も次はない。今お前が決めろ!」

「あ、ああ…」


 戦えるのが自分一人だから、自分がどうにかするしかない。

 しかし、盾も魔法の援護もない状況でどうやって?


「シモン」


 そこで弱々しくリンが僕を呼んだ。


「あれを使って。まだ練習中だけど」

「あれ…って、まさか……空間魔法か?」

「うん」


 一回目だからかまだ意識のあるリンの提案。もちろん僕に断わる選択肢はない。

 空間魔法は、要するに物ではなく空間を動かしたりする大魔法だ。

 出掛ける前の練習で、わずかに成功していたのは知っていて、それだけでもリンの才能に驚かされたが、あの程度の魔法が黒い巨人に効くとは思えない。

 思えないが他に方法はない。


「行くよ」

「おう! いつでも来い」

「うん…」


 しかし大魔法だけあって、タメがないと威力がでない。

 盾はいないので、僕がどうにか時間を作るしかないのだが…。


「無理しないで、シモン」

「ああ」


 黒い巨人は、片脚が折れて倒れている。

 赤黒い血がドクドクと流れているし、たかが脚と言っても人間なら致命傷。だが誰も出遭ったことのないボスにそんな常識が通じるかは分からない。

 セイリュウを構えたまま、リンの前に立って様子を見ていると、しばらく巨人はばたついていたが、やがて四本の腕を使って動き始めた。

 まるで蜘蛛のようだ…。


「第四階梯、次元切断」


 そこでリンの声。

 今度は何も目に見えないが、次の瞬間僕の腕が大きく揺さぶられた。セイリュウに魔法が届いたようだ。

 後ろではバタンと倒れる音もした。

 リンの援護もこれ一回きりだ。


「セイリュウ、どうしたらいい!?」


 僕は頭が真っ白になっているので、バカみたいに刀に聞いた。


「心配するなシモン! お前はただ振り抜け! 狙うは首! できなきゃ胸だ!」

「あ、ああ」


 どっちにしろ、攻撃のチャンスは一度しかない。

 一撃で倒せるとしたら首だ。

 しかし、僕が動くと黒い巨人も四本腕で動く。

 敵にとっては、戦う相手が僕一人になったのだから当然だ。


「くっ、届かない」


 八方塞がりになった瞬間、黒い巨人がビクッと動いた。


「行け、シモン!」

「あ、ああ」


 ふらふらの状態で、ラサさんが背後から一撃を入れていた。

 それも、折れた脚の断面に剣を刺したので、さすがの巨人も一瞬僕から注意がそれた。


「斬れ! セイリュウ!」

「任せろ!」


 一気に巨人の頭部に駆け寄った僕は、躊躇なく首に向かって刀を振った。

 ただ、近寄ったといっても距離があり、セイリュウの刃先が首をかすめる程度だ。


「くそ、もう一度…」

「退け、シモン! ガハハハハ、勝ったぞ!」

「えっ?」


 四本腕がこちらに向かうのに気づき、慌てて距離をとろうとしたが、僕の身体に触れようとした黒い腕は直前で勢いをなくした。

 そして次の瞬間、ものすごい音とともに噴水のように液体が飛び散った。


 僕が振るったセイリュウは、わずかに巨人の首筋を撫でただけ。

 ただし、セイリュウはリンの空間魔法をまとっていた。


「我の実力を知ったか!」

「あ、ああ。……ありがとう、セイリュウ」


 セイリュウは自分でリンの魔法を強化していた。そのせいで、刃先の周囲を巻き込んで空間を断ったのだろう。

 そう。

 自分で…って、僕の力を吸いやがった。もう限界だ―――――。


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