危険な令嬢と関西弁のお姫さま!

ゆりきっす@黒い安息日

第1話  鋼鉄の姫君

辺境の侯爵領、フェルナンデス公国。

その城下町に、妙な女が立っていた。


おとぎ話のお姫さまを思わせる白く可憐なドレス、しかし残念なことにあらゆる所が無残に擦り切れ汚れている。スカートはスリットのように大きく裂け、そこから伸びる白い足と黒い武骨なブーツが目を引いた。煌めく長い金髪は乱れ、前髪の隙間から鋭い目を覗かせている。 女は告げた。



「どかんかい、おまえら邪魔やねん」



女の前に立ちふさがるのは巡回中の兵士が二名。 冒険者にしては身なりが奇妙な女を見過ごせず、尋問しようと足止めしたのだ。 体格の良い髭面 (ひげづら) の兵士が問いただす。



「聞いたことない話し方だな、どこから来たんだ、汚い女」


「汚いのはお前の髭や」



毎朝手入れに時間をかけ、トリートメントも欠かさない自慢の髭を侮辱された兵士が女につかみかかる。今朝も嫁から剃れと迫られ、虫の居所も悪かったのだ。



「幼い娘は頬ずりするたび、泣いて喜んでくれるんだぞ!」


「それは嫌がってるんや」



女はつかまれた両肩を、体を回転させその場にしゃがむことで引き剥がす。そして勢いよく立ち上がり、髭が豊かな兵士の下あご目がけて頭をぶつける。


【 中国山陽武術:黄家八馬拳 桃殻世誕汰楼 】


女はこの世界で彼女しか知らない武術を使う。

髭の名誉を守れなかった兵士は膝から崩れ落ちた。



「ひ……げ……」



最後にそう呟いて、男は気を失った。残された兵士は槍を構える。争いたくはないが、引き下がるわけにもいかない。


この女は強い、なるほどボロボロになった服は何かに襲われたからではなく、何かを襲ったからなんだ。そう気付いた兵士の槍の穂先が震えているのは、威嚇のつもりか、怯えているのか。



「うちはウォンターナ王家が長女、アーカシや」



逃げ出したい感情を押し殺し任務に準じる兵士に、アーカシ姫はその身を明かす。ついでに目的も明かしておこう。



「フェルナンデス侯に会いに来た、取り次いでもらおか」



◇◇◇



面倒な相手が来た。


嘘かまことか王族を名乗っているという。しかも王位継承権二位のアーカシ・ウォンターナ姫だと、ふざけるな。


フェルナンデス侯爵は、城に残っていた子どもたちを連れ謁見の間へ向かう。真面目なだけが取り柄の次男、そして四女のオリビア・フェルナンデス。三人は謁見の間で玉座に腰掛け足を組み、頬杖をついて彼らを見下すアーカシ姫を見た。フェルナンデス侯爵、礼儀正しく挨拶をする。



「アーカシ姫様におかれましてはご機嫌麗しゅう……」



侯爵は憤る。


王家の姫とはいえここはフェルナンデス公国であり、侯爵といえど領内では公王である。急な訪問で謁見を要求し、さらにこの無礼な態度……


それにしてもなんだ、姫の汚い服装は。下品に足など見せおって。おお、あんなドレスで私の玉座に座るなど……アーカシ姫が侯爵を呼び捨てる。



「おい、フェルやん」



三人は肩を震わせる。


公爵は怒りで震えている。 私をフェルやん、 だと?

次男はそんな父を見て、恐ろしくて震えている。

四女オリビア・フェルナンデスは笑いをこらえている。



「フェルやんってば」



はい、何で御座いましょう? この一言が公爵閣下の口から出ない。侯爵は頭を下げたままの姿勢を維持しているが、鬼の形相である。歯を食いしばって耐えている。


次男は逆に歯が合わない。代わりに顔を青くする。


オリビアは孝行娘、父にならい歯を食いしばる。 頭を下げたままの姿勢も父にならい、ひたすら耐えた。



「フェルフェルぅー」



侯爵は顔を上げる。戦争だ、戦争しよう。決めた。殺す。

次男は顔を上げる。悪魔だ、この女は悪魔だ。

オリビアは顔をあげる。 限界だった。



「あははははははははははは!」



オリビアの腹筋は激しく痙攣をおこし、彼女はその場に倒れ込んだ。オリビアは伏してなお笑い続ける。


さて、 姫と娘、 どっちから先にブチ殺そうかなぁ?

侯爵が迷っていると、アーカシ姫が奇妙な事を聞く。



「長男は城におらんのか」


「……確か領内の村を巡視していると聞いておりますが」



即座に冷静となり答えを返すフェルナンデス侯爵。これが大人というものである。もちろん内心ハラワタが煮えくり返っている。


オリビアもしれっと何も無かったかのような顔で控えている。これが処世術というものである。みんなこうやって大人になるのだ。



「帰ってへんか、まあせやろな」


「……と、申しますと」


「うちが半殺しにしといたからな」



三人は同じ表情で顔を上げる。 おお、さすがは親子やなぁ。 アーカシ姫は小さくうなずいた。 息子に合わせたかのように、侯爵の顔も青くなる。



「そ、それはどういう……」


「巡視かなんか知らんけど、悪い遊びを覚えたみたいでな」


「…………はあ」


「いろんな村の娘さんに迷惑かけとったんや」


「…………」


「うち頭にきて、ちょっとこう、スキンシップを」


「…………」


「長男君は生涯フェルナンデスに帰りませんて言うてたわ」


「…………」


「誰から教わった遊びか知らんけどアカン話や、なあ、子だくさんなフェルやん」


「………はい」


「ほなうち帰るわ、いうて旅の途中なんやけどな」


「………お気をつけて」



◇◇◇



城下町を出ようとするアーカシ姫をオリビアが追いかけてきた。

彼女は侯爵令嬢には見えない軽装で、大きなカバンに旅道具をつめてきている。

どうやら姫に同行して旅がしたいらしい。



「いやいや無理やて、旅ってけっこうキツイんやで」


「お願いします、アーカシ姫さま、私も旅に出たいんです、ここにいたくないんです」



オリビアの顔を見るに、何か事情がありそうだ。しかし簡単に連れていけるほど、この世界の旅は甘くない。生死にかかわるどころか、命の奪い合いなのだ。

アーカシ姫には目的がある、しかしこの娘には……



「どうしてもダメでしたら、そこで引き返します、だから行けるところまで」


「せやけど………」


「おねがいします、私このまま城にいたら、殺されるかもしれないんです」



アーカシ姫は驚いてオリビアを見た。怯えるその顔は真剣だった。侯爵家も色々あるらしい、今は事情を聞かないでおこう。そうでないとまた面倒を抱え込んでしまう、今回のように。



「わかった、ただし無理や思ったら引き返すで」


「は、はい!」


「ほな、モフモフに乗って出発するで」


「も、もふもふ?」


「せや」


「もふもふってなんですか?」


「乗り物や、ペットみたいなもんや」



たしかに強そうなお姫さまとはいえ、歩いて旅など出来るわけがない。どんな動物なんだろう、馬かな? ドラゴンかな? いやでも、もふもふって言うくらいだから、ふわふわの白い犬とか……すてき、すてきだわ!


オリビアの妄想は止まらない。先ほどまでの暗く怯えた表情と違い、いまの彼女はとろけるような甘い笑顔を見せていた。


モフモフは城下町に持ち込むと騒ぎになるからということで、街の外れに隠してあるという。跳ねるような軽い足取りでアーカシ姫さまについていくオリビア、そして……



「紹介するわ、これがモフモフや」



そこには鉄で作られた馬のようなもの、足の代わりに車輪が2つ付いた奇妙な物体だった。そもそも生き物ですらない。



「これな、オートバイって言うんや、別の世界の乗り物や」



アーカシ姫さまはおーとばいとか言う鉄の馬の角みたいな何かを触ると、鉄の心臓が動き出し、大きな音を立ててシッポのような所からモフモフと白い煙が出てきた。



「げほっ!げほっ!こいつはほんまモフモフやで!」


「ダマサレタ……ダマサレタ……」


「……どないした?はよ後ろに乗りや、出発すんで」


「ダマサレタ……ダマサレタ……」


「ほな行くで!出発や!」



アーカシ姫さまはオートバイに跨り後部座席にオリビアを乗せる。 姫さまはバックミラーで、不満げにぶつぶつとつぶやくオリビアを見た。


なんや知らんけど思春期の子は難しいな……そう勘違いするアーカシ姫さまだったが、そんなことより今はやるべきことがある。


まずはあの剣、そしてあの箱、この世の理を歪める存在を探す。 このモフモフのような、おそらくアーカシ・ウォンターナ姫と同じ出自を持つ者が創った数々の道具を。





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【 中国山陽武術:黄家八馬拳 桃殻世誕汰楼 】

──注釈

アーカシ姫さまが前世で習得した中国拳法

山陽武術・山陰武術と大きく二流派に分けられ

黄家八馬拳はかの有名な「桃 汰楼」を輩出したとされる

てか、桃は岡山より山梨の方が有名では……


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