しゅうまつはタワレコ日和

ねむ

しゅうまつはタワレコ日和(一話完結)

 今日で世界が終わるらしい。

 いわゆる終末というやつだろうか。

 どうりで西の空がやけにぴかぴか光っていたわけだ。おばあちゃんは両手を合わせそちらを向き「救済じゃ」と言っていた。どうだろうね。テレビ番組は「やり残しのない、素敵な終末を過ごしましょう」と機械音声が繰り返し流れるだけだ。

 やり残したこと。

 そうだ、

 タワレコに行こ。

 歩いて数十分ってところにある小さなタワレコ。ビビットな黄色と赤色が目を引くあの建物。

 なんだかんだでお金がないから、いつもそれよりちょっと先のブックオフで中古品のCDを買っていたのだ。

 でももう世界も終わるんだし。今日はめいっぱい新品のCDを買ってしまおう。

 家の外に出ると、太陽が沈んだ山際が赤みがかっている。いつもは喧騒で掻き消える虫の音が今日やけにはっきりと聞こえる。道には人っ子一人いない。スニーカーで道を歩いていると、虫の音の間から人々のすすり泣く声が聞こえる。明かりの灯った住宅からだろうか。その一つ一つに違う人生があるのだと思うと、グロテスクなような、温かいような気持になる。私が何と思おうと明日にはその全てが消失しているのだけれど。

 目的地。タワレコの看板は暗い。よく考えたら終末は休業なのかもしれない。売り上げももう関係ないんだし。思いつつ店の中を覗くと、ぽつり、ぽつりと明かりがついていた。ゆらりと人影。誰かいる。

 自動ドアだったはずのものに手を掛けると、重たいが動く。「いらっしゃいませー」ああ、あれはどうやら店員だったようだ。「あの、ここ、やってるんですか。」「まあ、やっているっていうか…最期は好きなものに囲まれてたいじゃないですか」「たしかに、そうですね」

 気になるアーティストは「か」付近に集中しているのだが、意味もなく「あ」の棚からゆっくりと見てゆく。知っている名前、あ、このジャケットは見たことがある。手に取って、収録曲を眺めて、戻す。店員が自由に試聴していいですよ、というのでそのうち何個か聞いてみる。甘いラブソングだったり前向きな応援歌、希死念慮の塊だったり。薄暗いタワレコで聴くジャンルも何もかもバラバラな曲たちは不思議と耳に馴染んだ。

 結局買ったのは中学生の頃に好きだったバンドのアルバムと、さっき初めて聞いたアーティストのシングル。なんだかそんな気分だった。

 「ありがとうございましたー」ヘッドホンを耳にかけると、もうさっきまでの虫の声も、すすり泣きも聞こえない。私の耳には昔擦り切れるほどに聞いたあの曲が流れてくる。空はすっかり暗くなり、さっきまで赤く染まっていた山際には七色の光が輝いていた。どんどんその輝度は強くなってゆく。

 ああ、もう時間がないのだろう。

 でもきっとこんな最期も悪くはない。

 そのまま私は白飛びする景色の中へと歩みを進めた。

                                  終わり 

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