決して兄弟などではなく
吉珠江
第1話
01.
「付き合ってください!!」
………………………………。
これが小説だとしたら、ありふれた書き出しだと思う。けど俺みたいな平凡な人間にとっては、人生で一度聞けるか聞けないかという、特別な言葉。
そりゃ、言われたら嬉しいし、その言葉の後ろに俺に対する好意や、この一言を告げるための勇気があることを思えば、その感動はいっそう大きくなると言っていい。
……言っていい、のだが。
「……えーと」
夕方、学校帰り。自分たち以外に人のいない、歩道橋にて。
……目の前で頭を深く下げ、右手を勇ましく差し出す人物に、困惑中。
「あの……俺で合ってる? 相手、間違ってない?」
「間違っていません! お兄さんで合ってます!」
「そ、そお」
勇ましい返答に、むしろこっちが萎縮してしまう。ま、間違っていないなら、それでいいんだけれど。
そして目の前の人物は、改めて。
「お願いします! ――僕と、付き合ってください!!」
そう、黒いランドセルを背負った少年――小学校中学年くらいの少年が、野球部の挨拶みたいに腹から声を出して、そう告白するのだった。
□
佐原賢治、十七歳。今年で十八歳。
顔、ぼちぼち。運動神経、まあまあ。ノリ、そこそこ。色んな意味でバレーボール部の二軍、という肩書きを言えば、我ながら説明しづらい曖昧な人物像を、なんとなくでも想像してもらえるだろうか。
小学生の頃に一度告白された経験あり、中学校の時に周囲の悪ノリに背中を押されて告白するも玉砕。一番青春華やぐと思われた高校生活では、そんなに根暗キャラじゃないと自分では思っているのだが、まさかの恋愛話ゼロ。
……で、終わるかと、思っていたのだが。
「……なぜ俺はここにいるんだ……」
スマホで時間を確認して、思わずそう呟く。日曜日、午前十時。
俺は指定された公園で、彼が来るのを待っていた。いや、本当は十時半に集合だったのだが、家にいてもなんだかそわそわしてしまって、こんな時間になってしまった。
どういうこっちゃ。
どういうこっちゃ。
どういうこっちゃ。
一昨日からその問いかけを繰り返しているが、いやもうホント、どういうこっちゃ。
結論から言うと俺は、あの少年の告白を、断らなかった。
□
「あのっ、お兄さん!」
あのときはちょうど学校帰りで、俺は夕暮れの通学路を歩いていた。高校の最寄り駅から電車に乗り、地元に降りて、繁華街から住宅街へ向かう……その帰り道の、歩道橋でのことだった。
短く刈り込んだ髪の毛、健康的に焼けた肌、すらりと細い棒のような手足。俺より頭一つ分以上小さな、野球少年っぽい見知らぬ小学生に、唐突に声をかけられた。
なんだ、落とし物でもしたかな、それを拾ってくれたのかな~……などと、考えていたのだが。
「僕と、付き合ってください!!」
…………。
いや。
いやいやいやいや。
ランドセルを背負った少年は、腰をほぼ直角に曲げ、手をピンと伸ばしこちらに差し出して、お手本みたいな告白をして見せた。
お手本みたいな告白をされたなら、俺だってお手本みたいな返事をしたかったが、いや、いやいやいや。
同年代ともほぼ恋愛経験ゼロの俺が。
こんな、ちっこい男の子に告白されて、どう答えろと?
述べておくが、俺はごく普通の男子高校生だ。生まれながらに体の性別は男子で、ココロが不一致、ということもない(だとしても、まったくモテてもいないが)。好きになった相手も今のところみんな女性で……あーでも、男性に魅力をまったく感じないかというと、別にドラマや映画に出てくる俳優が、かっこいいなー、くらいは思うけど……。
けど、それくらい。普通のレベルのはずだ。
親友の
ともかく。
「ほんと、人違いじゃないかな」
「人違いじゃありません!」
「あの、初対面だよね? 俺、君のこと知らないけど」
「はい! 話すのは初めてです!」
「君は俺のこと知ってたってこと?」
「知ってました! 僕、この近くの
大正解。しかも母校一緒じゃん。
「あっ、えと……ごっ、ごめんなさいっ。変なこと言って……き、気持ち悪いですよね! こ、こんな、登校時間とか知ってて……ストーカーみたいな……すみません!!」
少年はおろおろと目を泳がせる。年不相応に大人っぽかったのに、その瞬間幼さが戻ってきて……正直に言うと、俺には身近に幼い知り合いや親戚がおらず、ちびっこ免疫が不足していたので、軽くズッキュンと胸を撃ち抜かれていた。なんだこれ、かわええ。
「気にしなくていいよ。登校時間くらい、地元の人なら知ってても変じゃないし」
「あ……ありがとうございます」
「いや、まぁ、それはそれとして……」
やべぇ、話題の戻し方わかんねぇ。
俺が戻していいのかもわからないし、なんと戻していいのかもわからないし、なんだったら、このまま話がうやむやになってくれれば……。
「あの、本当に、お兄さんのことが好きなんです! 付き合ってください!」
「…………」
…………どうしろと?
もう高校生活では巡ってこねえんだろうなと思っていたチャンスが、まさかの形で現れた。同性の、しかも小学生、とは。
これがクラスの女子なら、喜んでたのに。
「…………」
これが友達なら、茶化してたかもしれない。
これが同年代なら、戸惑っていたかもしれない。
これが女の子なら、流していたかもしれない。
少年の前で考え込む脳裏に、そんな可能性がよぎる。
いくつかの未来の中で、茶化して、喜んで、のんきに笑っている自分の姿と……目の前にいる、真剣な表情の、少年を見て。
何かを試されている、ような気がした。
「……えーとな、ぼく。……ぼくじゃないか、名前は?」
「
名前かっけぇな。
「よ、よし、瀬尾くんな」
「あ……は、はい!」
名前を呼ぶ俺に、瀬尾くんはほっぺを赤くして、無邪気に笑う。う、かわええ。
「瀬尾くんは、他の人を好きになったことはあるのか?」
「え? えーと、はい」
「そのときの相手は? えっと、やっぱり、男の子なのか?」
「いえ」
「ああ、じゃあ女の子……」
「保育士のお兄さんと、小学校の女性の先生です」
そして全部年上とな、瀬尾少年。
「……と、年上が好きなんだな」
「いえ。好きになる人が、いつも年上なんです」
サラッと返された!! 最近の小学生こんななの!?
次の更新予定
決して兄弟などではなく 吉珠江 @yoshitamae
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