8.灰色の街の聖女/犬猫鳥(紹介No. 28)
カクヨムコン10以外のコンテスト応援編の紹介記事第3弾として、宮殿から飛びだせ!令嬢コンテスト(応募受付・読者選考期間2025/5/16~7/16)に応募中の犬猫鳥さん作『灰色の街の聖女』を取り上げます。
この記事の最後、------の後はネタバレになりますので、作品を読んでいない方は飛ばしていただけると幸いです。
※2025年7月13日の第一部完結を踏まえてネタバレコーナーの最後に追記をしました。それ以外は2025年6月26日の記事投稿当時に公開済だった第16話まで読んだ感想です。なお、第二部は第一部完結から二週間から1ヶ月程度後に連載開始するそうです。
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紹介No. 28
URL:https://kakuyomu.jp/works/16818622176733586863
ジャンル:異世界ファンタジー
話数:33話(2025/7/13現在)
文字数:118,274文字(2025/7/13現在)
投稿状態:連載中
セルフレイティング:残酷描写有り、暴力描写有り
※本記事投稿後、2025/7/13に第一部が完結した時の状態を反映させています。
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『灰色の街の聖女』は、宮殿から飛びだせ!令嬢コンテストの応募作品の新着作品ランキングを漁っていた時に見つけました。
それでは恒例の粗筋ですが、ネタバレを避けるため、作者の犬猫鳥さんの作品紹介文と大して違う風には書けませんでした。
【粗筋】
伯爵令嬢エレナの父は、突然政敵に陥られて処刑された。その一報の後、彼女は急いで使用人達と脱出したが、追っ手に追いつかれそうになり、隣国に何とかたどり着いた時には一人きりになってしまった。だがエレナは、手を差し伸べてくれたスラム街の孤児トム、リリィ、エリミアと新しい生活を始め、医師グレンクロフト先生の活躍ぶりを見て医療の道へ進む。やがてエレナは貧民街の医師として活躍するだけでなく、人々の心まで癒して皆に慕われるようになる。
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陥れられて没落から始まる物語では、主人公が復讐を誓うドロドロな展開になることが多いですが、エレナは過去の栄光を振り返らずに着実に今できること、やらなければならないことをします。それも計算ずくではなく、本当に相手のことを思って行動します。彼女の前向きな姿勢と優しい心にとても好感を持てました。
エレナは、トムが妖精と間違えるほどの美しい容姿をしているのですが、それ以外の能力については自己評価が低くて平凡と自覚しています。でもスラム街に来てまもなくやりたいこと(医療)を見つけ、ひたむきに努力して自立の道を切り開いていきます。その様子からは、宮殿から飛びだせ!令嬢コンテストの求めるヒロイン像である「思わず応援したくなるような」「自立した女性」に成長しつつあると実感します。
私は恋愛小説大好きなので、ちょっと歳の差はありますが、エレナとグレンクロフト先生に恋の予感がしないかなと最初は期待しました。でも残念ながら、宮殿から飛びだせ!令嬢コンテストでは恋愛要素は二の次ですし、この2人の様子を見る限り、その展開はなさそうです。
グレンクロフト先生の治療院について作者の犬猫鳥さんにコメントで質問しましたら、コメント返信で裏設定を教えてくださっただけでなく、エピソード自体にもその説明を盛り込んでいただけました。コメントのやり取りが作品に生かされているのがリアルに感じられ、とても嬉しかったです。色々と思ったことをコメントに書くとネタバレになってしまう可能性(ネタバレ回答してもらいたいのではなくて考察してるだけのつもりなんですが)があって忌避されることもあるので、質問を好意的に受け止めていただけたのにもホッとしました。でも今後は気を付けてコメントします。
本作は中世医療ものと犬猫鳥さんがおっしゃる通り、作品中に色々な薬草のレシピが出てきます。どこまで実際のレシピなのだろうかと思っていたら、トリカブトも実際に薬として使われていたと聞いて仰天しました。ウィキペディアを見たら、現在でも弱毒処理を施した上でトリカブト属の塊根が漢方薬に使われているそうです。古代エジプトのミイラ(と同時代の死体から作った偽物ミイラ)が近代までヨーロッパで粉末状にされて薬や絵の具に使われていたのと同じぐらいの驚きです。グレンクロフト先生とエレナにはミイラも薬として使って欲しいですが、患者がかわいそうですかね。
犬猫鳥さんの近況ノートによれば、本作の薬草レシピの描写にはNicholas Culpeper(1616-1654)の”The Complete Herbal”を参照しているそうです。1653年に出版された文献なので、厳密に言えば中世後期から150年以上後の文献ですが、中世の文献だったら恐らくラテン語で読むのが大変過ぎる(いや無理)でしょうし、150~200年前のレシピと大して変わらないのではないかと推測します。
薬草レシピについては、今日知られている本来の効能と全く違うことが昔の文献では書かれていたりします。当然のことながら実践するのは危険ですので、よい子の皆様は真似をしないで下さい。
犬猫鳥さんの近況ノート「薬草学の参考文献」(2025/6/18)
https://kakuyomu.jp/users/one_nyan_bird/news/16818622177392660948
迫真に迫っていてリアルな描写だったのは、薬草レシピや治療の様子だけではありません。それ以外にもエレナ一行が追っ手の騎士達に追いつかれて抵抗する冒頭の闘争場面もとても迫力ありました。
『灰色の街の聖女』は、私のコメントへの返信によれば、プロット上では上下巻構成の全66話になる予定で、6月14日の投稿開始後から2~3ヶ月ほどでの完結を目指しているそうです。ということは、宮殿から飛びだせ!令嬢コンテストの読者選考期間が終わる2025年7月16日の後も、まだまだ続きます。でも読んで面白いと思ったら、是非読者選考期間終了前に評価を入れて応援していただきたいです。
私のレビューはこちら: https://kakuyomu.jp/works/16818622176733586863/reviews/16818622177200819794
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↓まだ読んでいない方はネタバレがあるので、飛ばして下さい↓
本作はシリアスな中にもちょっとユーモアも挟まっていて、私はそういう面も楽しんで読んでいます。特に医師のグレンクロフト先生がエレナをわざと怒らせるようなことを言った時のやり取りが、お茶目な感じでよかったです。エレナも負けず劣らず先生についてちょっと失礼なことを内心思っているのにもくすりと笑えました。
グレンクロフト先生がなぜ帽子を屋内でも必ず被っているのかまだ謎ですが、実は河童みたいなハゲ(河童のはお皿ですが)が頭頂部にあるのかなとか色々想像しちゃっています。帽子の謎が明かされる時が何気に楽しみです。
エレナは両親や身近な使用人達の死に衝撃を受け、とても悲しんだでしょうが、特に家令のジェラルドは死しても尚、乗馬した姿勢でエレナを隣国に届け、とても涙ぐましかったです。ジェラルドの葬儀の場面では、魔石に込められた魔力を使った火葬の仕方と葬儀の儀式がとてもユニークに感じられました。
エレナの母は夫の遺志を継いでせめて一矢報いるため、エレナと一緒に避難するのを拒みます。その時、エレナの父が誰よりも領民達のことを考えていたことを忘れないで欲しいと母から娘に言うのですが、エレナは父の「大逆の罪」、「王様に歯向かった罪」が無実の罪ではないと受け取ります。
実はその思考回路が最初は理解できませんでした。でもよく考えれば、エレナの父が領民のためにしたことが国王や政敵にとって不利益だったとか何かで、国王にとってはエレナの父が「歯向かった」のは事実なのではないかと思います。そういう意味では「無実の罪ではない」のでしょう。ただ、国王達にとって無実の罪でなくとも、家族や領民にとっては無実の罪でしょうから、どんな意味の無実の罪だろうと、娘に「無実の罪ではない」と思われたままでは、陰謀に陥れられて処刑されてしまったお父さんが気の毒に思いました。エレナの父には正義があったと思いたいです。
エレナの母の死は風の噂でエレナにも伝えられてはいますが、まだ具体的に彼女の死が描写されていないので、実は生きていたとかないかなと微かな希望を持っています。
この陰謀にエレナの当時の婚約者アルヴィンの家が加担したのがとても切ないです。なぜそうなってしまったのか、彼自身はエレナのことをどう思っていたのか、自分の家の陰謀でエレナが少なくとも捕まるか、悪くすれば処刑されるであろうことをどう思っていたのか(それともそもそも事前に陰謀のことを知らなかったのか)気になります。一方、エレナ自身はアルヴィンにそんなに思い入れはないように見受けられますが、それでもショックだったでしょう。
コメント返信によれば、アルヴィンから見たこの陰謀の真実や彼の葛藤が第五章で描かれるそうなので、楽しみにしています。ただし、この物語はエレナの物語であり、エレナの視点から見て分からないことは物語上に登場しないので、一部の謎は説明されないまま終わる可能性もあるそうです。そういう視点の問題について、私は執筆の際に結構悩んでおり、つい三人称でも神視点で伏線を全部説明したくなってしまうのですが、神視点は一般的にお勧めされていないように思います。全部開けっ広げてしまうのでなくて、必要な含みを残せるように私もしたいです。
鉱山労働者が脚を切断される壮絶なシーンにいきなり遭遇した時、エレナは箱入り娘だったのに、気絶せずに冷静に観察していて驚きました。でもだからこそ医療の道に入る適性があったのでしょう。彼女は魔法の才能がなく、回復魔法ももちろん使えないので、ラノベで一般的に言う『聖女』ではないのでしょうが、凄惨な場面でも気後れせずに治療し、医療知識を必死に学んで人々を心身ともに癒す点では作品名の通り、『聖女』なのだなと思いました。
【第一部完結を踏まえて追記2025/7/13】
本記事を執筆した時点で公開されていた第16話より後のエピソードで一番の見どころは、第五章のエレナと婚約者のアルヴィンの再会と別れだと思います。エレナは次から次へと色々な人々とかかわり、医師の卵としての技量だけでなく、自立した女性としても成長していきました。その彼女が出した結論がアルヴィンとの別れでした。
最初からこの物語のテーマは復讐ではなく、箱入り貴族令嬢エレナの自立した女性としての成長であることは分かっていたので、彼女の選択は自明の理でした。ですが私は元サヤ厨ですし、アルヴィンがエレナを愛しているのが分かって本当に切なくて、彼らが結婚してもエレナが医師として活躍する術はあるのではないかとついつい考えてしまいました。でも彼女が貴族のアルヴィンと結婚するためには、元の家名を取り戻さなければならないので、復讐はセットになってしまいます。それに宮殿から飛びだせ!令嬢コンテストの趣旨からすると、彼女が貴族に戻ると、彼女の自立のインパクトが弱くなってしまうでしょう。
コメント返信によれば、作者の犬猫鳥さんは、当初元サヤエンドで考えていらしたそうですが、どうしてもしっくり来ずにそういう選択にしたそうです。上記のことを考えれば、その決断はもっともだと思いました。
エレナの家が巻き込まれた陰謀については、アルヴィンが証拠をかき集めてくれたのですが、エレナは家の再興を望まないので、陰謀の全貌は分からないままになっています。この物語は復讐譚ではないですし、エレナが家の再興を望まないので、明かさないままがベストだと私も感じました。
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