第4話 肆ノ巻

 南条家とは約二百年以上続く名門の家柄を誇り、他国への侵略を重ねては領地を拡大し、大国と成った大大名である。


 尾形家現当主・紫月は生来の性分ゆえか、かつては仏門にいた身ゆえか、乱世に生きる領主にしては珍しく温厚な平和主義者だった。戦好きの先代当主紫月の父が増やした敵から国を守る以外、自ら他国を侵略することはなく、領地を、領民の暮らしをより豊かにすることに腐心していた。裏を返せば自国や領民に仇なす者には容赦しない。


 先代当主の時代の話だが、南条家と尾形家は一時的に同盟を結んでいた。

 その証として、南条家の古くからの属国の若領主へ、先代当主の娘であり、紫月の同腹の姉・杜緋とあけを嫁がせた。

 だがしかし、その同盟は一年ほどで破られる。南条が属国数ヵ国と共に、尾形を攻める計画を立てていたからだ。更に、(理由は未だに謎だが)杜緋が嫁ぎ先で自刃し、命を落とすという不幸まで起きた。


 当然、南条との国の属国数ヵ国の連合軍を相手に、尾形は戦を仕掛けた。

 苦戦を強いられる最中、尾形陣営の当主が突如紫月へと成り代わった。非常時を利用し、先代当主と跡継ぎの義兄、彼らに従う古くからの譜代家臣の多くを永久国外追放したのだ。

 戦中の下剋上──、あくまで噂に過ぎないが、戦ばかりにかまけ自国の状態を省みない父と義兄へ募らせた不満、または姉・杜緋の死は彼らに原因有りと恨んだからとも──、とにかく、尾形領の者の大半はこの国は終わった、と嘆いた。


 けれど、還俗した紫月が総大将となり、彼を当主に掲げた若く有能な家臣たち(その中には伊織や樹も含まれている)が戦の指揮を執ると戦の形勢は逆転し始めた。連合軍の一部の国は滅亡し、南条軍を大幅に弱体化、撤退させた。その後、何度も南条からの侵攻を受けるもことごとく打ち勝ち。

 遂には三年前、南条領へ初めて攻め込み、一気に滅亡へと追い込んだ。


 他国を自国に吸収する際、尾形領では禍根の芽を少しでも潰すため、兵には戦中、戦後も乱取り戦での略奪行為を禁じた。(人道的意味合いの他、雑兵の報酬を首の数以外認めないことで、敵兵を一人でも多く減らす魂胆も含まれている)

 また、戦後、元からの自国民であろうとかつての敵国であろうと分け隔てもせず。民の暮らしを大切にする紫月の施策のお陰で、元南条の民の間では尾形に吸収されて却ってよかったと思う者も多い。

 とはいえ、それは庶民の話。どこかに潜伏しているであろう、武家の生き残りたちが領内でごく小規模ながら謀反を起こすことがある。ゆえに、南条の名を耳にすると、尾形の武士なら誰もが警戒するのであった。














 一夜明け、翌日・巳の刻午前九時から十一時


 見上げた曇天は今にも泣き出しそうだった。

 集めた郷人たちが金槌など大工道具を振るう音、呼びかけあう声を聞きながら。焼け焦げた狛犬に凭れかかり、伊織はあくびを噛み殺す。


 秋の遅い夜明けを待ち、外が白み始めた頃合いを見て、伊織は昨夜訪れたばかりの廃神社へ、郷人を伴い再び足を運んだ。昨夜捕縛した連中は否定していたが、必ずやこの廃神社に騙し取った金品を隠していると、彼の勘が騒いでならない。


「伊織様。拝殿、左右の翼殿の床下には何も見当たりませんでした」

「そうかあ……、残るは本殿、じゃな」

「はっ。引き続き調べまする」


 頼む、と言い終わらぬうちに、あくびがまたひとつ。

 社へ向かいかけた郷人が、だらしないと言いたげに眉を寄せかける。


「……随分とお疲れのようで。本日は氷室御前もご不在ですし」

「昨夜ひと仕事した上で互いに一睡もしておらんからの。あれも疲れて寝ておるわ」

「…………」


 今度こそ郷人は呆れ顔を隠しもせず伊織を二度見し、社へ向かう。伊織は彼に広い背を向け、舌を出す。

 氷室が聞いたなら足を踏まれるだけでは済まない発言だが、このくらい言っておいた方が


「本殿の床下もないのか?!」

「ああ!隅々までくまなく調べたが見つからん!」

「床下が駄目ならば、天井裏は……」

「あんな高い場所にわざわざ隠す奴がいるかよ!」

「儂もそう思うのう」


 いつの間にか、しれっと本殿の中にいた伊織に驚き、言い合っていた郷人たちはその場から半歩ずつ下がった。床板があちこちめくられた本殿の床を、伊織はぐるり、見渡したあと、最奥のご神体──、伊織の腰ほどの大きさをした、垂れ髪の女神を象る神像をじっと見つめる。


「伊織様?」

「このご神体、みょぉおおうに傾き方が気になるのう」

「そうですか?特に気になりませんが」

「気になるのう。めーちゃくちゃ気になるのおおぉぉーーう」


 伊織はじりじり、ご神体ににじり寄り、手を伸ばす。


「伊織様っ!何をなさる?!」

「ご神体の下にないか」

「ご神体がある辺りの床下も調べましたがっ?!」

「違う。床下じゃない」

「伊織様!おやめください!罰が当たりますよ!」

「罰?神罰など」


 止め立てようと伸びてくる複数の手を避け、伊織はご神体を持ち上げる。


口先一つ策を弄すで何百何千と人を殺めてきた。当たるならとうに当たっておるわ」

「…………」


 持ち上げたご神体を傍らへ置く。

 周囲が呆然と見守る中、ご神体の下に敷いた座布団を持ち上げ──、ようとして、手を止める。


「重い。あと、感触が固い」


 座布団を裏返してみると、明らかに切り裂かれ、雑に縫い合わせてある。その縫い目の隙間から鈍い輝きが。感触から察するに──、座布団を片手で掴んだまま、もう片方の手で懐から女物の懐剣を取り出し、思い切って切り裂く。


 ジャラジャラジャラ、チャリン、ジャラジャラ──


 切り裂かれた箇所から、金・銀・銅、様々な貨幣が次々零れ落ちてきた。

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