二日目の朝
異世界2日目の朝が始まった。
日が昇る少し前に起床して、着替えを済ませて町の近くにある川でニジマスに似た魚を5尾獲ってきた。
寮の食事は流石にショボすぎて1日頑張る体力も気力も湧かなさそうなので、せめてもという親心だ。
予算問題が解決するまでは自分がなんとかするしかないだろう。
下処理を済ませて調理をしていると、寮の食事を作成しているおばちゃんが出勤してきた。
「おはようございます」
「あら良い匂い。これは一体何かしら?」
「朝食の食材がないようなので、魚を獲ってきました。この女子寮の朝食は20人分あれば良いでしょうか?」
「え……ええ」
寮のおばちゃんは若干驚いていたが、それ以上は何も言わなかった。
OKということだろう。
魚は半身を更に2つに分ければ5尾が20人前になる。
魚の切り身に香草で臭いを消した後に小麦粉と塩コショウで下味を付けてフライにして揚げていく。
そのままだと朝からは若干重いのでは、刻んだバジルとビネガーで爽やかな南蛮風のソースで味付けをする。
川で魚のついでに採ってきたクレソンは一度塩揉みして汚れを洗い流した後にさっと軽く湯通しをしてサラダに。
魚のアラは一度炊いて臭みを取った後に煮込んで夕飯用のだし汁を作っておく。
具のない塩スープも出汁が入れば、少しはマシにはなるだろう。
そうしているうちに近所のパン屋から朝食のパンが届いた。
全粒粉パンでこちらも朝食には若干重いので、切り込みを入れて軽くトーストしていくと少しだけふんわりとして、香ばしい臭いが漂ってきた。
その臭いに誘われるようにアイリスを含む寮生達が食堂に集まってきたので、どんどん皿を並べていく。
「エクセルさんおはようございます」
「アイリスさんおはようございます。今日の朝食は魚のフライと野草のサラダとパンですよ」
「わあ、美味しそうですね」
全員が席に着いたところで両手を組んで神への祈りを捧げて食事だ。
「昨日の夜と違って今日の朝食はしっかりしていますね」
「美味しいですか、アイリスさん」
「はい。今日は初めて学食を食べるんですけど、そっちも楽しみです」
美味しくいただけたようで何よりだ。
他の寮生からも「予算が戻ってきたのかな?」などの好評の声が聞こえてくる。
早起きして頑張った甲斐があるが、これも長くは続かない。
早く事件を解決する必要がある。
朝食が済んだら、今度は食器の片付けだ。
皿洗いなどを一通り済ませると良い時間になったので、生徒達に遅れて重役出勤をする。
校門を作業員用パスで堂々と通過して、本日の作業開始だ。
真っ先に食堂と行きたいところだが、まずは作業員の待機室に向かった。
作業員の待機室に入ると、作業着を着たおじさんとおばさんが椅子に座って目を瞑っていた。
「おはようございます」
「ああおはよう。こんなところに生徒が何の用事なんだい?」
尋ねられたので、部屋の隅に置いてある虫取り網を指差す。
「虫が出たみたいなので回収する必要があるんですけど、道具がなくて……そちらの網を少し貸していただいてよろしいでしょうか?」
「網を? 虫くらい素手で取れば良いだろう」
「それが……みんな怖がっていて」
「まあ若い娘さんはそうなんだろうね。いいよ、持っていって。後で返してくれたらいいので」
おじさんはそう言って虫取り網と、捕まえた虫を入れるための瓶を貸してくれた。
礼を告げて作業員の待機室を後にする。
「さて、作業開始するか」
視界の先には壁いっぱいに張り付いたカメムシが見える。
「さすがにこれを素手で触るのは無理ですよ」
工作活動の始まりとして、壁いっぱいに張り付いたカメムシに向けて虫取り網を振り回し始めた。
◆ ◆ ◆
ダウマン教授への仕込みは済ませたので、食堂で昼食の準備を始める。
疑似肉のコストダウンは人的コストについてをガン無視しての数字だ。
豆を粉にしてそれを加工という手間と時間については一切勘定に入れていない。
実際の調理は全て豆おばちゃんと芋おばちゃんの2人に任せて、ただひたすらに疑似肉を作る作業に徹する。
昼になって腹を空かせた生徒達が食堂に詰めかけてくる頃には今日の昼食、ミートソーススパゲティはなんとか完成した。
腕の筋肉は張ってパンパンで、かなりの疲労感が有った。
「エクセルちゃんお疲れ。後はこっちでこなすから休んでな」
「いえ、そう言うわけにはいかないでしょう」
食堂内を見ると、昨日は昼食を摂る時間がなかったという会長、カトレア、庶務の姿があった。
アイリスも隅の方に1人で座っているのが見える。
「ゲストの応対をしてきます」
「ああ、配膳は任せときな」
カトレア達も気になるが、まずはアイリスのところへ行くことにする。
「アイリスさん」
「ひゃあ、エクセルさん! どうしたんですかって食堂で働いているんでしたよね」
「1人だけでお食事?」
「はい。クラスの皆さんはなかなか都合が合わないみたいで……その……」
また面倒くさいことになってるようだ。
せめて同級生になったのならば、何とか出来るのだが、こちらは所詮は部外者だ。
誰か学校内に味方を作ってやることくらいしか出来ない。
「付いてきなさい」
「あっ、はい」
アイリスの前に置かれている料理が盛られた皿を掴んで今度はそのまま会長のところへ移動する。
「皆さんお食事中ですか? 実は私のお友達を紹介しようと思いまして。同席させていただいてよろしいでしょうか」
返答を待たずに半ば強引に料理が乗った皿を置いてアイリスを座らせる。
「こちら、私のルームメイトのアイリスさんです」
「ア、アイリスです。どうもよろしくお願いします」
「どうもよろしく!」
庶務が大きな声で親しげにアイリスへ話しかけると、アイリスは椅子をこちらに寄せて庶務との距離を取る。
「うっ傷つくな」
あからさまな拒否の姿勢を取られた庶務が悲しそうな顔をしている。
気持ちは分かる。
「すみません。私って同年代の男の人とあまり会ったことなくて……」
「この男は粗野で特殊事例だから気にしなくて良いですよ」
カトレアがアイリスに優しく声をかけてくれた。
「特殊事例はないだろ。これでも立派な紳士になるべく頑張っているんだぜ」
「ならば、その言葉遣いから何とかしなさい」
「そうは言ってもよ。方言みたいでなかなか直らないもんなんだわ」
「方言なんですか?」
アイリスが少しだけ庶務の方を見た。
「そうそう方言。アイリスさんも地元ならではの言葉って有るだろ」
「有りますね。しょつなべーとか」
「なんだそりゃ」
「地元ならではの食べ物もありますよね」
「あるある。うちの地方だと木の根っこにしか見えない植物があってそれをよく食べるんだけどさ」
アイリスが動かした椅子を元に戻した。
まだ庶務と触れるまではいかないが、少しだけ打ち解けられたようだ。
それはともかく「しょつなべー」とはどういう意味なのか自分にも教えて欲しい。
まあ、それは置いておいて本題に入ろう。
「実は昨日、弁当を作っても届ける人員がいないという話をしていたのですが、その役目をこの子に任せても良いでしょうか?」
「この子に?」
カトレアが会長とアイリスの顔を交互に見る。
「君がエクセルの友人なのかね」
「はい、アイリスと申します」
「昨日から入った編入生だね。故郷では大変優秀な魔法の使い手だったそうだね。この学校に編入することになった経緯については少しだけだが聞いている」
「いえ、それほどでも……」
口ではそう言っているが、アイリスはかなり嬉しそうな顔をしている。
自分の能力が正当評価されたことが誇らしいのだろう。
「仕事の内容としては昼時に弁当を届けてもらって、その時に学内の様子や生徒の噂話などについて確認させていただく程度なので、それ程、手を煩わせることもない。だが、それでも君の貴重な時間を奪ってしまうことには変わりない。なので、無理強いはしたくないのだが」
「いえ、私でよろしければ喜んで!」
「ありがとう。出来れば明日からでも生徒会室に来て貰えると助かる」
これでアイリスと生徒会を繋ぐ仕事については成功した。後はアイリスに頑張ってもらおう。
「それでエクセルさん、あの件は?」
「大丈夫です。放課後にお願いします」
カトレアとダウマン教授の部屋の調査について軽くやり取りをしておく。
今は仕込みは完了したことだけを伝えればOKだ。
「ところでエクセル。昨日から他に変わった話などないかね?」
「そうですね。どうも裏の山から大量にカメムシが飛んできているみたいなので、駆除は必要だと思います。教室にも入ってきているみたいで、それなりに困っていることを学校側に伝えていただけると助かります」
「そういえば確かに虫が多いな。カメムシに限らず羽虫もやたら湧いている」
「去年はこれほどじゃなかったよな。今年は何があるってんだ?」
カトレアや庶務も虫の多さについては気になっていたようだ。
いや、ここでまた新たなキーワードが出た。去年は虫の発生はこれほどではなかった?
関係しているのかどうかは不明だが気にはなる。
これは無関係だと思われていた山の方も調べておく必要があるかもしれない。
やることが……やることが多い。
「ああ言うのってどうやって駆除するんでしょうね?」
「専用の魔法はなさそうだから薬剤の噴霧になるだろうな。ただ、殺虫剤を買うにも予算を計上する必要があるし難しいところだ。優先順位としては直接生徒に影響が有る施設の補修や学食の予算と比較すると、後回しにせざるをえないだろう」
「また予算か……」
何にしろ予算の問題からは逃げられないようだ。
あと4日間でどうにかするかない。頑張ろう。
「午後の授業が終わった後に学校側との定例会があるので話してはみるが……カメムシの件はさっき述べた理由もあるし、あまり期待しないでくれ」
その後食事は和やかな雰囲気で進み、生徒達はみんな学食から出て午後の授業に戻っていった。
「さて、この後は片付けと明日の仕込みだ」
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