学校へ行こう!
あと5日間何をしようかと窓の外をぼーっと見ていると、アイリスが声をかけてきた。
「あの、エクセルさん。私と一緒に魔法学校に付き添いをお願いできないでしょうか?」
アイリスはボロボロの服を脱いで、木綿のワンピースに着替えていた。
先程までの旅で汚れていた服に比べればマシだが、それでも、あちこち繕いが目立ってかなりみすぼらしい。
この服で学校に行くつもりなのだろうか?
「これから編入手続きをやって、制服と教科書を受け取る必要があるらしいんですけど、故郷から出てきたばかりでどうしたら良いか不安で……」
「それで私に案内をして欲しいと?」
「はい。せめて学校まででも案内してくれると心強いかなって?」
アイリスはそう言うが、こちらも先程召喚されたばかりだ。
この窓から見える建物が魔法学校だということ以外の情報は何も知らない。
「すみません、私は魔法学校にはもう通うことが出来ません」
あまり頼られても困るので、断る理由として例の退学通知書をアイリスに手渡す。
それを読んだアイリスは表情を驚きやら怒りやら、コロコロ変化させながら文章を読んでいった。
ただ、カタカナでの「テスト」については何のツッコミもなかった。
もしかしてカタカナを文字ではなく謎の記号としか認識していないのだろうか?
「なんですかこれ……エクセルさんが退学って」
「書かれている通りです。私はあと5日後にはここから立ち去る必要があります。もう魔法学校の生徒ではないのです」
「それじゃあエクセルさんは、もう魔法学校には通えないんですか? おかしいですよ!」
アイリスはまるで自分のことのように怒り始めた。
「エクセルさんも夢があってこの魔法学校に来たんですよね。でも、それが叶わないって……私なら耐えられない」
ごめんなさい。
人違いで連れてこられたので、魔法学校に対しての夢も感情も有りませんと心の中で一応謝っておく。
「ですが、このような通達が届いた以上は仕方ないでしょう。なので、アイリスさんは私のことなど気にせず、お勉強頑張ってくださいね。夢が叶うことを願っています」
どうせ自分は5日後にはこの世界から消えるのだ。
ならば、この子ともあまり親しくならず、適当に突き放すのが良いだろう。
「……分かりました。そういうことなら仕方がありませんね。手続きに行って来ます」
アイリスは不安そうな背中を見せて部屋を出て行こうとする。
他に服がないのだろうが、継ぎ接ぎが目立つ木綿のワンピースのままなのが気になった。
ちょっとした近所の買い物や、自宅で普通に過ごすだけならばともかく、あの立派な魔法学校に行って1日過ごすには悪目立ちしそうなのが気になる。
流石に、継ぎ接ぎの目立つ服を着ているからといっても、即いじめが始まるような治安が終わっている学校ではないとは思うが、変な奴という第一印象が残れば、友達を作りにくくなるということはあるかもしれない。
やはり自分は損な性格をしている。
自分に縁のある人物が困っている人がいると、見捨てられず、つい助けたくなってしまう。
それがどんな些細な縁だとしても、自分の努力でどうにかなる範囲ならば余計だ。
他人に関わると別れが辛くなるなどそれはこちらの都合でしかない。
誰かが困っているなら見てみぬふりは出来ない。
(運営は『できる限り快適にお過ごしいただけますよう、最善の対応をさせていただく』と言っていた。ならば今着ている制服以外に着替えがないということはないはずだ)
室内を見回すと、ベッドの下に木の箱が置かれていることに気付いた。
引っ張り出すと、中には着替えなどの衣服が入っているようだった。
選っている暇はないので箱をひっくり返して中身を全て床にぶちまけると、中から下着や肌着、靴下などに混じってブラウスとスカート、作業衣、ワークキャップ、寝間着などが出て来た。
ブラウスとスカートを掴んで状態を確認する。
生地は上等。縫製もしっかりしており質はかなり良い。
フリルなどの装飾はなく、色も地味なので派手さはないが、逆にその地味さのおかげで普段着だけではなくフォーマルな場面でも使えそうだ。
地味なだけに、上着やアクセサリーなどで調整すれば大きく印象も変えられるだろう。
しかも、どう見ても袖を通したことのない新品だ。
見たところアイリスと自分は背丈は似たようなものだ。
アイリスの方が少しだけ……ちょっと……肉付きは良い? 良いかもしれないが、それでも着られない程の差はないだろう。
ドアから出て行こうとしたアイリスを呼び止めた。
「流石にその服で行くのは止めなさい」
「でも、これは私が持っている中で一番の余所行きの服で」
「気持ちは分かります。ですが、場面場面で適した服というものがあります。この服に着替えていきなさい。大切な編入初日なんですから」
「でもこれはエクセルさんの服なんでしょ」
「まだ一度も袖を通したことがない新品なので安心してください。このまま誰も着ないよりはあなたに着て貰える方が服も喜びます」
「でも」
「『でもでもでも』じゃなくて、こういう時の他人の好意は素直に受け取りなさい」
アイリスを半ば無理矢理に着替えさせて、ボサボサの髪をブラシで梳かして身なりを整えると、それなりのお嬢さんに見えるようになった。
これならばどこに出しても安心だ。
「サイズは大丈夫?」
「胸のところが少し窮屈ですけど、まあ大丈夫です」
「なるほど」
やるせない怒りがこみ上げてきたので、先程ひっくり返した箱を蹴飛ばしたが足が痛いだけだった。
許せない。
何故、世界はこうも残酷なのか?
「あの……エクセルさんは何故初対面の私にこんな親切にしてくれるんですか?」
「魔女は毎日頑張ってるシンデレラを見ると応援してプレゼントをあげたくなるものなんですよ」
精一杯の笑顔で答える。
「私はもう魔法学校へ通えませんが、せめて私の分までアイリスさんには頑張って欲しいのです」
これは本音だ。
夢を持って頑張っている人にはちゃんと成功して欲しいとは思っている。
努力や才能が足りなかったり、運がなかったりしてダメなこともあるだろうが、それでも一度の人生なのだから、最後にはハッピーエンドになって欲しい。
まあ、魔法学校に0秒すら通っていない自分の分を足したところで増加量は0なのだが、そこは気にしてはいけない。
「それじゃあアイリスさん、校門の前までは一緒に行きましょうか。案内しますよ」
「でもエクセルさんはもう学校に入れないんじゃ」
「なので校門の前までの道案内だけです。私の物語はそこまでですが、そこから先はあなたの物語があるのでしょう」
「はい!」
良い返事が返ってきた。よろしい。
どうせ5日間は何もやることはないのだ。
それならば、この同郷人が夢を掴むための助けになってやるのも良いだろう。
運営からのメッセージには
「異世界の魔法学校舞台のゲーム」
「何もするな」
とあった。
これは逆に考えると、運営が何かこの学校に何か障害を用意していて、本来想定されていた召喚者にそれを解決させる過程をゲームと称していたのだろう。
何故そんなことをするのかについての理由など分からないが、どうせリアリティーショーのように他人の生活をエンターテイメントとして配信するなどしてそれを楽しむとかいう悪趣味なものだろう。
そのゲームを本来は存在しないはずの人間が勝手に障害を排除してしまうと、もはやゲームとして成立しなくなるので、わざわざ何度も「何もするな」と念を押していたのだろう。
もしかしたら、この世界が乙女ゲーム的なゲームの世界であり、そこに世界観が違う劇物を投げ込んでしまったので世界観破綻を恐れているという可能性も有るが、それは考えないで良いだろう。
設定もストーリーも何も知らない、わからない状況では何が正しいのかわからないのだが。
確実に言えることは一つだけ。
アイリスが困るであろう障害を、完全に部外者の俺が徹底的に排除してやればいい。
アイリスを含めた多くの人が苦しむこともなくなるだろうし、運営のつまらない目論見は台無しになる。
自分もやりたい放題やればスッキリする。
メリットしかない。
ただし、物理に訴えるのは最終手段だ。
「来た時よりも綺麗に」「発つ鳥後を濁さず」は旅行好きならば常識だ。
ただの通りすがりが別の世界の人や物を傷付けて良い道理などない。
それをやると無断でここに喚びつけた運営と同じレベルになってしまう。
あくまでも自分がやるのは、この世界の人達の後押しをして、事件の解決に導くだけだ。
「やるべきことはだいたい分かった。5日の間に無茶苦茶やって帰るか」
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