異世界魔法学校4泊5日の旅
れいてんし
4泊5日異世界への旅
ふと気付くと、いつの間にか学生寮のような部屋に立っていた。
粗末な作りの木製二段ベッドに学習机と椅子が2セット置かれている。2人一部屋の相部屋のようだ。
炊事場、トイレ、シャワールームなどはなし。
こんなところに住んでいたことも訪れたこともない。
「何だこれ?」
昨晩は、日課である学力強化のための資料作成とweb会議を使った勉強会を行い、それが終わったところでベッドに入ったところまでは覚えている。
そして目を覚ますとこの学生寮である。
脈略がなさすぎて何があったのか理解出来ない。
これは夢なのか現実なのかを考えていると、突然にどこからともなく声が聞こえてきた。
「今回開催を予定しておりました、異世界の魔法学校舞台のゲームですが、誤って予定していた候補者ではなく、無関係の上戸様を招待してしまいました。上戸様にはご迷惑をおかけする事となり、大変申し訳ございません」
何が始まるのかと思えば、音声読み上げソフトに原稿を読ませているような抑揚のない声での謝罪文が読み上げだった。
謝罪文の意味が全く理解出来ない。
誤って招待? ゲーム? 異世界? 魔法学校?
謝罪よりも先に、まずは今の状況の説明から始めるべきではないだろうか?
だが、こちらの思いなど知らないとばかりに謝罪文の読み上げは止まらない。
「この度は、突然のお願いとなり大変恐縮ではございますが、手続きの関係で上戸様がご帰宅されるまでの間、5日間ほど現地にご滞在いただく必要が生じましたこと、心よりお詫び申し上げます」
「待って」
「私どもの都合により、このようなご不便をおかけすることとなり、誠に申し訳ございません。お客様にできる限り快適にお過ごしいただけますよう、最善の対応をさせていただく所存でございます。ご滞在中に必要なご要望やご希望がございましたら、どうぞお気軽にお申し付けください」
「いや、文句は今言うから。家に帰して」
「また、ご滞在にかかる全ての費用は弊社にて負担させていただきますので、どうかご安心ください。今回の状況において、ご迷惑をおかけすることとなり、大変心苦しく思っております。何卒ご理解とご寛容を賜りますようお願い申し上げます」
「理解なんてしないし、いいから人の話を聞け!」
「今後、このようなことが再び起こらないよう、努めてまいりますので、どうかよろしくお願い申し上げます」
こちらの声には一切答えることなく、謝罪文読み上げは唐突に終わり、部屋には静寂が戻ってきた。
「もしかして、これは
机の上に小さい手鏡があったので覗いてみると、そこには白い髪に赤い目の生意気そうな15歳の少女の姿が映し出されている。
肉付きの少ないほっそりとした手足。
毎日豆乳を飲んでシェイプアップ体操をしているというのに全く成長する兆しを見せないスレンダーな胴体。
身体については特に何の変化もないようだ。
昨晩ベッドに入る前は寝間着だったが、それがいつの間にか学校の制服に着替えさせられている。
小豆色のブレザーとチェックのスカート。制服にしては意外と派手だ。
そのブレザーのポケットから長封筒が飛び出していることに気付いたので中身を取り出してみる。
「ここに何かメッセージが?」
封筒の中身は書類が二枚。
一枚目は三つ折りになった書類だった。
手書きの英語文章で、末にはサインとエンボスが入っており、かなり公的な書類に見える。
タイトルに書かれている文字は退学通知書。
「えっと何々……『以下の者を退学、除籍処分とする。『エクセル・ワード・パワーポイント』。5日以内に学生寮を含む学校施設からの退去を命じるテスト』?」
どうやら学校の退学通知書のようだった。
一度も通ったことのない学校をいつの間にか退学になっていたというのは別に良い。
ただ、対象の生徒の名前が『エクセル・ワード・パワーポイント』になっているのは、いくらなんでもふざけすぎだろうと感じた。
全部英文だというのに「テスト」部分だけカタカナなのも雑すぎて酷い。
この退学通知書はただの小道具で書類自体に何の意味もないのだろうが、それにしても体裁くらいは整えて欲しい。
もう一枚は日本語の文章だった。
プリンタで印刷した文章のようで、最初は手紙かと思ったがどうも違う。
内容は箇条書きで要点のみが綴られていた。
・魔法学校の編入手続きは取り消したので、学校には一切通う必要はありません。
・召喚に伴う肉体の変更はありません。
・4日間寮の部屋で待機していてください。5日目の朝に帰還させます。
・何もしないでください。
・必ず元の場所、元の時間軸へ戻すので勝手に帰らないでください。
・絶対に何もしないでください。
・何もするな!
最後の方はもはや懇願である。
よほど悪い魔女である自分には何もして欲しくないようだ。
勝手に連れてきたくせに何を考えているのか? 人の人生を何だと思っているのか?
ポケットからは他にはハンカチと手帳が出てきた。
手帳は開いてみるが特に何も書き込みはなかった。
ただの小道具だろう
窓を固定してた閂を外して両開きの扉を押し開けると、赤い屋根が連なる中世ヨーロッパのような町並みが広がっていた。
「それで、どこなんだここ」
窓から外の景色を確認していく。
建物が連なる先にある小高い丘の上には、まるでサグラダファミリアのようなアーチ構造の鐘楼がいくつも連なったような美しい建造物が見える。
この町のランドマーク的な建物だと言うことは分かるが、あれが魔法学校なのだろうか?
だとすると、この町は魔法学校を中心に経済などが成り立っているのだと推測される。
地方の変な場所に大学が建っていると、そこを中心に大学生やそこの職員向けの店やマンションなどが立ち並ぶのと同じ現象だ。
中世ヨーロッパのような町の外側は延々と麦畑が広がっている。
少なくとも日本ではこのような景色は見たことがない。
やはりここは異世界で間違いないようだ。
窓の外の景色に意識を集中させていると、突然に背後から声が聞こえた。
「あの……入っても大丈夫ですか?」
窓の外の景色を見ていると、突然に部屋のドアが少しだけ開かれて、その僅かな隙間から誰かが室内を覗いているようだった。
「えっと、どちら様ですか?」
「今日からこの部屋に住むことになりましたアイリスと言います」
少女はこちらが耳をすまさないと聞こえないくらいの小声で答えた。
確かにこの部屋の構造は2人一部屋だ。同居人がいてもおかしくはないだろう。
「ここはあなたの部屋でもあるので遠慮する必要はないですよ」
「それでは失礼します」
室内に少女が入ってきた。
髪は赤茶色で目の色は青色。年齢は10代中盤。
14から16歳と言ったところだ。
西洋人のようにも見えるが、日本語は通じているので、コミュニケーションを取る上では問題はないだろう。
これが先程の退学通知書の文と同じく、会話まで英語だったならば、
「あいきゃんのっとすぴーくいんぐりっしゅ!」と叫びながら、今開けている窓からダイナミックに飛び出すところだ。実に危ないところだった。そういうところは配慮が効いているのでよろしい。
アイリスは木綿の服の上にボロボロの毛皮のコート。そして巨大なナップサックを背負っている。
その様相からして、あまり裕福では家庭の出身ということは分かる。
「もしかしてあなたも魔法学校に?」
「そう、私は魔法学校へ編入するために、故郷の町からここまで一週間かけてやってきました」
巨大なナップサックはそういうことかと納得する。
少女は窓の方へと歩いてきて、外に見える鐘楼が連なる建物を指差した。
「そう、魔法学校です! 私はあそこで頑張って勉強して立派な魔法使いになります」
アイリスはそう言うと手を差し出してきた。
どうやら握手を求めているようだ。
「改めて。私はアイリスです。貴方のお名前は?」
正直に「私は異世界から手違いで連れてこられましたので5日後には帰ります」などと伝えても、頭のおかしな奴としか思われないだろうし、ここは適当に誤魔化すのが吉だろう。
それに、あの謝罪文と手紙の内容が正しければ5日間だけの関係にしか過ぎない。
その間、揉めて険悪になることなく無難に過ごせる関係を維持できればそれで良い。
あの退学通知書にあった雑な名前でも騙って誤魔化せば良いだろう。
もう住む世界が違う人と友人になって、悲しい別れをするのは懲り懲りだ。
「エクセル・ワード・パワーポイントです。ゲイツの出身です。エクセルと呼んでください」
「はい、エクセルさん!」
自分でも「この名前はないわ」などと考えつつも、アイリスの握手に応えた。
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