傘、萌ゆる。

サカムケJB

本編(一話のみ)

しょうがなかった。


高木が愛する美少女キャラ、チョコちゃん。

黒髪ロングで幼さと少しの大人っぽさが共存するような、清楚の代表格。

『おちゃらけチャルメラ学園』のヒロイン枠。それがチョコちゃん。

そんなチョコちゃんの公式アクリルスタンドがついにヴィレヴァンで販売されることになった。

今、中高生オタク男子から絶大な人気を誇っているチョコちゃん。そのグッズがついに出るとなれば、中高生だけでなく大きなお友達がご隠居生活から野に解き放たれあっという間にチョコちゃんがヴィレヴァンから姿を消す。その事態は高木には容易に想像がついた。


案の定発売日当日は販売店舗前に長蛇の列ができた。ジャパニーズ万里の長城、その後ろ部分を構成する一員に高木は組み込まれた。


「大変申し訳ございません!この方まででアクスタは完売となります!!」

その言葉とともに店員が示したのは、高木より三人ほど前の男性。奇跡に感謝する男たちと神に嘆きを唱える男たち、世界を二分する絶望のフォッサマグナは、一人の店員に今生み出された。高木は神に捨てられたのだ。


肩を落とし、列から離れていく幾人もの敗者たち。高木も例外ではない、はずだった。高木は今年で二十歳になるメモリアルイヤーだ。そんな年に最愛のチョコちゃんンのアクスタが販売される。運命だと意気込んで高木はこの列に籍を置いたのだ。

このまま逃げ帰ってあとは転売ヤー様の靴を舐めるのみ、そんなのごめんだ。

高木の目に、人生最高の生気が宿った。


列を後にする足取りから90度クルリと踵を返し、勇み足で万里の長城へと向かう。

そしてふんすふんす鼻息を荒くしながらチョコちゃんとの対面を今か今かと待ちわびる太めの男の肩をポンとたたき、

「すまない、死んでくれ。」

と一言添えてその男の肩をグイと後ろに引き、そうしてできたスペースに高木は入り込んだ。完全な割り込みだ。


「お、おいふざけるなよぉ!」

唐突かつ大胆に行われた犯行に男は戸惑いつつも、男は怒りを露にする。もっと脂肪が少なかったのなら、額に欠陥が浮き出ていたことだろう。男は怒りとともに高木をどけようとするが微動だにしない。ひょろがり体型を生まれてこの方キープし続けてきた高木だが、動かざること山のごとし。FUJIYAMAは山梨・静岡の境目にあるのではなく、ヴィレヴァンの前に鎮座していたのだ。


割り込まれた男は店員のところまでドタドタと走っていき、法的処置でこの山を動かすことを試みた。店員が高木に声をかける。

「お兄さんすみません、いますぐこの列から離れないのであれば警察を呼びますよ。」

それでも山は動きません。

事態を重く見た店員はすぐさま警察に通報した。

目の前で自らに向けて国家の犬が向かわされようとしている。

こちらはこちらで事態を重く見た高木はすぐさま列から離れる。

だがもう遅い。世の中はやらかしてからでは遅いのだ。二十歳というメモリアルイヤーに、人生における大切な教訓を学ぶことができた高木。人生最高の瞬間だ。近隣署発高木行の特急便が向かってきていなければの話だったが。


サイレンの音は近づいてきている。チョコちゃんのアクスタどころの騒ぎではない。親族とアクリル板越しの会話をたしなむ生活がウォンウォン音を響かせながらすぐそこまで来ている。高木は逃げた。まるでその音にぐいぐいと押されているかのように逃げ、路地裏へとたどり着いた。薄汚れた雑居ビルの裏だ。

肩を大きく揺らしながら耳を澄ます高木。ちくしょう、自分の息切れした呼吸音が邪魔くせいやい。高木はイラつきと焦燥感の中で、足音を聴覚でとらえた。

それが警官のものなのか、それ以外のものなのかは定かではない。ただ、この町全体が敵となった今、この足音から身を隠さなきゃいけないことは確かだ。

高木は蜘蛛の巣の張ったドアノブをガッシリつかみ、扉を開いた。

Welcome to 雑居ビル。しばらくはここが高木の新居だ。


四階建ての雑居ビルの、四階の角部屋。生意気にも高木はその部屋に腰を据えた。

ビルはすべての部屋がもぬけの殻だが、トイレとぼろぼろのソファが高木の一室にはあった。ああ、言い方が悪かったがトイレは室内ではなく廊下にある。


ブーッブーッと二度高木の太ももを揺らすものがある。高木のスマホだ。そんでもってライン通知だ。どうやら高木の母親からだ。


翔、今どこにいるの?警察のかたがうちに来て、あなたを探してるわよ。

何かしちゃったの?もし、何かをしてしまったなら私も一緒に罪を償うから、お願い帰ってきて。間違ったことは正しいことで取り返していくのよ。

おねがい、帰ってきて。


既読スルー。それが高木の選んだ道だ。シングルマザーとして自分を育ててきた母親の気持ち、それよりも優先されるものが高木にはあった。

決意だ。割り込みは軽犯罪法違反であり時効は一年のはず。それまで身を隠して生きてやるという強い意志。それが今の高木を構成していた。この強い決意と行動力、これを浪人時代に発揮できていれば高木はこうならなかったかもしれない。高木のIFストーリーが思い浮かぶほどには、今の高木はかつての高木とは違っていた。


決意の日から半年が過ぎた。自らの意思がスマホのバッテリーよりも長持ちするとは、高木も思わなかっただろう。現にいま、うんともすんとも言わなくなったスマホがソファに投げ捨てられている。

飢えは残飯あさりで凌いでいるため、高木は過去一やせ細っていた。多分50m先から見たら一本の棒が地面に突き刺さって見える。そのレベルでやせていた。

だがきっと、高木がやせ細っていたのは残飯生活の影響だけではない。

残飯あさりではどうにもならない強い飢えが高木の体内に渦巻いていたからだ。


孤独。誰かと話したい、笑いあいたい。

いつも教室の隅でスマホをいじいじしていた頃の自分には全く想像できないことだろうが、今高木はを求めていた。

孤独はつらいものだ。しかもそれが逃亡生活中に襲い掛かってきている。精神のすり減るスピードは、ウサインボルト越え。ワールドレコードものだった。


神に救いを求め嘆き苦しむ。ああ神よ、どうして私はこのような目に。

答えは割り込みをしたからだが、高木が求めるのは答えではなく救いだ。

お得意の他責思考に拍車がかかる。歯車が火花を散らしつつ、その役目を全うする。


高木は見出した。この傘を人に見立てようと。

この傘とは、近くのコンビニで拝借(もち無許可)してきたものだ。黒く高級感のある。マダム向けの傘。高木はそれで欲望の解決を試みた。

では、この傘を誰とするのか。

母親?いや違う。

チョコちゃんだ。浪人人生ですさんだ高木の心のよりどころとなってきた、萌え萌えきゅんなチョコたそ。神よりも確実に自分を救ってくれるであろう存在をその傘に宿したのだ。萌えを傘に込める。情熱的かつ夢見心地に。


最初は難しかった。何度見たってただの傘だ。まあちょっと高級感はあるけれど。だが半年間逃亡生活を送り常人から一歩脱線した男にとって、その傘を擬人化させるのはたやすい御用だった。気づいた時にはその傘は清楚の代表格となっていた。

傘の良いところは開けるところだ。何をあたりまえのことをという気持ちもわかるが、傘の布の部分がチョコちゃんのスカートに見えてる高木からしたらとんでもないギミックだ。ロックを外し少しずつ持ち手部分の部品をスライドさせていけば、秘密の花園は自らの目の前にその醜態をさらけ出す。一気にバッと開けば、青春の甘酸っぱさ光るラッキースケベの様相を呈する。あぁ、なんと官能的なのだろうか。壇蜜が服着て逃げ出すレベルだぞこれは。


高木は完全に飢えを克服した。

その傘に、天国を創造したのだ。



後日、雑居ビル四階の一室からミイラのような死体が発見された。

その死体は黒い傘に寄り添うように部屋の真ん中に横たわっていた。

なにやら死因はシンプルに餓死のようだ。


なにが高木を死なせたのか。

それは生物的な飢えか。

それとも精神衛生上の充実か。

死人に口なしだが、死体は語らずしてその死因を物語っていたのだった。

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