5:ゲーミング錬金釜

 洞窟の奥は意外にも明るかった。出口から少し行った場所(つまり俺が転がされてた辺り)の方が暗いという。


「壁に光石こうせきが埋まってるんだよ」


 松明を振って炎を消しながら、ポーラが教えてくれる。光石とやらも気になるが、今は薬を優先しよう。

 奥の広い空間には、白い布を敷いた簡易のベッド、木造りの机と椅子があった。ここで罪人(ないしポーラのようにワケあって隔離される人)は生活するんだろうな。


『あの机の上……擂り鉢の中が恐らく薬だろうね』


 女神の言葉に、俺もそちらに目を凝らす。確かに黒い擂り鉢があるが、中までは見えない。

 俺の視線に気付いて、ポーラが鉢を取って、こちらに見せてくれた。


「それが薬?」


「うん。ケアケアの葉を擂り潰して液状にしたヤツなんだけど……効かないんだよ」


 いわく。島民の皮膚トラブルは全てこれで何とかするらしいのだが。ポーラのかぶれには効かないようだった。


「それで未知の感染症かも知れないから、隔離措置ってワケか」


 ポーラは悲しげな顔でコクンと頷いた。


「仕方ないんだよ……」


 まあ、集落の判断としては間違いではないと思う。というか、現代日本でもこういうケースなら同様の措置をされるだろうしな。


「けどもう3日……お家に帰りたいんだよ」


 そうだよな。まだ子供(18歳以上)なのに、親元を離れてこんな洞窟で独りぼっちなんて、さぞ寂しいだろう。


「でも、島のほとんどの皮膚炎に効く薬がダメっていうのは……」


「ボクが悪いんだよ」


「え?」


「ボクが島の密林地帯に入っていって、そこでもらってきたんだよ……」


 つまりわざわざ島の居住域外に出たうえ、余計な物もらいをしてしまったと。それで今の境遇にも不平を漏らさず耐え忍んでいるのか。そんなことをした理由も気にはなるが、今は置いておこう。


「虫か何かに刺されたの? それとも何かの植物?」


「虫刺されみたいな痛みとかはなかったから、きっと植物なんだよ。」


 日本にも、かぶれを起こす草木はあるけど。そういったヤツの凶悪版か。


「取り敢えず、それ……背中に塗ってみても良い?」


「うん。けど、もう散々やったんだよ?」


「それでも」


 何かヒントが見つかるかも知れない。

 擂り鉢の中に人差し指を入れ、ドロッとした液体を掬う。そしてそれを、ポーラの腰の辺り、赤く爛れた箇所に塗布した。


「いたっ!」


「ゴメン、こらえて」


 様子を観察する。といっても、そんなすぐに効果は……


「え?」


 あった。表面の爛れが僅かに引いたのだ。赤みも少しマシに。効いたじゃん、と喜びそうになったところで。


「え? え?」


 また赤が強くなっていく。そしてグジュグジュとした皮膚の爛れも再び活発化。

 良くなるのも悪化するのも一瞬すぎて、なんか現実味がない。まあゲーム世界だからかも知らんが。とにかく。


「効いてないってワケではなさそうだよ」


「ホント!? じゃあ治るんだよ!」


「いや、それも早計というか」


 ポーラはキョトンとしている。どっちなの? と言いたげだ。


「量が足りないのか、浸透力が足りないのか」


 言いながら、俺は周囲を見渡す。他にもこの薬のストックがないかな……っと。


「え?」


 そこで全く別の、不思議な物体を見つけてしまった。洞窟の最奥、割れたビンやボロボロの服など、雑多な物が散乱する(ゴミ捨て場だろうか)その場所に。


 ――七色に光る釜があった。


「あ、あれは?」


「ん? ボロボロの釜なんだよ」


「ボロ……」


 年季のほどは分からないけど、それよりもっと他に形容すべき点があるだろうに。


「ひ、光ってない? 七色に」


「え? な、何を言ってるの。ただの黒く汚れた釜なんだよ」


 そっちこそ、何を言ってるんだ。そう言いかけたけど、ポーラの本気で困惑した顔を見てやめた。

 ど、どういうことだ。俺にしかあの光は見えてないのか。


『どうやらアレが錬金釜というヤツみたいだね』


 女神が冷静な声音で言う。錬金釜? あ、そういえば。


『爆乳ハーレム島の錬金術師。キミが今いるゲームのタイトルだよ』


 確かに、そんなタイトルだった。おっぱい固めされたり、投獄されたりで忙しくて失念しかけてたよ。


(つまり、やっぱりあの光は俺にしか見えてないってこと?)


『正確には私も見えてるけど、まあそこは良いか。とにかく、アレが見える者だけが、錬金術を扱えるってことかと』


 お、おお。流石は主人公特権。選ばれし者だな。思えば、俺の人生において、特別に選ばれた経験なんて……


『そういうのは今いいから』


 それもそうだ。


「アレ、触ってみても良いかな?」


「うん。ボクの物じゃないっていうか、捨てられてる物なんだよ」


「誰が捨てたとかは知ってる?」


「ちょっと分かんないんだよ」


「そっか」


 普通に考えれば、前オーナーも錬金術師のハズだが。まあ、今考えるべき事じゃないか。


 俺は洞窟の奥、ポーラのベッドを越えて更に進む。目立ちすぎるほどの目的物だから、見失うこともない。


「……」


 やがて目の前まで来た。トテトテとついてきたポーラも隣から覗き込むが、やはり首を捻るばかり。

 俺は釜へとそっと手を伸ばしてみた。光は熱いのかとも思ったが、ホログラムみたいに透けて、釜の表面に触れられた。鉄のザラザラとした感触。冷たかったのが、徐々に俺の体温に馴染んでくる。


 そこで更に不思議なことが起こった。釜の周りを輝かせていた七色の光が、釜の中へと吸い込まれていくのだ。煙を吸い取る換気扇みたい、という比喩は……ちょっと情緒がないか。


「お、おお」


「な、なにを驚いてるんだよ?」


 見えないポーラは、ちょっと引き気味だ。


『どうやら、中に溜まって液体になったみたいだね』


 女神の言う通り、虹色の水が釜の中に溜まっている。キレイだけど、ちょっと毒々しい。

 なんとなくだけど、この状態がコイツの本来の姿って感じがする。


(これ、どうやって使うんだろう)


『2つ以上の素材をブチ込んで混ぜるだけって、資料集には書いてるけど』


 簡単だなあ。まあ複雑な工程を要求されても困るから、助かるけども。


(しかし2つ以上って言われても……)


 今、手元にあるのは擂り鉢の中の薬だけなんよな。これに最低でも、もう1種類のアイテムか。


『けどこんな場所に……』


 女神が言いかけた言葉に被せるようにして、


「あ! ジェルスライムなんだよ!」


 ポーラが叫ぶ。

 彼女の指さす先、洞窟の横穴からウニョウニョと丸い物体が這い出てくるところだった。 

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