第33話 帝城突入


 アイシスが城壁を破壊したことで、セイレスト王国軍は簡単に帝都を落とすことができた。

 城壁を突破された時点ですでに勝敗は決している。兵士の大部分は降伏した。

 ごく一部、最後までエイルーン帝国のために抗戦しようとする忠義者もいたが……数の差によってあっさり捕縛された。

 その結果……王国軍、帝国軍ともに開戦前の見立ての一割未満の被害で戦争は終結することになったのである。


「これもアイシスさんのおかげだな……報酬には色を付けなければいけないようだ」


 帝都の大通りを進む馬車の中、カーベルがにこやかに礼を言う。

 絢爛豪華な装飾をあしらわれた馬車には『戦乙女の歌』の四人の姿もあり、一緒に城に向かっている最中だった。

 馬車の周囲には護衛の騎士が馬に乗って囲んでいる。

 すでに城までの道中は制圧が終わっているため、そこまで警戒する必要もないのだが。


「残す仕事は城を制圧するだけ。兵士達の中には、簡単に終わり過ぎて不満を訴える者までいるくらいだよ。本当に楽な戦いだった」


「良くわからないけど、役に立てたのなら良かったよ」


 アイシスがのほほんとした笑顔で答える。

 無邪気で暢気な顔つきからは、巨大な城壁を破壊してみせた神兵のごとき活躍は微塵も感じられない。

 アイシス自身、自分がやったことがいかに大それたことなのか理解していないのだろう。持ち歩いていた保存食の干し肉を噛んでいる。


「ところで……殿下、貴方はアイシスの『アレ』のことをご存知だったのですか?」


 真剣な表情で疑問を呈したのは、アイシスの横に座るエベリアである。

『アレ』というのはもちろん、アイシスが城壁を破壊するために使用した純白の籠手。『神撃』と呼んでいる魔法の武具のことだ。


「いや……知らなかったよ。ただ、持っている可能性はあるとは思っていた」


 カーベルが優雅な所作で脚を組んで、エベリアの質問に答える。


「可能性……ですか?」


「ああ。君達の活躍はギルドの資料で読ませてもらったけど……アイシスさんの新人冒険者らしからぬ力量はあまりにも不自然だったからな。いかに優れた武人として知られているハーミット卿の娘であるとはいえ、それだけでは説明がつかない。何か隠し玉があるとは思っていた」


「…………」


 確かに、アイシスが……そして、アイシスが加入した『戦乙女の歌』が短期間でAランク冒険者にまで昇格できたのは『神撃』があったことが大きい。

『神撃』は籠手の形で顕現させずとも、アイシスの身体能力を飛躍的に上昇することができる副次効果もあるのだから。


「ちなみに……確認したいんだけど、アイシスさんが使える力はそれだけなのかな?」


「それだけというのは、どういう意味ですか?」


「他にも取り出せる武器や防具はないのかなと思ってね。例えば、槍とか鎧とか」


「…………?」


 何の話をしているのだろう……エベリアが怪訝な顔をする。

 アイシスは話に加わることなく、干し肉を食べることに集中しているようだった。


「質問の意味がわかりませんが?」


「ああ、だったら良いんだ。忘れてくれ」


「……疑問を投げかけておいて、説明もなしに忘れろというのは酷いと思いますけど」


「本当に気にしなくて良いんだ……俺もそれについて詳しいわけじゃないからね。ただ、可能性として確認したかっただけさ。皇帝に会う前にね」


「皇帝……ルーデリヒ・エイルーンですか」


 悪評ばかりが先に立って、どんな人間なのかは不明である。

 少なくとも……帝国の最後の皇帝となってしまった暗君なのは疑いようがないが。


「…………」


 エベリアがカーベルの顔を窺うが、飄々とした王子が何を考えているのかはわからない。

 そうしているうちに馬車が停まった。目的地に到着したようだ。


「さあ、降りようか。城についたみたいだよ」


 外にいた騎士が馬車の扉を開く。カーベルが先立って馬車から降りる。


「あ、着いちゃった。すぐに食べるから、ちょっとだけ待っててねー」


「慌てて食べない。ほら、お水を飲む」


「ありがとー」


 アイシスが急いで干し肉を口に詰めて、レーナから水筒を受けとった。

 筋の強い干し肉をモシャモシャと咀嚼しているアイシスを残して、他の四人が先に馬車から降りる。


「今さらですけど、カーベル様。私達が城まで同行しても良かったのでしょうか?」


 ローナが恋する乙女の顔で、カーベルに訊ねた。


「私達、ただの冒険者なんですけど。ここには皇帝の人とかいるんですよね。やっぱり出しゃばったら不味いんじゃ……」


「皆さんは今回の作戦の功労者だから、構わないよ。それに……これが最後になるかもしれないから、人目だけでも会っておいた方が良い」


「一目でもって……誰とですか」


「さて、ね」


 カーベルが意味深に笑い、いまだに馬車の中で干し肉を食べているアイシスを一瞥した。


「まあ、中に入ればわかるさ……お招きされているようだからね」


 皇帝がいるであろう城は扉が開け放たれており、無抵抗で開城されている。

 開かれた扉の前には老年の男性が立っていて、カーベルの到着を出迎えていた。


「やあ、お迎えご苦労様」


「……貴殿がセイレスト王国軍の指揮官でしょうか?」


「ああ、俺はカーベル・セイレスト。セイレスト王国の第三王子だよ。貴方は宰相のレイベルン公爵殿で良かったかな?」


「「「…………!」」」


 カーベルの問いに、『戦乙女の歌』のメンバー……ここにいないアイシスを除いた三人がギクリと反応する。


 エドモンド・レイベルン公爵。

 帝国から追放された公爵令嬢アリーシャの実父であり、アイシスにとっては祖父に当たる人物だった。

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