第32話 城壁崩し

「君は……何を言っているのかね?」


 突如として話に割り込んできた少女に、年配の将官が目を白黒とさせる。

 言葉の内容も不可解である。個人が高々とそびえ立っている帝都の城壁をどうにかできるわけがない。


「言葉の通りだよ! 私があのデッカイ壁をぶっ壊すから、そこから兵隊さん達が入ったらいいよ。それでみんなが助かるんだよね?」


「君……待ちたまえ。 そんなことができるわけがないだろう?」


「そうだとも。Aランク冒険者か知らないが、君のような小娘が軍議に首を突っ込まないでもらいたい!」


 口を挟んできたアイシスを将官達が次々と非難してくる。


「こ、コラ! アイシス! 大人の話し合いの邪魔をするんじゃない!」


 保護者であるエベリアが慌ててアイシスを引っ張って下げようとするが……そこで「パン、パン!」と手を叩いた人物がいる。

 それはこの場において最も地位の高い人間……王族にして最高指揮官であるカーベルだった。


「アイシスさんの厚意、とても有り難いよ! だけど……本当に良いのかな?」


「良いって……何が?」


「君達はあくまでも冒険者として、モンスター退治を請け負って、ここにいる。戦争には加担しないと、事前に意思表示をしていたじゃないか」


 そう……アイシスを含めた『戦乙女の歌』の四人が依頼されているのはモンスター退治。王国軍を勝たせて帝国を滅ぼすことではない。

 城壁の攻略に参加するということは、積極的に戦争に介入するということである。


「うん、だって……そうしないと、たくさんの人が死んじゃうんでしょ?」


 けれど、アイシスは平然として口を開く。

 まるで……それが当たり前のことだと言うように。


「兵隊さんが死ぬのはヤダし、帝都にいる人達がお腹ペコペコになっちゃうのも可哀そうだよ。私があの壁をぶっ壊すから、みんなを助けてあげてくれない?」


「君、いい加減に……!」


「止めなくて良いよ。ちょっと黙っていてくれ」


 将官がアイシスに怒声を発しようとするが、カーベルが止める。

 決意を浮かべたアイシスの顔を真っすぐに見つめて、もう一度、確認する。


「本当に良いのかな……君の力を借りても」


「うん、大丈夫だよ」


「そうか……助かるよ」


 カーベルが両手を合わせて、にこやかに部屋を見回す。


「それじゃあ……彼女の御言葉に甘えて、あの城壁はアイシスさんにどうにかしてもらうとしよう。色々と疑問はあると思うが……みんなも、俺を信じて任せて欲しい」


「「「「「…………」」」」」


 カーベルの発言を受けて、部屋にいた全員が言葉を失った。

 たった一人の少女に……兵士でもない冒険者の少女に戦いの命運を任せるというのか。将官の目には、カーベルの気が触れてしまったように見えたことだろう。


「アイシス……」


「ムウ……」


 例外なのは、アイシスの仲間達。『戦乙女の歌』の三人である。

 アイシスの力を知っている三人だけは、カーベルに疑念を込めた視線を送っていた。


「まさか……殿下は知っているのか、アイシスの力を」


「そうかも。可能性はある」


「で、殿下はアイシスのことを気にされているのか? まさか、仲間が恋敵なんて……!」


「ローナ、少し黙っていなさい」


「色情魔は黙ってる」


 一人だけ謎の危機感を募らせているローナを、他の二人が白い目で見ているのであった。



     〇     〇     〇



 かくして、戦いの命運はアイシスに委ねられることになったわけだが……将官も兵士達も、正気を疑うような顔をしてその場に立ち会っていた。

 高々とそびえている城壁。攻城兵器を使用したとしても容易に落とすことはできないであろうそれに、一人の少女が近寄っていく。


「あ?」


「女が、どうして……?」


 困惑しているのは、城壁を守っている兵士も同じである。

 テクテクと歩いてくるアイシスを城壁の上から見下ろして、弓矢を射かけることも忘れて眉をひそめていた。


「それじゃあ、いっくよー!」


 城壁に十分に近づいたアイシスは……己の力を解放させた。

 光り輝くオーラがアイシスの両腕に凝り、それはやがて純白の籠手の形状へと変化した。


「神撃!」


 叫びながら、アイシスが右腕を振り抜いた。


「「「「「うわあああああああああああああああああっ!?」」」」」


 途端、轟音と兵士の悲鳴が鳴り響く。

 砂塵が舞い上がって、辺り一帯をカーテンのように覆い尽くした。


「何が起こって……あ?」


「嘘だろ……そんな馬鹿な……」


 砂塵が消えて視界が開けると……そこにはあり得ない光景が広がっていた。

 アイシスの前方。高く、ぶ厚い城壁があったはずの場所には……巨大な穴が開いているのだ。

 何十人もの兵士が一度に入れるようなサイズの大穴。

 それを目にした王国兵は呆然と立ちすくみ、帝国兵もまた自分達が城壁を守っている意味を失って膝をつく。


 宣言通り。有言実行。

 アイシスはたった一人で閉塞していた戦況に穴を開けて、王国軍の完全勝利への道筋を作ったのであった。

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