第28話 珍客は王子様
その人物は応接間に座っていた。
ソファの背後には近衛騎士の正装を身に付けた男女が立っており、ビシリとまっすぐ背筋を伸ばしている。
「やあ、すまないね。忙しいところをお邪魔しちゃって」
エベリアとアイシス、レーナが応接間に入ると、その人物が人好きのする笑顔で手を挙げてきた。
二十代前半ほどの若い男性。赤色のクセのついた髪と瞳。
服装はいかにも高級そうな服を着ており、やんごとない身分の人間だとわかる。
その人物こそがセイレスト王国第三王子……カーベル・セイレストだった。
「おや、『戦乙女の歌』は四人組のパーティーじゃなかったかな? 一人足りないように見えるけど?」
「……もう一人のメンバーは外出中です。もしかして、何か用事がありましたか?」
エベリアがやや警戒した様子で、カーベルの前にあるテーブルに茶を置いた。
「いやいや、そういうわけじゃないよ。王都冒険者ギルドで噂の麗しの冒険者パーティー、メンバー全員が美女と美少女の『戦乙女の歌』には前々から会いたかったんだ。できれば、全員が揃っているところで来たかったよ」
カーベルが冗談めかした口調で言って、チラリとアイシスに目を向けた。
見蕩れているという様子ではないが、どうにも意味ありげな目つきである。
「どうぞ……」
レーナが紅茶の入ったカップをカーベルの前に置いた。
「ありがとう、お嬢さん」
カーベルが、紅茶の入ったコップを取ろうとする。
しかし、直前で背後の護衛の一人……女性の方がコップを奪い取って口を付けた。
「……問題ありません。どうぞ」
「マリッサ……失礼だろう?」
「必要なことです。ご自分の身分を考えてください」
どうやら、毒見をしたようだ。
カーベルがコップを受け取り、今度こそ紅茶を飲む。
「それで……王子殿下、今日はどのような御用でしょうか?」
エベリアがカーベルに訊ねる。
「まさか、我々の顔を見にきただけではありませんよね?」
「もちろんだよ。話をする前に、君達も座ってくれたまえ。ここは君達の家なんだから遠慮はいらないよ」
「…………」
エベリアがカーベルの対面にあるソファに座った。
アイシスとレーナは、エベリアの後ろに立ったままである。事前にそうするようにエベリアから指示を受けていたのだ。
レーナは無表情ながらも緊張した様子。アイシスは退屈そうな顔をしていた。
「今日、俺が来たのは君達に依頼を出したかったからさ。どうしても頼みたいことがあってね」
「私達に……ですか?」
「ああ、新進気鋭の冒険者パーティー。依頼達成率百パーセント。女性だけでありながら、Aランクパーティーに昇格した『戦乙女の歌』にだよ」
何がおかしいのか、カーベルがニヤニヤと笑いながら大袈裟に語る。
『戦乙女の歌』はこの半年でいくつもの依頼を達成して、とうとうAランクパーティーに昇格した。個人ランクではアイシスとエベリアがAランク、レーナとローナがBランクである。
ギルドの冒険者にとってAランクは最高峰の高みだった。
さらに上にはSランクもいるが、これは名誉職に近いもので、セイレスト王国には一人もいなかった。
「依頼の内容をお聞かせいただけますか?」
「もちろんさ」
カーベルが脚を組んで、口を開く。
「君達も知っていると思うけど……我が国の東にある隣国、エイルーン帝国が色々と大変なことになっている。いくつもの貴族家が独立をしたり、隣国に寝返ったり……おまけに反乱まで起こしている者達がいて、滅亡する寸前の状況だ」
「……今日の新聞に書いてあったのを読んでいます。すでに帝国の領土は半分以下になっていて、モンスターもあちこちに出現していると」
「その通り、大陸中央の覇者。かつては女神に愛された国とまで呼ばれた大国も、こうなってしまうと哀れなものさ」
カーベルが皮肉そうに唇を吊り上げた。
帝国に対して恨みでもあるのだろうか……彼らの不幸を喜んでいるような表情だった。
「帝国は放っといても滅亡するだろうが……このまま見過ごしていても、セイレスト王国に旨味はない。それどころか、食うに困った難民が流れ込んでくる可能性すらある」
「…………」
「そこで、我らは帝国の中心部である帝都を短期間で占領することで、混乱を鎮めて帝国を救うことにした。そこで君達にもその手伝いをしてもらいたい」
「まさか……私達に戦争の手伝いをしろというのですか!?」
思わぬ提案を受けて、エベリアが立ち上がる。
先ほどまでの取り繕った口調を投げ捨て、声を荒げてカーベルを問い詰めた。
「帝国を救うなどと取り繕ったことを言っていたが、つまりは攻め込んで占領するということだろう!? 私達は傭兵でも兵士でもない。冒険者だ! 戦争の手伝いなんてできるものか!」
「控えよ、無礼者!」
カーベルに詰め寄るエベリアに、護衛の騎士が怒声を発した。
「殿下から離れろ!」
「待っ……!」
剣を抜き、カーベルが制止の言葉をかけるよりも先にエベリアを叩き斬ろうとする。
「こんなの振り回したら危ないよ、お姉さん」
「ッ……!」
しかし、抜き放たれた白刃が中ほどで折れる。
へし折れ、切断された剣の半分がアイシスの手に握られていた。
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