第27話 ニュー・ホーム
セイレスト王国に帰還した『戦乙女の歌』の四人であったが、彼女達はタップリと懐に入った報酬を使って、拠点となる家を購入した。
購入したのは貴族街の外れにある小さな屋敷であり、やや閑散としているが治安の良い区画だった。
その屋敷はかつてある新興貴族が所有していたものだが、その貴族は無理な事業拡大に失敗したことで爵位を失うこととなって屋敷を手放した。
貴族が購入するには安っぽく、平民が手を出すには高級過ぎる屋敷。長年買い手がつかずに放置されていたのだが……ようやく、放置されていたそれを手にする人間が現れたのである。
「ふあ、あ……おはよう、みんにゃ……」
二階建ての屋敷の一階。リビングにあたる部屋に、階段からおぼつかない足取りでアイシスが下りてきた。
寝ぼけ眼を擦っているアイシスは目覚めたばかりのようで、パジャマがずり落ちて片方の肩が剥き出しになっている。
リビングではエベリアが椅子に座って新聞を読んでおり、レーナがソファに寝そべって本を読んでいた。
ローナの姿はない。部屋にいるのか、あるいは外出しているのだろう。
「おはようって……もうお昼だぞ、アイシス」
昼を過ぎてようやく起きてきたアイシスに、エベリアが新聞から顔を上げて眉をひそめた。
「いくら休日だからって、だらしないぞ。もうちょっとシャキッとできないのか?」
「昨日は遅くまで本を読んでたから……レーナがね、すっごく面白い本を貸してくれたんだ。夢の世界を猫と一緒に冒険する話でね。一気に最後まで読んじゃった」
「いいから、早く顔を洗ってこい。お昼ご飯の用意をしてあげるから」
「ありがとー……献立、なに?」
「コーンスープとポテトサラダ。それと大通りに新しくできたパン屋で買ったレーズンパンだ。好物だって言ってただろう?」
「やったあ! あのお店のパン、すっごい美味しいよね!」
アイシスが両手を挙げて喝采した。大好物がテーブルに置かれているのを見て、眠気が吹き飛んでしまったようだ。
「それじゃ、顔洗ってくるね! 私の分、ちゃんと残しておかないと怒るんだからねっ!」
「心配しなくても食べたりしない。私も他のみんなもお昼は食べたからね」
パタパタと廊下を慌ただしく走っていくアイシスに呆れつつ、エベリアは鍋を火にかけてスープを温め直す。
ローテス伯爵からの依頼を達成して、早くも半年が経とうとしていた。
パーティーの拠点を購入した『戦乙女の歌』の四人はこうして共同生活を送っており、もはやただのパーティーメンバーではなく家族となりつつあった。
図らずも四人姉妹の長姉となってしまったエベリアは、妹のだらしなさを心の中で嘆きながら昼食の準備を整える。
「いっただきまーす!」
アイシスがムシャムシャと美味しそうにレーズンパンを齧り、スープに口を付け、ポテトサラダをかっ込んだ。
作法も行儀もあったものじゃないような食事のとり方である。
「アイシス……君も一応は公爵家の血筋なんだよな? 母親からテーブルマナーを習わなかったのか?」
アイシスの母親が追放された公爵家の令嬢であることは、先日、帝国に遠征に行った際に聞いている。
確かに納得できる部分は多い。アイシスの容姿は可憐そのもの。平民の少女といわれるよりも高貴な血統だと言われた方がしっくりとくる。
しかし……少なくとも食事風景はヤンチャな子供のそれ。令嬢らしさはまるでなかった。
「うーん、パパはちゃんとしなさいって言ってたんだけど、ママはむしろマナーとか教えるの嫌がってたかな? 貴族じゃないんだから必要ありませんって」
「そうなのか……」
色々と、複雑な心境だったのだろう。
公爵家の令嬢として生まれて皇太子の婚約者となり、追放されたことで貴族社会に対して反感を持っていたのかもしれない。
「それよりも、ローナはどこに行ったの? お部屋?」
「演劇」
「ん?」
「演劇、見にいった」
答えたのはエベリアではなく、ソファで本を読んでいたレーナである。
「いつものこと。推しの役者にお金を落としてる」
「ああ……確かに、いつものことだね。またお財布を空にして戻ってこないと良いんだけど」
アイシスが苦笑する。
一緒に暮らしてみてわかったことだが、四人の中でもっとも金遣いが荒いのはローナだった。
ギルドでのポーカーの時のような賭け事で大枚をはたいてしまうこともあれば、応援している役者やホストに貢ぐこともしょっちゅうである。
反対に、意外と金を使わないのはアイシスだった。
倹約というか、アイシスは基本的に無趣味なのだ。レーナから借りた本を読んだり、仲間と食べ歩きをしたりすることはあったが、自分のために金を使うことはほとんどない。たまに孤児院などに寄付をするくらいか。
その割に金運は良いようで、ギャンブルをさせれば無双の強さ。
気に入った屋台が店を構えることになった時などに開業資金を投資することがあって、多くの場合、すぐに繁盛して何倍にもなって返ってくる。
手に入れた金は自室のタンスへと放り込んでいるのだが、この半年で平民の男性が何十年もかけて稼ぐ金額に達している。
商業ギルドが経営している銀行に預けるようにと、エベリアに怒られていた。
「二人は何か予定とかあるの? せっかくの休みだし……どこかに出かけないかな?」
「ん、家で読書。読みたい本がいっぱい」
「うーん……私も生活費や活動資金などを帳簿にまとめたいと思ってたんだ。今日はやめておこうかな?」
「あー、そうなんだ……うーん、私はどうしよっかなあ?」
二人の返答にアイシスが考え込む。
仲間が一緒でないのなら、アイシスも出かける理由はない。
一人でやりたいことなど、今のアイシスには何も無いのだから。
「だったら、私も家でゆっくりしよっかな? 部屋でお昼寝でも……」
などと話していると、玄関のドアベルが鳴る音がした。
「あ、誰か来たようだな。私が見てこよう」
エベリアがパタパタと玄関まで小走りで駆けていく。
アイシスはモグモグと食事を続けていると、五分ほどでエベリアが戻ってくる。
「すまない、みんな良いだろうか?」
「どうかしたの?」
「ん……?」
アイシスとレーナが顔を上げた。
エベリアが眉間にシワを寄せており、難しい表情をしている。
「どうしたの、押し売りとか?」
「いや……そういうわけじゃないんだが……」
「変な人が来たのなら、私が出ようか? いっぱいぶつよ?」
「頼むから、やめてくれ。暴力を振るったら面倒な相手だ……」
エベリアが溜息を吐いて、物憂げな表情で口を開く。
「この国のお偉いさん……王子殿下がいらっしゃったぞ。応接間に通したところだ」
「王子って……え、あの王子?」
「……ありえない」
アイシスとレーナもまた、そろって唖然としてエベリアと同じ顔になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます