第24話 ハーピーの巣
その後も、四人は危なげなくモンスターを倒していった。
森に棲んでいるモンスターは数が多いが、そこまで強力なものはいない。強い個体でもせいぜいCランクというところ。
Bランクパーティーである『戦乙女の歌』の四人にとっては、問題なく対処できる敵ばかりだった。
「あ、でっかい木があるよ」
「本当ね。かなり古そうな大木じゃない」
アイシスが指差した方角を見て、ローナが目を丸くした。
この森にある木々よりも、倍近くもある大きな木が見えてきたのだ。
近づいてみると、その木の幹は大人十人が手をつないでようやく囲めるほど太く、高さも百メートル以上はあった。
「ああ……アレは世界樹の若木だな。珍しい」
「え? 知ってるの、エベリア?」
「有名だからな。二人も聞いたことがあるんじゃないか?」
エベリアがローナとレーナを振り返ると、二人とも頷いた。
「名前だけはね。世界各地にある大きな木のことでしょう?」
「空から種が落ちてくる……そういう話」
どうやら、レーナの方が詳しいようだ。説明のために口を開く。
「空の上から、大きな種が落ちてくる。その種が芽吹いて、百年くらいで見上げるような大木になる。木はどんどん大きくなっていって、千年もすると天を衝くような世界樹になる。育ち切った世界樹からは不老不死をもたらす魔法の実が成る……そういう伝説」
レーナが世界樹の若木を見上げて、やや興奮した様子で鼻息を荒くする。
「この木はたぶん百年くらい経ったもの。育ち切った世界樹はエルフの国と北大陸の魔王の国、それから天空の王国にしかない」
「天空の王国?」
「空に浮かぶ島にあるという伝説の国。種はそこから落ちてくる」
「わっ! そんなのがあるんだ!」
アイシスが瞳を星空のように輝かせた。
「空の上の王国……見てみたい! みんなで行ってみようよ!」
「それが見つけることができたら、歴史に残るような冒険者になれるだろうな……」
エベリアが肩をすくめた。
天空の王国はこれまで多くの人間が探し出そうとして、結局、誰一人として発見できていない伝説の場所である。
この世界にはそういったおとぎ話で語られるような空想の土地が幾つもあり、神話の時代から残っている冒険者の本に伝承として記載されていた。
「海底にある都市、東の果ての黄金郷、月の裏側の都……なんて話もある」
「へえ! そんなのもあるんだ!?」
「ん、後で本を貸す」
「ありがとう、レーナ!」
アイシスとレーナが和やかに話している。
そんな二人の横で、世界樹の若木を見上げていたローナが目を細める。
「……いたわ。あんなところにハーピーが」
「え?」
つられてアイシスが頭上に目をやると……確かに、世界樹の枝のところに人型の鳥の姿があった。
「どうやら、あの木を巣にしているみたいね。随分と高い場所に……」
「うーん、あそこでは手が出せないな」
エベリアが眉根を寄せる。
若木とはいえ、世界樹は百メートル近い高さがある。
登るのは簡単ではないし、登っていったとしてもすぐに飛んで逃げてしまうだろう。
「下まで降りてくるのを待つか? とはいえ……奴らは知能が高い。私達を警戒している可能性もあるな」
ハーピーの例にもれず、人型のモンスターは獣型よりも知能が高い。
中途半端な罠には引っかからない。かえって警戒を深めてしまうだろう。
「あ。それじゃあ、私だけでちょっと登ってやっつけてくるよ。一人だったら、見つからずに近づけると思うし」
アイシスが片手を挙げて提案する。
「おいおい、アイシス。あまり無茶を言うなよ」
「そうよ。落ちたら危ないでしょう?」
エベリアとローナが一緒になって窘める。
いくらアイシスの身体能力が高いとはいえ、百メートルもある木を上って、そこにいるモンスターを倒せるわけがない。
そう思った二人であったが……アイシスがニッコリと笑う。
「大丈夫だよ。私、木登りは得意だから」
「あ!」
アイシスが地面を蹴り高々と跳躍する。十メートルほどを一気に飛び上がり、木の瘤に片手で掴まった。
「ちょ……アイシス! 危ないぞ!」
「平気だって。そんなに騒いだら気づかれちゃうから、ちょっと静かにしててね」
「ああっ!」
三人の仲間が見つめる中、アイシスが太い巨木をスルスルと登っていく。
否、それは登るなんて言葉で表せるものではない。アイシスは木の幹を走っていた。ほぼ垂直に。
「えっほ、えっほ」
幹の出っ張った部分に足をかけては上に跳び、足をかけては上に跳び……時折、手を使ってバランスを整えては、どんどん天辺に向かって上がっていく。
猿だってこんなに華麗に木登りはできまい。地上に残された三人はそろって唖然とする。
「……すごい」
「まさか、これほどとはな……」
アイシスの超人ぶりはまだまだ底を見せていなかったようである。
三人が見つめる先で、アイシスが世界樹の頂上付近……ハーピーの巣があるすぐ傍へと到着した。
「ピュイッ!?」
「あ」
しかし、そこでハーピーがアイシスの接近に気がついてしまった。
慌てて巣から飛び立ち、左右の翼をはためかせて何処かに飛んでいこうとしている。
「逃がさないよ!」
だが……そこでアイシスが予想外の攻撃に出る。
木の幹から跳んで、空中のハーピーに躍りかかったのだ。
「うわあっ!」
「アイシス!」
「ッ……!」
下から見上げていた三人が、愕然として悲鳴を上げる。
あの高さから飛び降りるだなんて自殺行為。どう考えても死んでしまう。
「ピュウッ……!」
「やっ、と!」
けれど、アイシスがそのまま落下することはなかった。
空中で思いきりハーピーの背中を踏みつけて、それを足場にして世界樹の幹へと戻っていったのだ。
「みんな、そっちに行ったよ! 後はよろしくっ!」
「お、おお!?」
アイシスに踏みつけられたハーピーが墜落してきた。
三人が慌てて移動して場所を開けると、ズドンと大きな音を鳴らして地面に衝突する。
「ピュ……イ……」
ハーピーはまだ息があったが……完全な虫の息になっている。
生きていることが不思議なくらいだ。放っておいたとしても、二度と空を飛ぶことはできないだろう。
「……トドメを刺すか」
衝撃の光景を目にして思考停止しつつあったが、エベリアがどうにか剣を抜いてハーピーに振り下ろした。
ハーピーは珍しいモンスターであり、飛んでいるため討伐も難しい。
色鮮やかな羽は高値で取引されるため、思わぬ臨時報酬である。
「おーい、みんなー! こっち、すごい眺めが良いよー!」
樹上からアイシスの声が聞こえてくる。
「みんなも登ってこない!? ここでお弁当、食べようよー!」
「……無理に決まっているだろうが」
「……不可能」
「……無理ね。絶対に」
三人はそろって表情を暗くさせて、遠く小さくなったアイシスの姿を見上げる。
「危ないことをして……あとでお説教だな。タップリと」
「異存ない」
「間違いないわね」
ハーピー討伐の功労者であるはずのアイシスは、帰りの道中で長々と説教をされることになる。
危険で身勝手な独断行動を三人から咎められ、アイシスはすっかり涙目になるのであった。
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