第21話 依頼内容
兵士の応急手当が終わるや、『戦乙女の歌』の四人は近くの町に案内された。
ローテス伯爵領の中心であるというその場所は、低い城門に覆われた小さな町である。
王都とは比べ物にならない規模だったが……別にこの町が特別、小さいわけではない。地方領主が治める町としては標準的な大きさである。
「御覧の通り、何もない田舎町ですがゆっくりしていってください」
「ゆっくりね……できたら良いんだけど」
キンベルの言葉にエベリアが苦笑をした。
その町……ローテスブルクというらしいのだが、そこはお世辞にも防衛設備がしっかりしているとは言い難かった。
城門は低くて、大型のモンスターであれば乗り越えられるほど。投石機やバリスタのような防衛兵器も設置されていない。
「元々、そんなにモンスターの多い地域ではないですからね。そこまで防備もないんです」
キンベルが四人に説明を始める。
穏やかな表情であったが、その顔つきはどことなく陰があった。
「この領地は元々、生糸と綿織物くらいしか自慢できるものがない小さな町なんです。都会のような便利さがない代わりに、モンスターの被害や犯罪者が少ない、平和が取り柄の町でした。町のすぐ傍の森にはモンスターがいましたが、増えてきたのはここ数年のことです」
「数年……例のアレの影響?」
レーナが後ろから訊ねた。
アレというのは、公爵令嬢の追放……それに伴う混乱のことだろう。
現・皇帝が婚約者の令嬢を先帝殺害の罪によって追放し、彼女が行っていた冒険者を援助する施策を無に帰したことは有名な事実である。
それによって、エイルーン帝国の冒険者が隣国に大勢流れてきたのだから。
「ええ……優秀な冒険者の多くが帝国に見切りをつけて出ていってしまったことで、国内のモンスターが増えているんです。おかげで、平和だった我が領地もこの有様ですよ」
「自業自得……というのは貴方にとって理不尽よね」
ローナがわずかに同情した顔になる。
援助を打ち切られた冒険者が帝国に見切りをつけるのは当然なことだが、国政に関わりのない地方領主が割を喰らっているのは哀れなことだった。
「はい……公爵令嬢が先帝陛下を殺したという話も眉唾なところがありまして。その令嬢は孤児の保護や失業者救済などの政策も行っていて、民からも慕われていたそうなのです」
「話はよくわからないけど……モンスターだったら私が倒すよ?」
「ッ……!」
アイシスが話に入ってくると、キンベルが肩をビクリと跳ねさせる。わかりやすく顔を赤くした。
「そ、それは頼もしい。どうぞよろしくお願いします」
「うん、頑張るよー」
「アイシス……ちょっと離れる」
「そうそう、領主様に近づいたら失礼よ」
レーナとローナがアイシスを後ろに引っ張って、キンベルから距離を取らせた。
自分達の『姫』を取られまいとする姉妹の行動にエベリアが苦笑をする。
「仲間が失礼を……それにしても、町の雰囲気が暗いように思えますが、これもいつものことなのですか?」
大通りを見回してみても、歩く人が少なくて彼らの表情は暗い。
田舎だからという言葉では済ませられないほど、寂れているように見えた。
「……今月に入ってから、領民が三人もモンスターに襲われて命を落としています。行商人も離れてしまって、生活に困窮している者もいますから」
「なるほど……ちなみに、この領地のモンスターはどれくらいいるのでしょう?」
派遣されたはいいが、手に余るようならば見直さなければいけない。
前払いで受け取った報酬は返還することになるが……命あってのものである。
「モンスターの種類、数については僕の館で説明させていただきます。こちらの屋敷です」
たどり着いた屋敷は小ぢんまりとしており、王都であれば、裕福な商人だって住めるようなサイズだった。
「見ての通り、貴族としては小さな屋敷です。先祖代々、倹約が家訓になっておりまして。何代にもかけて貯めこんだ貯金があったおかげで皆様に支払う報酬にも困らなかったので、ご先祖様に感謝ですね」
皮肉そうに笑って、キンベルが屋敷の中に『戦乙女の歌』の四人を案内する。
帝国への滞在中はこの屋敷を使うように勧められて、二人で一部屋の客間を貸し与えられた。
部屋に荷物を置いて一心地着いたところで、詳しい事情説明として応接間に通される。
「それでは、領内でのモンスターの出現ですが……こちらのようになっています」
四人を応接間のソファに座らせて、キンベルがテーブルに領地の地図を広げた。
「モンスターの生息区域は五カ所。いずれも人里近くの森や平原になります。皆様にはこちらのモンスターの駆逐と指揮をしていただきたく思っています」
「駆逐と指揮……と言いますと?」
「いくら何でも、たった四人に全てをお任せするわけにはいきませんよ。ローテス領にいる兵士……といっても、町の自警団のようなものなのですが、彼らもお手伝いいたします」
おそらく、先ほど森で手を貸してくれた兵士達のことだろう。
普段から狩りをしているのか弓の腕前はそれなりのようだったが、あまりモンスターとの戦いに慣れているようには見えなかった。
「え、でもあの人達って弱……」
「では、必要であれば手を貸していただきます」
余計なことを言おうとしたアイシスの口をふさいで、エベリアが大人の対応をする。
彼らは冒険者としては、どれほど高く見積もってもDランク程度だろう。
それでも、弱いモンスターを追い払う露払いくらいにはなる。
「ちなみに……モンスターの討伐はこちらの五カ所だけでよろしかったのですか? おそらく、町から離れた森の深部などにいけば、まだまだ生息しているものと思われますが?」
「さすがに、そこまで頼めませんよ。山奥の捜索など、どれだけ時間がかかるかわかりませんからね」
「…………」
やはり、この若き領主は悪人ではないようだ。
貴族や豪商などの富裕層の人間には冒険者を見下していて、良いように使ってやろうとする者も少なくはない。
キンベルの態度は遠慮がちでそういった傲慢さは少しも見えなかった。
「……では、とりあえずそのように。明日からモンスターの討伐を始めさせていただきます」
エベリアは出現するモンスターの種類や数などを聞いたうえで、おそらく自分達でどうにかなるだろうと判断した。
もちろん、それはアイシスという圧倒的な強者がいればこそであったが。
「よろしくお願いします。どうか、我が領地を……領民を救ってあげてください」
「……私達ができるのは現在いるモンスターへの対処だけです。その後のことは保証できませんが大丈夫ですか?」
「承知しています。時間稼ぎにしかならないことは。ただ……それだけで十分です」
「…………?」
キンベルの表情は物憂げではあるものの、そこまで悲壮感が強くは見られなかった。
もしかすると、時間はかかるが対処策があるのかもしれない。
(冒険者の誘致、あるいは傭兵団の雇用でも決まっているのかな?)
エベリアが首を傾げるが……そこから先は、首を突っ込むことではないと口を閉ざす。
その後、精いっぱいのもてなしを受けてから四人は休むことになった。
豪勢とは言えないまでも手間をかけた料理に舌鼓を打ち、入浴によって身体に残った血の臭いを落としたのである。
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