第11話 神撃
「ごめんね? 待った?」
まるで待ち合わせに遅刻してしまったようなセリフを口にして、アイシスがコボルトジェネラルの前に進み出る。
「君は襲ってこないのかな? さっきから見ているだけだけど?」
聞きようによっては煽っているような言葉を受けながらも、コボルトジェネラルは動かない。
唸り声を漏らしながら、警戒した様子でアイシスを睨みつけていた。
「グルルルル……」
この状況に困惑しているのはむしろコボルトジェネラルの方である。
簡単な狩りのはずだった。人間の雌を四匹ほど殺して、肉を食う。ただそれだけのシンプルな作業。
彼女達には随分と手下を狩られてしまったが……人間、特に冒険者と呼ばれている者達の血肉は魔力が豊富で栄養価が高い。
彼女達を喰らえば、すぐに繁殖して数を補うことができるだろう……コボルトジェネラルはそんなふうに考えていた。
だが……結果を見ればどうだ。
女達を包囲していたコボルトは目の前の雌一匹に大半が殺されてしまった。
残りも現在進行形で駆逐されている。もはや群れは壊滅といえるだろう。
「ガアアアアアアアアアアアアアアッ!」
それでもコボルトジェネラルが逃走を選ぶことなく高々と吠えたのは、いずれ『王』となるべき者の誇りである。
コボルトジェネラルは本能から知っていた。
多くの獲物を喰らい、同胞すらも屠って上位の変異種となった己であったが……その進化がまだ止まっていないことを。
己はいずれさらなる上位種族……『コボルトキング』に上り詰めることができる器であると確信していたのだ。
「ふえ?」
「グガアッ!」
ゆえに、コボルトジェネラルは逃げない。
逃げることなく……背中に背負っていた大剣を引き抜き、アイシスめがけて斬りかかった。
「え? え? ええっ!? モンスターが剣を使うの!?」
「ガアッ! ガアッ! ガアッ!」
困惑するアイシスにコボルトジェネラルが連続して斬撃を浴びせかける。
アイシスは驚いて目を見開きながら、左右へのステップで大剣を回避した。
その大剣は以前、とある冒険者を倒した際に入手したものである。
剣技は見様見真似のブサイクなものであったが、筋力が人間を遥かに凌いでいるため、どうにか様になっていた。
「すごいっ! 剣を使うことができるだなんて、都会のモンスターって頭良い!」
アイシスが見当違いなところで感動の声を上げて、横薙ぎに振るわれた斬撃を頭を下げて回避する。
「ガアッ!」
「わっ!」
しかし、それはコボルトジェネラルにとって計算通りだった。
体勢を低くしたアイシスめがけて、地面の泥を蹴りつけたのである。
「わっぷ! 汚いっ!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアッ!」
顔に泥を浴びたアイシスが怯んだ隙に、コボルトジェネラルが渾身の斬撃を振り下ろす。
コボルトとして生を受けて変異種になり、剣を手にしてから最高の一撃。
全身全霊を込められたその攻撃をアイシスは躱しきれず、右腕を斬り飛ばされる。
「ああっ……!」
「アイシスさん!」
悲鳴を上げたのは周囲のコボルトを倒し終えた『戦乙女の歌』の面々である。
自分達の希望であったはずのアイシスの腕が宙を舞うのを見て、またしても絶望的な顔になってしまう。
「いったーい! もう、何するのっ!」
しかし、腕を斬られたアイシスの反応は思いのほかに軽かった。
まるで道で人に足を踏まれたようなリアクションである。
「あうう……油断したよう。『格下でも舐めてかかるな』ってパパにも言われてたのに……」
気の抜けるような声で言って、アイシスが顔についた泥を落とす。
今しがた斬り落とされたはずの右腕で。
「ガウッ!?」
その瞬間をコボルトジェネラルは見た。
アイシスの右腕を落として勝利を確信した直後、腕の断面が輝いて新しい腕が生えてきたところを。
それは何らかの魔法によってもたらされたものなのか。それとも、本当に神の御業だったというのだろうか。
それを理解する時間はコボルトジェネラルには残されていない。
彼は今まさに、今際の際を迎えているのだから。
「うーん、都会に出てきたばかりで浮かれてたのかな? 油断せずちゃんと殺さないと『メッ!』だよね」
「ッ……!」
アイシスが両手を天に向けて掲げると……何もなかったはずの空間から金属でできた純白の籠手が出現して、腕を覆っていく。
まるで神が授けた武器のようなそれをコボルトジェネラルは魅入られたように見つめた。
目の前で何が起こっているのかはわからない。
「グルルルルルル……」
だが……わからないなりに確信する。
自分は戦ってはいけない相手にケンカを売ってしまったのだ。
王を目指すのであれば、森の奥深くに籠ったまま、人間と戦うことなく己を磨き上げるべきだったのだ。
「『神撃』」
アイシスが短くつぶやいて右手の拳を振るう。
コボルトジェネラルの巨体の中央に大きな穴が穿たれ、その身体が塵となって跡形もなく消滅していった。
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