第36話

 爆散するGENプラントの中から、次々と何かが飛び出してくる。




 それはフラフラと空中を舞い、まるで意思を持ったかのように蠢いていた。




「なんだ!?ありゃぁ!」




 ヴァイが叫ぶ。彼はこれまで幾多の死線を潜り抜けてきた最悪の犯罪者だが、今目の前に広がる光景は見たこともない異様なものだった。




 空中を浮遊するそれは、何かのホログラム。




 しかし単なる光の粒ではない。あらゆる方向に伸び、絡み合いながら、まるで有機的な動きをしている。それらは次々と溢れ出し、空を埋め尽くしていく。


 操縦席で操縦桿を握るエリシアが、舌打ちをしながら視線を鋭くする。




「ちっ……私と一緒に出てきやがったですわね」




 彼女の声には焦りが滲んでいた。あれはただのホログラムではなかった。




 あらゆるストーリーの残骸、エリシアが精神世界で出会った数々のエピソードが形を成している。それらがバイトの思念と融合し、エリシアを追ってきたのだ。


「くそ……バイトの奴」


 エリシアは思考を巡らせながら、操縦桿を握る手に力を込める。


 残骸がエリシアに引き寄せられていることは明らかだった。その形はどれも異様で、ストーリーが混ざり合った結果、現実のものとは思えない異形の姿をしている。


「面倒なことになりそうですわね」




 空を埋め尽くすそれらの残骸が、一斉にこちらに向かってきた。




 XRH-2の機体が激しく揺れながら、エリシアは操縦席で冷静に操縦桿を握りしめていた。外には浮遊するドラゴンやゴースト、その他の異形のホログラムたちが、異様な力で追いかけてくる。




「こいつら、いくらでも湧いてきやがる……!」




 ヴァイが助手席に身を乗り出し、外を見ながら毒づいた。すかさずバルカン砲を発射し、次々と襲いかかるホログラムの群れを撃ち落とす。


 ドラゴンの幻影がバルカンに直撃し、四散しながら消滅するも、すぐに別のゴーストが接近してきた。


 ヴァイは連射しながら苛立たしげに舌打ちをし、急いで自身の生体ポートをヘリのコンソールに接続する。


「早くしろ……!」


 モニターに表示されたのは、脱出用スペースシップの格納庫だ。ヴァイは一瞬の迷いもなくポインタを設定し、エリシアに指示を出す。




「スペースシップを目指せ!」




 エリシアはその言葉を無視するかのように軽く鼻を鳴らし、片手で操縦桿を引きながら振り向いた。


「分かってますわよ〜!」


 彼女は冷静そのものだったが、目の前の状況が一筋縄ではいかないことは重々承知していた。


 ストーリーの残骸が何度撃ち落とされても次々と現れ、機体に襲いかかってくる。エリシアは蛇行しながらホログラムの間をすり抜け、急加速で格納庫に向かう。




「くそっ!このままじゃ時間の問題だ!」




 ヴァイは後方からさらに襲い来る敵に対してバルカン砲の弾幕を張り続ける。


「まだか!?もうすぐ格納庫だろ!」


「もう少しですわよ!じっとしていなさいな!」


 格納庫は目前だ。だが、それまでにこの群れをどうにかしなければ、脱出どころか命すら危うい。




 GENプラントの爆発が引き金となり、サイト-14全体が音を立てて崩壊を始めていた。




 爆風が建物を飲み込み、次々と周囲の構造物を破壊していく。その凄まじい衝撃により、街を守るはずの当局が設置したバリケードも瞬く間に粉砕され、瓦礫と共に宙を舞って消えた。




 遠く離れた終点シャトルベイに繋がる路線も例外ではない。




 爆風の余波が路線を順に襲い、レールが巻き上げられ、支柱が崩れ、列車が進むはずの道が次々と消し飛んでいく。


 鉄橋はぐにゃりと曲がり、無数の瓦礫とともに地下へと崩れ落ちた。サイトのインフラそのものが寸断され、電力供給が一瞬にして失われる。


 あらゆる施設が緊急電源に切り替わる中、街中のモニターはエラーを示す赤い文字が点滅し、非常アラートが鳴り響く。煙が至るところから立ち上り、時折聞こえるのは逃げ惑う市民たちの悲鳴と、崩壊するビルの破壊音。




 空に浮かぶシャトルベイでは、残り少ないスペースシップが次々と発進していくが、その数も限られており、乗れなかった人々は絶望的な表情で天を仰ぎ見ていた。




 周囲にあるすべての建物が、まるで連鎖するかのように倒壊していく光景は、まさに地獄そのものだ。




 サイト-14全体がまさに死に瀕していた。




 ポインタが指し示すのは、サイト管理者専用の格納庫。


 その場所は一般の脱出用施設とは違い、厳重なセキュリティに守られている。だが、今は混乱の極み、崩壊の中でそのシステムも揺らいでいた。




「まだだ……。奴らは貴重なデータを持ち出すのに手こずってるはずだぜ!」




 ヴァイはモニターに映し出された表示を睨み、エリシアにそう告げる。


 データがないと逃げ出せない連中だ、すべてを持ち出すまでには時間がかかる。彼らが足止めを食らっている隙に、スペースシップを奪い取る——その算段だった。




「まったく……、面倒くさいですわね」




 エリシアは舌打ちをしながら操縦桿を引き、急降下しながら格納庫の座標に近づいていく。


 空中には相変わらずホログラムの残骸やドラゴンが飛び交っている。バルカン砲を連射し、それらを次々と撃ち落としていくものの、迫り来る崩壊の恐怖が背後からじわじわと迫っていた。




「これ以上派手にはできませんわね……。そろそろ決めましょう」




 ヴァイは生体ポートを接続し、素早く格納庫のセキュリティをハッキングする。


 重厚な格納庫のシャッターがゆっくりと開き始める。その中に並ぶのは、最新鋭のスペースシップたち。どれも高価な装備が施され、管理者たちが脱出するために準備されたものだ。


「よし、行けるぞ!」


 エリシアはニヤリと笑みを浮かべ、ヘリを格納庫の中に着陸させた。

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