第33話
ヴァイは痙攣するバイトを一瞥し、眉をひそめた。
「何が起こってやがる?」
呟きながらも、その場に留まる理由はなかった。
バイトの体はさらに激しく震え、苦悶の声が響く。
「う……お゛ぉおおお!あ、がっ……ああぁ!」
電気が走るような感覚が空間に満ち、一瞬、バイトの制御が外れる。その瞬間、コアルームの出口が開かれた。
ヴァイは迷わず走り出す。
「間違いねえ、とんでもねえことになる。逃げるが勝ちだ!」
ヴァイは全力でコアエリアを駆け抜けていた。だが突然、地響きのような轟音が背後から迫ってくる。
——Warning! Energy overload!!
冷たい自動音声が、施設の危機を淡々と告げる。
「こんにゃろ〜!」
ヴァイが叫ぶ間もなく、あらゆるタンクが次々と爆発。巨大な火柱が立ち、猛烈な熱波が走る。破壊された配管からは高温の蒸気が噴き出し、周囲に白い霧が立ち込める。
視界は最悪だ。
ヴァイは足を止めることなく、迫りくる破片や破壊された部品をかわしながら走り続ける。耳を劈く爆発音が鼓膜に響き、まるで自分の鼓動とシンクロするかのように加速する心拍。
「どけ!どけどけぇッ!」
爆風で床が揺れ、天井から降り注ぐ瓦礫をギリギリでかわす。目の前の道が突然遮られ、火の手が壁となって迫ってくる。ヴァイは咄嗟に身を翻し、かろうじて別の通路に飛び込む。
「くそっ……」
次々と爆発するエリアを背景に、ヴァイは必死に道を切り開いていく。
街中はエリシアとヴァイが引き起こした数々の事件によって、すでにカオス状態に陥っていた。
警官隊は至る所で制圧に乗り出し、バリケードを展開していたが、その動きは常に遅れを取っていた。
一般市民はパニックに包まれ、逃げ惑う人々の叫び声が絶え間なく響き渡っている。道は車両で溢れ返り、クラクションが鳴り響く中、至る所で衝突事故が発生していた。
「どけ!殺されるぞ!」
誰かが叫び、他の人々は押し合いへし合いながらも、とにかく安全な場所を求めて逃げていく。だが、そんな逃げ道などどこにもない。
その時、不意に街中のテレビ画面が一斉に切り替わった。
ネオン看板の広告映像や、店内のディスプレイに映し出されていたニュース番組も、全てが同じメッセージを映し出している。
「こちら管理室!すべてのサイト民に次ぐ。直ちに最寄りのスペースシップに避難せよ!なお、この放送を持ってフリーアクセスとする!」
ラジオからも同じ音声が流れ始め、ネット放送でも緊急放送が中断されている。画面に映るのは管理局の公式マーク。街のあちこちで立ち止まった人々が、目を見開いてモニターを見つめている。
「フリーアクセスって……マジかよ!?」
「なにが起こってんだ!?」
管理局の指示に従って、すぐに避難しようとする者たち。だが、スペースシップに向かうためのルートは既に封鎖されている箇所が多く、混乱に拍車がかかっていた。
「道がふさがれてる!どうすんだよ!?」
「警察は何やってんだ!早く通せ!」
警官たちはラウドスピーカーで制止を呼びかけるが、誰一人として耳を貸さない。怒号が飛び交い、わずかなスペースを争う市民たちは押し合い、必死にスペースシップへのルートを探していた。
遠くでは、警察と暴徒化した市民との衝突が続き、銃声や破裂音が響く。
「避難?この状況でかよ……!」
街全体が不安と恐怖で満ち溢れ、逃げ惑う人々が次第に暴徒と化していく。
管理室によるフリーアクセスの緊急処置が発動されると、街中のあらゆる重要施設が次々とロックを解除した。
セキュリティの厳重だった施設が今や開かれ、普段は決して入れない場所にさえ誰でも立ち入ることができる状況に変わってしまった。
その中でも最も恐ろしいのは、GENプラントの暴走だ。
プラント内で何かが制御不能となり、サイトの各所から爆発音が轟き、赤い炎が次々と街の空へと吐き出されていく。
「爆発だ!GENプラントが爆発してる!」
「電気が……切れた!」
街中のビルや工場の明かりが一斉に消え、街路灯も無力化されていく。
次々とブラックアウトしていく街。
あらゆる電力供給が途絶え、電子掲示板のディスプレイがパチパチとノイズを放ち、電光表示板は真っ黒に沈んでいく。信号機は停止し、車は四方八方から衝突し始めた。
吐き出される機械のエラー音、壊れたサーバーのファンが止まる音が街中に鳴り響く。
暴徒と化した市民たちは、その混乱に乗じて施設を破壊し、略奪を開始する。スーパーのガラスが割れ、銀行の自動ドアがこじ開けられる。人々は暴力的に物を奪い、パニックがさらに広がっていく。
「もうどうなっても知らねえぞ!とにかく逃げるんだ!」
「何やってんだ!あっちのゲートが開いてるぞ!」
サイトに設置されていた、緊急脱出用のゲートが一斉に解放される。何年も使われず、錆びついたスペースシップのハッチが鈍い金属音を響かせながら、ゆっくりと開き始めた。
「早く!あの船に乗れ!」
「待ってくれ!俺も乗せてくれ!」
パニックに駆られた市民たちが次々とゲートに殺到する。スペースシップは徐々に動き始め、その古びたエンジンがかつての栄光を取り戻すように低くうなりを上げる。
だが、その起動音はどこか不安定で、まるでこのカオスに飲み込まれそうな、不吉な響きを帯びていた。
サイト10、11、12、13、15の管理者たちは、緊急モニターに映し出されたメッセージを見た瞬間、パニックに陥った。
目の前の光景が信じられない。手元の端末に表示されているのは、サイト14からの緊急通達だ。
——S.C.**年**日、22:46送信済み。
サイト14にてサイト遺棄シークエンス発動。
人権保護条約に基づき、サイトグループ管理者は対応されたし。
一瞬、会議室の空気が固まる。管理者たちは顔を見合わせ、誰一人として最初に口を開けなかった。
「……サイト14が、遺棄?」
ようやく誰かが、呆然とした声で言葉を絞り出す。その言葉が合図のように、一斉にモニターに目を向けた。
「何があったんだ!?こんなこと聞いていないぞ!」
「なんで我々に何の警告もなしにシークエンスを発動するんだ!?」
管理者たちは次々と指示を出し、スタッフたちは慌ただしく情報収集を試みる。
しかし、返ってくるのは不完全で混乱した報告ばかり。サイト14のデータベースへのアクセスが遮断され、詳細な状況が把握できない。
「通信が遮断されている……?あり得ない!」
「GENプラントの暴走が原因か?」
全員が次々と考えを巡らせ、焦燥感を隠しきれないまま対策を練るが、次第に会議室は混乱の渦に飲み込まれていく。管理者たちは冷静さを保とうとするが、異常事態は次々と連鎖し、恐怖と焦りが彼らを包み込む。
「対応しろと言われても、何が起きてるか分からないんだぞ!?」
マニュアルに従い、スペースシップは次々と発進準備に入っていた。
サイト14のフリーアクセス処置が発動され、周囲の喧騒の中で人々は定員を確保するため、争うように搭乗口へと押し寄せている。
「全員急げ!定員オーバーだと次に回されるぞ!」
「子どもを先に!おい、荷物なんか捨てろ!命がかかってるんだ!」
怒号や叫び声が飛び交う中、無数のスペースシップが順番待ちの列を作り、発進の合図を待っていた。
定員を確保した船は、発進シークエンスを起動し、エンジンの咆哮を響かせる。次々と離陸するシップが、輝く軌跡を空に残しながら、サイト14の混沌から逃げ出していく。
「次、G-12便、発進準備完了!」
「搭乗完了。発進許可を確認!」
サイト14の脱出シークエンスは着々と進行していた。
当局が敷いていた厳戒態勢も、もはや意味をなさず、混乱の中で解除されていく。発進許可が次々に与えられ、運行停止していた商業船も再び動き出す。
「発進だ!サイトを離れろ!」
船内では怯える市民たちが肩を寄せ合い、安堵と不安が入り混じった表情で発進を待つ。だが誰もが分かっていた。
サイト14は、もはや終わりを迎えようとしているのだ、と。
発進した船が空を切り裂き、次々と脱出を果たしていく中、遠ざかるサイト14の炎上する街並みがコクピットの窓に映し出されていた。
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