第26話

 ——メイントランスエリア(主変圧建屋)




 ヴァイが防火扉を抜けると、目の前に広がるのは巨大な空間。通常なら警備が厳重に配置されているはずの場所だが、内部は不自然なほど静かで、警備の姿は一人も見当たらなかった。




「——もぬけの殻じゃねえか」




 ヴァイは眉をひそめ、周囲を見渡す。異様な静けさと、無警備の状態。だが、この状況に違和感を覚えたのは一瞬のことだった。彼の頭の中に、たった一つの符号が浮かび上がる。


 答えは一つ。


「ヤツはすでに入り込んでいる……」


 その事実にヴァイは冷ややかな笑みを浮かべ、拳銃を握り直した。




 ——バイト。




 アノマリーを取り込んだ男。奴がこのエリアにすでに侵入しているなら、残された時間は少ない。




 ヴァイは辺りを素早く見渡し、備え付けられていた職員用端末に目をつけた。




 迷うことなく端末に生体ポートを繋ぎ、不正アクセスを開始する。数秒でシステムの壁を突破し、ドアの開閉ステータスを取得。


「……やっぱりな」




 画面に映し出されたのは、いくつかの防火扉がまだ完全に閉じられていない状態だった。




 もしバイトが急いでいるなら、防火扉を閉める余裕なんてないはずだ。それに、あの重い扉を完全に閉めるには、何度もハンドルを回す必要がある。


「のんびりしてる場合じゃねぇってわけか」


 ヴァイはほくそ笑む。バイトが追い詰められている証拠だ。時間は限られている——彼が手遅れになる前に追いつく必要がある。


 ヴァイは職員端末で確認した開けっぱなしの扉に向かって、一直線に駆け抜けた。遠くからもアラートの音が鳴り響いているが、気にも留めない。




「ちょろいもんだぜぇ〜!?」




 笑いを含んだ声がこだまし、ヴァイは扉を突破。そのままタービン建屋に侵入した。


 建屋の中は、機械の低い轟音が響く中、不自然なほど人影がなかった。ヴァイは足を止めず、案内掲示板を一瞥。


 GEN建屋へのアクセスルートを瞬時に把握する。


「……あと少しだ」


 ヴァイは拳銃を握り直し、無駄のない動きで最重要施設へ向けて駆け出した。




 主蒸気配管が轟音を響かせ、タービンの動翼にスチームを供給している中、ヴァイは迷うことなく走り続けた。




 熱気と蒸気が充満するタービン建屋の中、彼の動きは正確で迅速だった。扉という扉を力強く押し開け、階段という階段を駆け上がり、そして降りる。


「……まだ間に合うか?」


 ヴァイは無表情のまま、さらに速度を上げた。




 GENプラントの最奥——「コアエリア」。




 そこは最も厳重に管理されている場所であり、施設の心臓部だ。だが、バイトがアノマリーを取り込んでいる以上、厳重なセキュリティなど意味を成さない。


「ヤツは……もうそこにいるはずだ」


 焦燥感を胸に押し殺し、ヴァイはコアエリアに向かってひた走る。





 駅のホームを飛び出したエリシアは、既に待ち構えていた特殊部隊との交戦に突入していた。




 警官たちを殴り殺し、激昂した彼女の全身は破壊のオーラに包まれ、周囲に恐怖を巻き起こしていた。


 ——ゴオオオオオッ!


 彼女が放つ破壊のオーラが、装甲車を丸ごと吹き飛ばす。重厚な鉄の塊が宙を舞い、特殊部隊の兵士たちは避ける間もなく衝撃に飲まれていく。


「ちっ……か、怪物か!?」


 生き残った兵士たちは恐怖に震え、周囲に展開していたが、次の瞬間、エリシアの指先から放たれた圧縮火炎が彼らの背後の店舗に直撃。




 ——ズガァァン!




 建物ごと粉々に砕け散り、破片が四方八方に飛び散った。エリシアは不敵な笑みを浮かべながら、さらなる破壊を繰り返す。


「さあ……次はどちら様かしら?!」


 冷笑しながら、エリシアはまた新たな標的を求め、圧倒的な力で周囲を蹂躙していく。




 装甲車がアスファルトを切り裂きながら、エリシアに向かって突進してくる。




 火を吹く機関銃が彼女を捉えようとするが、エリシアはシールドを展開したまま華麗に跳躍し、装甲車の上に奇跡的に飛び乗った。




「……きええぇえエえぇ〜!」




 奇声をあげながら、エリシアは装甲車のハッチを力任せに殴りつける。金属が激しく響き、ヒンジが少しずつ歪んでいく。


「くっ!なんだこいつは!?」


 中にいる兵士たちは、制御不能の恐怖に駆られながら、装甲車を激しく揺らしてエリシアを振り落とそうとする。しかし、エリシアは尋常ではない力でしがみつき、まるで一体化したかのように装甲車に食らいついていた。


「落ちませんわよ〜!」


 彼女はさらに力を込めてハッチを殴り続ける。そのたびに金属が軋み、歪んでいく。




 ついにハッチの蓋がガシャーンと音を立ててどこかへ飛んでいった。




 エリシアはその隙に身を乗り出し、ハッチから中を覗き込む。補助員が驚愕の表情を浮かべる暇もなく、エリシアは無理やり彼を引き摺り出した。


「出なさい……ですわ!」


 補助員の叫び声は途切れ、エリシアはそのまま車内へぬるりと侵入した。狭い内部でも、彼女の動きは俊敏だった。問答無用で運転手に拳を叩き込む。




 ——バキッ!




 運転手の顔面が潰れ、そのままハンドルに倒れ込む。


 返り血を浴びながら、エリシアは冷徹な表情で運転手を撲殺した。助手席にいた兵士も、声をあげる間もなくエリシアの凶暴な力に押し倒され、車内は一瞬で地獄絵図と化した。




 ハッチから補助員の死体が外に投げ出され、装甲車は一瞬制御を失った。




 タイヤが悲鳴をあげ、車体がぐらつきながら電柱にぶつかりかける。


「うお!」


 エリシアは咄嗟にハンドルを掴み、力任せに回避動作を取った。装甲車はギリギリのところで電柱を避け、再び進路を取り戻す。


「……この程度で終わるわけないですわよ!」


 彼女は冷静にハンドルを握り直し、アクセルを全開にする。装甲車はエリシアの操縦で勢いを取り戻し、そのまま近隣の商店街へと突っ込んでいく。




 ——ガシャーン!




 無数のガラスや看板を破壊しながら、エリシアの暴走は止まらない。装甲車の重量が周囲の建物を揺るがし、商店街の店舗が次々と破壊されていく。




 電車が止まった場所はB-3。シャトルベイまでは——あと5駅ほどの距離。




「チキショー!遠いですわねぇ〜!」


 エリシアは苛立ちを隠せない。こんなことで足止めを食うわけにはいかない。エンジンが唸りを上げ、装甲車は商店街から狭い路地へと突っ込む。


「こんな狭い道をチンタラ走ってられませんわ!」


 アクセルを踏み込むエリシア。


 装甲車はギリギリの幅で建物の壁を擦りながら、無理やり突き進む。壁のレンガや窓ガラスが砕け散り、路地裏の露天や屋台が次々と押し倒されていく。


「邪魔ですわよ!」


 その巨大な車体は路地を轢き潰しながら、エリシアの暴走は加速していく。




 止むを得ずエリシアは国道に飛び出す。




 案の定、上空からは再びXRH-2が追跡していた。もはや警告など一切なく、即座にバルカン砲が火を吹く。


「チッ、しつこいですわね!」


 エリシアは蛇行しながら、飛び交う弾丸をかわしつつアクセルを踏み込む。装甲車のタイヤがギリギリで路面を捉え、わずかにバランスを崩しながらも、勢いは落ちない。




 周囲を見渡すと、一般区域から工業地帯に続くランプが見えた。




「そこよ!」


 バルカン砲が迫る中、エリシアは一気にハンドルを切ってランプへと突っ込み、工業地帯へと進入する。弾丸が後方で爆発し、コンクリートの破片が舞い散る。




 エリシアは装甲車の中、ハンドルを片手で操作しながら、隊員が置き去りにしていたタバコに火をつけた。煙が立ち昇り、彼女は深く吸い込む。




「ふぅ……」


 高速道路のランプを駆け抜ける最中、ふと視界に海上が広がる。


 そこでは無数のヘリコプターが飛び交っていた。マスコミの取材ヘリか、それとも警備隊か——エリシアにはもはや見分けがつかないほどに混沌としている。


「何やってんだか……」


 呟きながら、エリシアは唇にタバコをくわえ、目の前に迫るシャトルベイを睨んだ。

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