第23話
エリシアはバックミラーに映る閃光を見て、眉を顰めた。
「なんか面倒くさそうなのが……」
けたたましいヘリコプターのローター音が背後から響き、耳障りな音とともに接近してくる。
それはXRH-2、対テロリスト用の鎮圧兵器だ。
重武装のヘリ型兵器で、両脇にバルカン砲2門、ミサイルポッド、さらにはメガ砲まで搭載されている。まさに空中からの圧倒的な火力を誇る鎮圧機だ。
「こりゃ、ちょっと厄介ですわね……」
エリシアは冷や汗を流しながらも、あくまで冷静に状況を分析する。
「トラックを停止せよ!」
無線を通じて響く治安部隊の声が、エリシアの耳に届いた。ヘリコプターは徐々に距離を詰め、上空から圧力をかけてくる。
「聞こえているか!?トラックを今すぐ止めろ!」
警告は続くが、エリシアはその声にまるで興味を示さない。
「発砲許可は降りている!」
その瞬間、空気がピリつき、背後のXRH-2のバルカン砲が動き出す気配を感じた。
「どうするかしら……ね?」
エリシアはトラックのハンドルを握りしめ、瞬時に次の行動を決める準備を整えていた。
次の瞬間、XRH-2のバルカン砲が火を吹き、弾丸がトラックの脇を掠めていく。
路面に弾痕が刻まれ、威嚇射撃の脅威が迫る。
「はぁ……威嚇射撃ってやつね?」
エリシアは薄く笑みを浮かべながら、トラックのシフトレバーを操作し、一気にシフトを下げる。
「じゃあ、こっちは急加速ですわよ!」
エンジンが轟音を上げ、トラックが急激にスピードを増した。凄まじい勢いで前方の道を突き進み、エリシアはヘリの追跡を振り切ろうと全力でアクセルを踏み込む。
いくらエリシアがアクセルを踏み込んでも、戦闘ヘリとトラックではスペックが違いすぎる。
トラックのエンジンは唸りを上げ、スピードを出し切っているが、バックミラーに映るXRH-2は全く距離を離さず、むしろ余裕さえ感じさせる。
「……チッ、泳がされてるってわけね」
ヘリはまるでエリシアを翻弄するように高度を保ち、距離を維持しながら威圧感を与えていた。
空中から追跡し続けるその姿に、エリシアは苛立ちを感じる。どうやって振り切るか——頭を巡らせながらも、彼女は冷静さを保とうとしていた。
「さて、どうするかしらね……」
司令室は慌ただしく動き出し、モニターの前に立つオペレーターたちが緊張感に包まれていた。
何台もの画面には、トラックを追跡するXRH-2の映像や、都市の監視カメラのフィードが映し出されている。
「状況を報告しろ」
長官の鋭い声が響く中、側近の士官がすぐさま状況説明を行う。
「対象は依然として逃走中です。機動隊およびXRH-2が追跡を継続。事態はすでにレッドステージに突入しています。電子決議を要求します」
長官は無言で状況を見つめ、しばらくして冷徹な表情でうなずいた。
「電子決議発行」
瞬時にシステムが作動し、電子決議が公式に発行された。
「これ以降、機動隊は当該行為者に対する一切の責任を負わないものとする」
オペレーターがその言葉を確認すると、司令室にいた全員の表情がさらに険しくなった。
バックミラー越しに、エリシアはXRH-2の挙動が変化するのを察知した。ヘリの下部からミサイルポッドが出現し、緊迫感が一気に高まる。
「これより、貴殿に対する一切を保証しない」
無機質な声が無線で響いたのと同時に、ミサイルが放出された。
「やばっ……!」
エリシアは瞬時に反応し、急ハンドルを切る。トラックは横滑りしながらギリギリでミサイルの軌道を外れる。
「……っぶねえぇえ〜!」
心の中で冷や汗をかきながらも、エリシアはアクセルを踏み直し、さらにスピードを上げた。背後でミサイルが着弾し、爆発音が轟く。
このままではジリ貧だと、エリシアは状況を瞬時に判断した。
非武装のトラックでは、いずれXRH-2に撃破されるのは時間の問題。背後から追い迫る危機を感じながら、彼女は一か八かの賭けに出た。
「こうなったら……やるしかないですわ!」
エリシアは思い切りハンドルを切り、急カーブで道路を曲がる。前方には機動隊が設置したバリケードが見えたが、躊躇なくそのまま突っ込んだ。
——ガシャァン!
トラックがバリケードを力任せに突破し、鉄製の障害物が激しく吹き飛ぶ。破片が周囲に散らばり、警官たちが慌てて避ける中、エリシアはその隙を突いてさらに加速した。
「ふふっ……突破ですわ!」
背後に迫るXRH-2を引き離し、エリシアは新たなルートへと突き進む。
バリケード突破の衝撃で、トラックのタイヤはいくらかパンクし、シャシーも歪んでいた。ガタガタと異音を立てながら、トラックはボロボロの状態で街を暴走し続ける。
「まだ走れる……!」
エリシアは歯を食いしばり、必死にハンドルを握り締める。
前方には、市民たちが行き交う賑やかな駅前。
トラックは速度を落とすことなく、その人混みに突っ込むように暴走を続けた。周囲の人々が驚愕し、次々と叫び声を上げて散らばる。
「なんだあれ!?」
「危ない!避けろ!」
人々が慌てて逃げる中、トラックはその巨大な車体で道を切り裂くように進んでいく。
一般市民が大勢いる駅前では、XRH-2は容易に発砲できず、空中で様子を窺っていた。
エリシアはそれを好機と見た。
「今しかない……!」
エリシアはすぐにボロボロのトラックを乗り捨て、雑踏の中に飛び込む。周囲の人々は突然の騒動に気づかず、彼女が走り抜ける間に驚いて道を開ける。
「どけ!どけやおらあぁッ!ぶち殺しますわよ!」
エリシアは容赦なく叫びながら、人混みをかき分けて逃げ出す。駅前は混乱に包まれ、人々が彼女を避けようとパニックに陥る中、エリシアは全速力で逃亡を続けた。
エリシアは改札のゲートをまるで障害物競走のように軽々と飛び越えた。後ろで唖然とする駅員たちをよそに、彼女は一瞬も立ち止まらない。
目の前には、左右に分かれる分岐点。どっちだ!?と迷いながら、目に飛び込んできた標識を見つける。
シャトルベイ方面→
その文字を見た瞬間、エリシアは迷いなくそちらに向かってダッシュ。階段を二段飛ばしで駆け上がっていく。
——まもなく電車が参ります。黄色い線の内側に下がってお待ちください。電車は12両で参ります。
アナウンスが響く中、エリシアは追っ手の気配を振り切るように、ホームへと全力で向かう。
エリシアは電車のドアが閉まりそうなところを、間一髪で飛び込んだ。すでに満員状態の車内だったが、彼女はそんなことお構いなし。
「どけ!どけやぁ〜キエエエえぇえええぇ〜!」
奇声を上げながら、乗客たちを無理やり押し退けて前方の車両に向かって進む。驚いた乗客たちが道を開けざるを得ない中、エリシアはまっすぐ前へと突き進んでいった。
エリシアに押されたことで、チンピラ風の男が激昂した。
「おいこら!ガキ!待てやおい!」
怒声を上げ、彼女に向かって腕を振り上げようとしたその瞬間、チンピラの腰に硬く冷たいものが押し当てられた。
「あっ……」
男は一瞬で凍りついた。
視線を落とすと、そこにはエリシアが構えた銃口が当てられていた。
エリシアは何事もなかったかのようにそのまま無言で前方の車両へのドアを開け、一歩踏み出した。チンピラは恐怖に打ち震え、動けずにいた。
「まもなく、D-1、D-1です。当列車はC-3より終点シャトルベイまで快速となります」
アナウンスが流れる中、エリシアは焦り出した。どうせ次の駅に着いたら捜査員たちが一斉に乗り込んでくるに違いない。この列車を止めるわけにはいかない。
「くそ……時間がない!」
エリシアは決断し、乗客たちを容赦なく弾き飛ばしながら、無理やり運転室に向かって突き進んだ。
——そして、運転室のドアを開けると、彼女はすぐさま銃口を突きつけた。
——カチャリ……。
「快速?直通でお願いしますわ……!」
運転士の顔が一瞬で青ざめた。
「ひ……」
恐怖に震える運転士をよそに、エリシアはニヤリと笑いながら列車の運行を掌握した。
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