第19話

 エリシアはふと、ヴァイの今の連絡がブラフである可能性を考えた。




 アノマリーはただの戦利品ではなく、サイト-14の動力源「コア」にアクセスするためのキー。


 それを使わなければ、この場所は機能しない重要な存在だ。そんな重要なアノマリーを、テロリストごと消してしまうなんて、そんな都合の良い話があるだろうか?


「簡単に捨てるようなモノではないはず……」


 エリシアは考え込む。しかし、これも単なる推測に過ぎない。


 ヴァイの狡猾さを知る彼女には、その連絡が本当かどうかの確信は持てなかった。ヴァイの言葉が事実であれば、バイトごとアノマリーを消してしまう選択肢も、依頼主にはあるかもしれない。


「事実かもしれないし、ブラフかもしれない……」


 エリシアは心の中で葛藤しつつも、状況を見極める冷静さを保っていた。この状況で、ヴァイに飲み込まれるわけにはいかない。




 「おいおい、日が暮れちまうゼェ?」




 ヴァイは不敵な笑みを浮かべながら、ジャケットの内ポケットから何かを取り出した。


 それは小型の端末だった。彼がそれを操作すると、突然、船内全体に警告音が鳴り響いた。




 ——The self destruct sequence has been activated.


 Repeat, the self-destruct sequence has been activated.


 This sequence may not be aborted.




 船内のスピーカーから冷たく機械的なアナウンスが繰り返される。エリシアの眉がピクリと動く。事態は一気に危険な方向へと進んでいった。


「スリリングで面白いだろぉ!?早く決めねえと知らねえゼェ〜!?」


 ヴァイは楽しげに叫び、端末を握り締めたままエリシアに迫る。その顔には余裕と狂気が滲んでいた。




 船内に響くアラームの音と、冷たく響く自爆装置のアナウンス。




 ヴァイは不敵な笑みを浮かべながら、エリシアに迫り、彼女の決断を待っている。


 エリシアは内心、焦りを感じながらも、表情にはそれを見せず、苦々しい顔でヴァイを睨んだ。時間がない。だが、この状況でヴァイの条件を飲むことなど、屈辱的すぎる。


「……随分と追い詰めてくれますわね」


 エリシアは低い声で呟き、思考を巡らせる。この状況を打破するための一手を探りながらも、ヴァイの狂気に満ちた余裕に苛立ちを隠せない。


 エリシアは一瞬の間を置き、急に思わぬ行動に出た。




「ちょっとお待ちくださいませ」




 彼女の声は急に穏やかになり、ヴァイを牽制するように手をかざした。


 ヴァイは眉をわずかに動かして続きを促すが、メガ砲のトリガーに指をかけたまま、警戒は全く解いていない。その姿勢から、彼がいつでも撃つ準備ができていることが明らかだった。


 エリシアはそんなヴァイの様子を見ながら、冷静に言葉を続ける。




「私たちは知らなかったのですわ、『それ』の本当の機能を」




 彼女はわざと意味深な口調で、ヴァイの興味を引こうとした。今までの交渉を覆すかのようなこの言葉に、ヴァイの目が鋭く光る。エリシアは状況を変えるべく、次の一手を考えていた。




 「知ったかぶりはみっともねえ……」




 ヴァイは冷笑を浮かべながら、背中の電源パックを操作し始めた。メガ砲にエネルギーが供給され、砲身が徐々に不気味な輝きを放つ。彼の指がトリガーに掛かり、緊迫した空気が場を支配する。


 その瞬間、エリシアが勢いよく叫んだ。




「アノマリーには私の魔法の力が入っているのですわ!」




 その言葉はヴァイの行動を制するかのように響いた。彼の指が一瞬止まり、冷たい笑みが薄れる。


 エリシアは彼の注意を完全に引きつけた。これが虚勢か、事実かはわからないが、ヴァイの表情には明らかな興味が見えた。


 バイトとの戦闘を通じて、彼がエリシアと同じ魔法の力を身につけていることはもはや確定的だった。


 つまり、あの「アノマリー」はこの世界で作られたものではない。エリシアという存在の根幹に深く関わる、異質な力。




 エリシアはその事実をしっかりと認識し、ヴァイに向かって言葉を投げかけた。




「どうせあなたのことですから、私についてリサーチしたのでしょ?なにか出てきましたか?」


 その問いかけに、ヴァイの眉が僅かに顰められる。




 確かに、彼はエリシアに関する情報を徹底的に調べた。




 だが、何一つ出てこなかったのだ。


 エリシアに関する情報は驚くほど空白だった。サイト-14のデータベースはもちろん、他の犯罪組織やあらゆる秘密のデータベースを探っても、彼女に関する記録は一切引っかからなかった。


 スラムでごろつきどもを締め上げ、顔色ひとつ変えずにヤクザの組長を尋問し、デマ情報を流したクソニートに対して脅迫をかけた。


 そしてポリスステーションでの破壊劇。


 どれも普通の人間にはできないことだ。だが、そんなエリシアがどのデータにも存在しないのは、不自然としか言いようがなかった。


 ヴァイは心の中で思った。こんな豪胆な女が、どこの犯罪組織にも引っかからないなんて、あり得ないと。彼女が持つ魔法の力とその出自に対する疑念が、彼の中で膨らんでいく。




 「何が言いてえ?」




 ヴァイは苛立ちを隠さず、鋭い目つきでエリシアを睨んだ。


 彼の手には依然としてメガ砲が握られ、エネルギーは着実にチャージされていく。船内には自爆装置のカウントダウンが、じりじりと時間の無さを告げている。


 エリシアはそんな状況にも冷静な態度を崩さず、不敵な笑みを浮かべた。




「こいつを当局に引き渡すなんて、勿体なさすぎますわ。万馬券をゴミ箱に入れるのと一緒ですわよ?」




 彼女はヴァイの持つメガ砲に目をやりながら、さらに言葉を続ける。アノマリーの真価を理解していないまま、無意味に消し去るのは愚行だと、彼女は暗に示していた。




「私たちが手にしているのは、その『万馬券』。ただの手駒じゃないですわ。もう少し、考えた方がいいんじゃなくて?」




 エリシアの言葉は挑発的でありながら、ヴァイに一瞬の逡巡を与えるためのものだった。





 エリシアは話を焦らしながら、視線をゆっくりと周囲に巡らせた。役に立ちそうなものはないか——。


 すると、格納庫のハッチ横に何かが掛かっているのを見つけた。




 緊急用のパラシュートだ。




 エリシアの口元に薄く笑みが浮かんだ。


 ——これで決まりですわね……。


 そう心の中でつぶやき、彼女は一瞬の賭けに出た。


 エリシアはいきなり飛び出し、バイトを回収しようとダッシュする。ヴァイはその動きを反射的に察知し、すかさずメガ砲を放った!




「チッ、無駄だ……」




 しかし、それは予測済みだった。エリシアはその場で素早く体を捻り、砲撃を華麗に躱した。


 ——ガアァァン!


 ものすごい音が格納庫に響き渡り、メガ砲のビームがハッチの扉に直撃。


 扉の一部が瞬時に融解し、猛烈な吸い込み風が格納庫内に巻き起こった。気圧差が一気に広がり、空気が吸い出される。




 ヴァイは舌打ちし、メガ砲とバッテリーパックを投げ捨てると、素早くサイドアームに切り替えた。彼の顔には焦りの色はないものの、エリシアが予測以上の動きを見せたことにわずかに苛立っていた。

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