満月に照らされて
アレクサンドルやリュドミラと話した後は再び別の令息達からダンスに誘われてそれに応じたルフィーナ。
連続でのダンスだったので体力的に疲れてしまい、ルフィーナはバルコニーで休憩していた。
(綺麗な満月ね。まるで夜の船乗りを導いているようだわ)
ルフィーナは周囲を明るく照らす満月を見て穏やかにペリドットの目を細めた。
少し風が吹き、ルフィーナのダークブロンドの髪がふわりとなびく。
春になったばかりの少し肌寒い風だったが、連続のダンスにより火照った体を冷ましてくれる。
その時、後ろから物音がしたのでハッと振り返る。
月の光に染まったようなプラチナブロンドの髪にラピスラズリのような青い目。大柄で凛々しい顔立ちの男性がそこにいた。
(このお方は……)
ルフィーナは落ち着いてカーテシーで礼を
「楽にしてくれて構わない。ここで休憩しようとしたのだが、まさか先客がいるとはな」
低く凛とした声が頭上から降ってくる。
「申し訳ございません、エヴグラフ・アレクセーヴィチ殿下。今すぐに場所を変えますので」
ルフィーナはゆっくりと体勢を戻し、すぐにバルコニーから離れようとした。
「いや、君が先にいたんだ。別に場所を変える必要はない。俺もここで休憩して良いだろうか?」
ルフィーナがエヴグラフと呼んだ相手はフッと笑っていた。
「ええ、構いませんわ」
ルフィーナは遠慮がちに頷いた。
エヴグラフ・アレクセーヴィチ・ロマノフ。彼は今年十八歳になるアシルス帝国の第三皇子である。その髪と目の色はロマノフ家特有のものだ。
「ありがとう」
エヴグラフはそのままルフィーナの隣でぼんやりと月を眺め始めた。
満月の光に照らされるエヴグラフは何とも言えない神秘的な雰囲気である。
(まるでナルフェック王国で読んだ物語に登場した月の精霊みたいだわ)
ルフィーナはエヴグラフに少しだけ目を奪われていたが、再び満月に目を向けた。
「……『月の精霊は、暗い夜を美しいものに変えていく』」
ルフィーナは物語に書いてあった一節をポツリと呟いていた。
「それは……ナルフェック王国の作家セリア・トルイユ氏の『美しい夜』だな」
満月を見ながらエヴグラフはゆっくりと言葉を紡ぐ。
ルフィーナはチラリとエヴグラフの横顔を見上げた。
凛々しい顔立ちが月明かりに照らされている。
ルフィーナは再び満月にペリドットの目を向ける。
「ええ。殿下もご存知なのですね」
「ああ。知っているとは思うが
「左様でございましたか」
二人は満月を見ながらゆっくりと会話していた。ルフィーナのペリドットの目と、エヴグラフのラピスラズリの目には、明るい満月が映っていた。
「……殿下は会場には戻られないのですか?」
ルフィーナは満月を見ながらエヴグラフに聞いてみた。
「多くの令嬢達から話しかけられて面倒だから戻りたいとは思わない。俺には婚約者がまだいないから、自分を売り込みに来る令嬢が多くてな。特に、家を継ぐ立場にある令嬢が」
満月を見ながら疲弊したように答えるエヴグラフ。
「それは……大変ですわね」
ルフィーナは相変わらず満月を見たまま苦笑した。
「君も大変だろう、ルフィーナ・ヴァルラモヴナ嬢」
エヴグラフからそう言われ、ルフィーナは驚いたように彼に目を向けた。
「ん? どうしたんだ?」
ルフィーナに目を向け、不思議そうに首を傾げるエヴグラフ。
ペリドットの目とラピスラズリの目がようやく絡み合った。
「いえ、殿下に名前を覚えていただけているとは思っておりませんでしたので」
「国内の貴族の名前くらいは覚えている」
エヴグラフはフッと笑った。
「殿下に覚えていただけていて、大変光栄でございます」
ルフィーナは穏やかに微笑んだ。
「まあクラーキン公爵領の一粒種の令嬢だからな。それで、君も多分俺と同じように多くの者達から声をかけられているのではないか? 君の場合は恐らく令息達からの方が多いと思うが」
「確かにそうですわね。ですが、
するとエヴグラフがラピスラズリの目を見開く。
「俺と似た境遇だとは思ったが、違うところもあるみたいだな」
エヴグラフは面白そうに口角を上げた。
「殿下と似ているだなんて畏れ多いことでございます」
ルフィーナはクスッと笑うのであった。
(だけど、少しだけ不思議だわ。エヴグラフ・アレクセーヴィチ殿下は第三皇子であられるのに、あまり緊張しないわね)
不思議とルフィーナの心は穏やかだった。
満月に照らされながら、少しだけ心休まる時間を過ごすルフィーナだった。
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