父と娘

つっき〜

第1話 夢の中

妻が事故にあった。

今集中治療室にいて

命の危険があるかもしれない。

そんな事を急に電話で言われても動揺しかなかった。

電話は確かに病院だった。

でも、なぜ妻が?

妻は今日同窓会があり一日友人と出かけるという事で

私が家で子守する事になった。

事故に合った場所も聞いていた所と違うし

何がどうしたらそうなるのかわからなかった。

娘を連れてタクシーに乗る。

ブルルルルル

また電話か。

着信は妻の友人だった。

泣きながら電話でごめんなさいと謝ってきた。

なにがなんだかわからない中

さらに理由がわからなかった。

友人もかなり混乱の中だったので、説明がぐちゃぐちゃだったが、

つまりこういう事だった。

日頃私が育児をしないもんだから、一日ぐらい出掛けたっていいだろうと

妻と友人で話しになり、妻は私にドッキリを仕掛けて友人と今日遊びに出掛けたという事だ。子育てがいかに大変かを知ってもらう為一ヶ月前から企画していたらしい。

私に怒られることが明白だったから友人が間を取り持つことになり、

今日遅く帰った所で私の友人含めてドッキリする事になっていた。

午前中は美容室やネイルなどを済ませて、お昼ホテルで食べる予定だったらしい。

妻はホテルに車で向かっている途中、トラックが突っ込んできて事故にあったとの事。連絡しても繋がらず、ようやく状況を知ったようだ

泣きながら、ごめんなさいと謝る友人に私は冷静に大丈夫と声を掛けた。

なぜかって

私はこれすらもドッキリなんじゃないかと思っていた。

なにかの撮影で、病院もグルで、最後にみんなでジャッジャーンと

ドッキリでした〜!と出てくるんじゃないかと思っていた。

それほど、現実味がなかった。

突然、妻が事故に合って命の危険ってあまりにもおかしな状況だった。

病院に近づくにつれ、手が震え始めた。

娘はウサギの人形を抱えており、窓から外の景色を見ていた。

「ママが事故だって」

娘にはそれしか伝えず、連れてきてしまった。

まあドッキリだった時、この子も傷つかずにすむかと

そんな軽い気持ちで居た。

病院に着いて、受付で事情を説明したが受付の人は慌てる様子もなく、

マスクを付けて欲しいと購入を迫られた。

これすらも、やっぱりドッキリなんじゃないかと思っていた。

普通、妻が集中治療室にいるのにマスクをするように迫るものか?

手術室に行って下さい。と案内され、娘の手を握ろうとしたが、

いやと娘が手を離し、私の後ろに付いて歩いてきた。

なんだろうこういうものだろうかと思った。

手術室の手前の受付で「妻が…」

と言った所で、看護師さんが慌てて声を掛けてきた

「山崎直子さんのご家族の方ですか?」

その緊迫した様子に

私はもうドッキリでない事を確信した。

ここで待つようにと言われた所は

集中治療室と書かれたドアの前だった。

廊下に長椅子があり、娘とそこに座った。

娘は一つ空けて座り、ぽっかり真中があいた。

きっとそこにはいつも妻が座っていた場所だ。

私は携帯を握りしめ、誰かに手を握ってもらいたかった。

娘を見るも、廊下の先の花壇を見ていた。

携帯のLINEはすぐに埋まり、不安も埋めるように私も

次々返信した。

妻の母から電話がなり、急いで状況を伝えた。

妻の両親は北海道に住んでおり、早く来れても今日の夜になるということで

明日一番の飛行機で飛んでくることになった。

娘がポツリ

「お腹すいた」

と言った。

そうだった、お昼はレトルトにしようと思って火を掛けた所だったんだ。

あれ、火は消しただろうか。

記憶がない。

鍵は締めただろうか

記憶にない。

左手も震えてきた。

気を紛らわそうと、コンビニに行こうとするが、看護師に呼び止められた。

今はここにいて下さいと

事情を説明するとジュースと菓子パンを渡してくれた。

私の分も渡されそうになったが、今は身体が拒絶していたので

断った。

思い直した。

でも、もしかしたら、集中治療室から出てくるのは、妻の友人たちかもしれない。

私が日頃育児に興味を示さす、家事もやらない、そんな私への罰の為、

今から行われるのかもしれない。

そうあってほしい。

ついに両足まで震えて見上げた時、

集中治療室の灯りが消えた。

ゆっくりとドアが空いて、出てきたのは汗だくの執刀医だった。

残念ですがと苦虫を噛む締めた言葉の横を妻のベットが通り過ぎた。

顔がパンパンに腫れた妻は呼吸器を付けており、点滴が両腕に付けられ、包帯でぐるぐるまきになっていた、顔の半分が青痣で、一瞬妻かと目を疑った。

目の先に妻の指が飛び込んできた。キレイなネイルの指に結婚指輪があった。

妻だった。

私の妻だった。

すべてが事実で、

あまりに衝撃に大きなハンマーで両サイドから叩きつけられたような衝撃が身体を揺さぶった。身体が浮いている感覚になった。

執刀医の声が聞こえなかったが、口の動きで伝わってきた。

まだ危険な状況であること。

もしかしたら今日にも亡くなってしまうかもしれないこと。

回復しても意識が戻るかわからないこと。

頭を強く打っており、頭蓋骨も骨折しているとの事

なんとか呼吸ができている状況との事。

なぜ私がその事を理解できていたのか今でも不思議だ。

いろいろあった。

警察も話を聞きにきた。

仕事場からも連絡があり

娘の保育園からも連絡があった。

気をきかせた、私の友人が色んなところに連絡をとってくれた。

母も明日朝いちで家に来てくれることになった。

父が病気だったので来れないと思っていたが、都合をつけてくれた。

コロナで病院は満室だった。

病院近くのホテルは空いておらず、一時家に帰ることにした。

なにかあったら連絡してくれるとの事。だった

帰ってきた時には夜遅く、疲れ切った娘を抱っこして家路に着いた。

開けた家は、当たり前だが、そのままで。

全てが散乱し、台所も朝の片付けすらせず、鍋に入ったレトルトが

ゆらゆら揺れていた。

心のどこかにあった。

まあ汚れても

妻がしてくれるだろうと

まあ、怒られても片付けてくれるしと

これは

罪と罰なのだろうか。

妻がドッキリを仕掛けたように

神様の壮大なドッキリなのだろうか。

私はまだ現実を受け入れていなかった。

明日起きたら、いつもの生活が待っているのではと

微かな希望がそこにあった。

娘を布団に入れ、

私はソファに倒れ込んだ。

まったく涙が出て来なかったのに、

今さら涙が溢れてきた。

なんでこんな事に

携帯がピコピコ光るのが

今の私には耐えられなくて携帯を脱力気味に投げた。

もうどうでもいい

そんな気分だった。

涙も拭かず、ただただ眠りたかった。

明日が来ないでほしい。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

父と娘 つっき〜 @tukkitukki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ