第4話 不器用なプロポーズ

だが、期待した柔らかな唇の感触は訪れなかった。

目を開けると男の姿が消えていた。


視線を下げると悟が跪いて見上げていた。

手に何かを持っている。


「ゆ、裕子さん・・結婚してください・・・」

震える声と共にケースの蓋を開ける。


きらびやかな光を散乱させるリングが現れた。

裕子は無意識に口元を押さえた。


叫ぶ声等、出る筈もないのに。

余りの驚きに呼吸が出来ないほどだった。


悟は跪いた姿勢でジッと待っている。


抑え込んだ手の中で。

裕子の唇が微かに綻んだ。


六年、思い続けていたのだ。

少しくらい待たせても良いのではないかと思ったから。


悟は両目から涙を溢れさせる天使に思わず立ち上がった。


「さ、さと・・・」

裕子の声は途切れ、名前を呼ぶことができない。


そっと肩を抱き寄せた。

女は泣きやむことなく悟の胸で肩を震わせている。


「ごめん・・・」

ポツリと悟が呟いた。


「ずっと、裕子に甘えていた・・・」

女の嗚咽は止まらず、腕の中で肩を震わせている。


それでも悟は言葉を繋げていく。

まるで自分に言い聞かせるように。


「怖かったんだ・・・」

男の声が遠くから聞こえる。


驚きと興奮と。

幸せと悲しみが、裕子の心を混乱させている。


「だから・・・」

低い声が徐々に現実に引き戻していく。


「お前、君を待たせた・・・」

「えっ・・・?」


裕子が顔を上げた。

涙で濡れる瞳が光っている。


ようやく天使を見ることができて口元を綻ばせた。

ずっと泣き止まないかと不安になっていたからだ。


「ひどいよな、俺・・・?」

裕子と額を合わせるようにして囁いている。


「そ、そんな・・私だって・・・」

裕子は即座に否定した。


裕子は知っていた。

男が踏み切れない理由を。


幼い頃。

悟の母が男と共に去っていった。


そのまま。

事故で帰らぬ人となった。


心の傷が。

悟が誰かを愛することへの恐怖心を植え付けたのだ。


不意な事情で、悟の父である社長から。

不条理な真実を聞かされた。


その時から。

裕子は悟を余計に好きになった。


それでも。

そう、それでも。


いくら待たされているとはいえ。

男を、悟を信じ切れることはできなかった。


だから。

期待する想いを捨てた。


愛人でも、いいではないか。

悟のそばにいられるのなら。


・・・と。


「いいや、俺が悪い・・・」

だが、悟はキッパリと否定した。


「俺が臆病だったから・・・

君を幸せにする自信がなかった・・・」


「さ、悟さん・・・」


裕子は感動で胸を震わせている。

ずっとわだかまっていた想いを男が晴らしてくれた。


「ようやく、気づいたんだ・・・」

男の瞳が潤んで光り出していた。


「本当に愛しているのは裕子だけだと・・・」

その言葉が偽りではないと教えてくれているように。

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