第6話 「音が消えてしまえば」お題・ヘッドフォン

 僕は今日も部屋にこもり、机の前で、ヘッドフォンで耳をおおう。


 そこから聞こえてくるのは、流行っている曲だったり、人気配信者の声だったりする。

 だがそれらは、僕の耳には入って来ない。

 それらは雑音を遮断しゃだんするための、ただの音なのだから。


 ヘッドフォンを付けたまま、勉強を続けること数時間。

 宿題と予習を終えると、尿意にょういのどかわきを覚えた。

 時計を見ると、午前一時。こんな時間なら、流石さすがに今日は大丈夫だろう。

 トイレをませて、そのあと、何か飲もうか。

 そう思って、ヘッドフォンを外す。


 ──すると。


「いい加減にしろ! 今、何時だと思ってるんだ‼」

「ええ、一時ね。こんな時間に帰って来るなんて、よっぽどあの女のところは居心地いごこちがいいんでしょうね‼」


 部屋に来る前は帰って来てなかった父は、今日もまた、午前様ごぜんさまだったらしい。

 いつものように母のヒステリックな声と、それに対する、父の高圧的こうあつてきな声が聞こえてくる。


 ……ああ。今日もか。


 僕は再びヘッドフォンを付け、外界がいかいの音を遮断する。

 そこからはラジオの、どうでもいいおしゃべりが聞こえてきた。

 その声は、僕の置かれている状況や、聞きたくない音から、耳をふさぐことが出来る。


 けれども、耳には何も残らない。

 何故なぜなら僕の耳は、何も聞きたくないから。

 もう、……何も。


 こうして何かを聞いても、何も心に残らなければいいのに。


 世界中から、僕の心をこわす音が、全て消えてしまえばいいのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る