第12話 『オレンジプラン』




「命だけはお助け下さい… 何でもしますし、身代金も必ず払いますから!」


 今、俺たちの前には捕えられた4人の傭兵が必死の表情で這いつくばっていた。

 彼らの価値は、こちらの世界の基準で行くと現段階ではかなり低い。

 何故なら、彼らは価値の大半を占めるゴムルを20日間ほど召喚出来ないからだ。

 それに、復活しても、初期装備の鎖帷子チェーンメイルしか同時に復活しない。


 彼らのゴムルが消失した場所には装備していた長剣や槍が散乱していて、同行の中隊が片付け始めたところだった。 


 ここで殺した方があとくされは無い。

 この世界では捕まった傭兵の末路は大概は碌なものにはならない。

 過去に、投降しながらも、ゴムル復活後に力づくで逃走を図る事例が多かった為に、捕まえた傭兵はその場で殺しておいた方が良いと云うのが常識なのだ。


 

「デリー・ダン・ドラド4級士、部下を2名選出して、避難民の警護と傭兵4人の後送をしてもらえますか? 捕虜として扱いますが、最終的には領主様に判断を任せましょう。領主様宛の書簡を託します」

「は! ズク5級士、タタ5級士、両名に後送任務を命じる。任務完了後の事は領主様に命じて貰え」

「は!」



 俺の言葉に、傭兵たちが地面にくっつくほど頭を下げた。

 不思議なもので、土下座の格好に近い筈なのに、土下座に見えない。

 やはり、人種が違うせいだろうか?


 さあて、これで俺が指揮する人員は17名に減るが、これは仕方ない。

 避難する家族にこの後も危険が有るとも思えないが、護衛と云う名目なら兵を分ける事は可能だ。


 ついでに、捕まえた傭兵4人の身柄を後送してしまえる。

 微かに覚えている限りでは、地球の傭兵はジュネーブ条約に守られないと云う記憶が有るのだが、どうしても平和な日本で生まれ育った影響で、この辺りは冷酷になりきれないな。

 


「よろしければ、今後の方針をお教え頂けないでしょうか?」


 安全な後方に向かう家族の子供たちに手を振っていると、デリー・ダン・ドラド中隊長が声を掛けて来た。

 意外とせっかちだな。


 でも、彼の立場からすると、一刻も早く救援に向かいたいのだ。対する俺の立場からすると、辛い経験をした領民を慰撫いぶする次期領主としてのパフォーマンスだ。決して、一生懸命に手を振る幼い兄妹が可愛かったからでも、もう2度と会えない我が子たちの事を思い出したからではない。多分。


 まあ、方針はもう決めている。

 

「まずはカシバリ郡の兵を完膚なきまでに叩き潰します」


 返事は絶句だった。


 成人前の士官学校の生徒でしかない癖に、大口を叩くと思われたのかもしれない。

 初陣で4騎のゴムルを倒した事で増長していると思われた可能性も有るな。


 それならば、次の言葉を聞いたらどんな反応をするのだろう?

 ちょっと気になって、じっと目を見詰めながら続きの言葉を出した。


「それが終われば、そのままカシバリ郡を落とします」


 ハトが豆鉄砲を食らった様な顔と云うのを初めて目にした。


 なるほど、目が大きく開いて、口が半開きになるのだな。

 ポイントは目をどれだけ大きく開けるかだな。腫れぼったい瞼では難しそうだ。

 とはいえ、ターナベル砦とサカキョー山城の救援だけでなく、敵の本拠地まで攻めると言われたのだ。

 そりゃあ、驚くのも当然だろう。


 ただし、その結論に至るまでにはいくつもの条件をクリアする必要が有った。


 まずはカシバリ郡が抱える全ゴムル遣いと奴隷兵の配置の把握だ。

 これに関しては、傭兵の4人が全ての情報を知っていた訳では無いが、結構な量の情報を喋ってくれた。

 よほど、何も出来ずに全滅した事がショックだったのだろう。おかげで思っていたよりも多くの情報が手に入った。中には単純に間違っている情報や攪乱する為に渡された偽の情報も有るだろうが。


 だが、情報の信憑性は十分に高いと考えている。

 理由は、彼らが情報を吐いた動機だ。

 きっと、訳も分からずに完敗したせいでカシバリ郡はカシワール郡に勝てないと踏んだ筈だ。となればどっちに恩を売っておけば得するか?


 答えは簡単だ。カシワール郡だ。

 総合的に見ても、事前に調べていた知識と矛盾する情報が少なかったしな。

 


「元々プランは作成済みです。後は、彼らが喋った情報が正しいのかを確認して、それを基に修正して実行するだけです」


 士官学校で学ぶ傍ら、実は幾つかのプランを作成して親父に提出していた。


 実際に使うかどうかは別にして、こういうシミュレーションを策定する事は大事だ。

 地球の歴史で有名なところでは1920年代に策定されたアメリカのカラーコード計画だろうか? 

 今でも各国がそれぞれに策定している筈だ。でなければ、効率的かつ現実的な軍備は不可能だからだ。


 まあ、自衛隊は有名な『三矢研究』漏えいで痛い目に遭ったがな。



 実は策定の段階で、この辺りから郡境までの実地調査は何度も実施済みだ。

 距離を測定する為に、深夜に16式機動戦闘車を召喚したりもしたくらいだ。


 だから、現在地の丘やカーブも把握していたし、配置もスムーズに行われた。


 お、ドラド中隊長の目が通常の大きさに戻った。

 半開きだった口も何かを言いたそうに動いたが、結局は何も言わずに続きを聞く態勢になった。

  


「先ほど渡した書簡に、領主様に最終判断を下して貰う要望を書いています。多分、承認されるでしょう」



 毎年の様に侵攻を撥ね退けているが、物事には絶対は無い。何かの切っ掛けで負ける可能性は否定出来ない。

 現に今回はカシバリ郡の新しい作戦に対して後手に回っている。


 それに最近、気になる動きとしてはヤマタイト川の北部に位置するヤオル郡の動きが怪しくなって来ている。それまで大して軍備に予算を割いていなかったのに、ここ3年は前年比で3割を超える予算増をしている。俺たちが恩恵を授かってから、と云うのが何とも言えないのだが。


 こちらを警戒しての動きかもしれないが、念の為にカシバリ郡と連携されての侵攻に対する備えの必要性が赤丸急上昇中だ。


 まあ、軍備と云うのは力を入れても直ぐには結果に結び付かない。少なくともあと数年は使い物にならないだろうが。


 

「本来ならば、今の段階では侵攻する予定では無かったんですがね。自分たちが成人する2年後以降の筈でした。まあ、自分たち兄弟を出陣させた段階で領主様も想定に入れていると思われます。そういう訳でデリー・ダン・ドラド4級士、次の戦闘は重要な舞台になりますよ。頼りにさせてもらいます」 



 カシバリ郡に逆侵攻しようにも、こちらの損害が大きければ絵に描いた餅になる。

 損害を抑えながら、敵を叩き潰すのだから、ただ勝つだけを目標にするよりも難しい戦いになる。


 ドラド中隊長は大きく息を吸った後、ゆっくりと吐き出して冷静さを取り戻そうとした。


「全力でご期待に応えるとしましょう」



 そこで一旦言葉を切ったドラド中隊長だが、ニヤリという顔になった。


「そして、そんな大それた計画に参加出来るとは、身に余る光栄です」


 彼は惚れ惚れする様な敬礼をして、作業中の部下に向き直った。


「よーし、野郎ども! 片付けが終わったら、お待ちかねのうたげの第2幕だ。今度は重要な役を貰えるぞ!」


 

 もう少し脳筋だと思っていたが、ドラド中隊長はなかなかの役者だな。


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