第30話 不可能性としての恋愛





「あーもうなんだかな―、……いや、こうなったらもっと掘り下げてですねー…… 」


 カチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャ、パシィィィィッッ。


『恋愛より幸福度が高い現代人の生き方と現代式恋愛論』


 思わず身を乗り出し、ムム、これは必見! と、目を皿にしてモニターの角度を微調整する。



◎ 近年では独身の方が友人とコミュニケーションが多く幸福度も高い。既婚者のほうが孤独なケースも意外なほど多い


――――つまり思うように行かない恋人や妻が居る方が寂しさを感じるって事か。う~ん、でも百合愛ゆりあさんがお兄ちゃんを寂しくさせる所なんか全く想像できない!




◎ 恋愛のせいで友だちとの付き合いが減ってしまい、逆に対人コミュニケーションの量が減ってしまう傾向


――――う―ん、お兄ちゃんはそれなりに色んな付き合い大事にしてるからな……それに付きまとって対人コミュ削いでる張本人は百合愛さんより私の様な気もする? ってか確実にそうだ。



◎ オタクの栄える理由、彼らは、ただ恋愛から退却しているだけでなく、むしろピュアな情熱を注ぐという恋愛本来の目標に於いて、恋愛不可能な二次元だったり三次元のアイドルにこそ燃えるのだ。つまり現代における「不可能性としての恋愛」の果敢なチャレンジャーなのである。


―――それって私が妹であるがぎり既に恋愛不可能性そのものなんですけど。不可能なものにピュアに一途に想い続けてるだけなんてやだよー!




◎ 結婚や恋愛の意義が薄れた現代では、恋愛のパートナー作りよりも、普通に周囲と良い人間関係を築く方が幸せになれる


―――そうそうこれだよ!……と言いながら結局その恋愛パートナーになりたいんだよね。だって真のパートナーならずっと一緒!


 ……って、ああ恋愛をオワコン化させたい張本人が真のパートナーになろうとしてるから振り出しに戻っちゃう。あーも―、どーしよ―!

 うああ……全滅だぁ……

 やっぱり妹ってのは恋愛における不可能性そのものなんだね。 絶対的ムリゲーだね。


 はぁ……、お兄ちゃん自身が恋愛に不可能性を感じていれば傷のなめ合いだって出来るのに、あの天使の再臨でその傷一瞬で塞がって私、今はお払い箱……


 ま、運命の人が復活したら当然だよね。はぁ……

 八方塞がりか。こんな私に親身に相談乗ってくれる人もいないし。そんな優しい人、百合愛ゆりあさん位だ……って敵に聞いてどうする。


 ん! 明日また百合愛さんと登校……やっぱ本人はこう言う事、どう考えるかな。




  **




――― 翌朝、いつもの家の角。


 待ち合わせ場所に先に立っていたその人の横顔はスン、と澄ましたまるで人形のよう。



[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093087940728811



 ……ああ、今日も見とれてしまう凛とした美しさ。私の中の絶対的女神様。その上、兄と引けを取らないほど私を大事にしてくれてた人。もう私が付き合いたいくらいだ。

 ……お兄ちゃんにはおフロの時みたいにちょっと反抗する事も有るけど、もしこの人に事でもあれば

 ま、そんな事しない人だけど。だって……




 その人は、『おはよう! フフッ』 と爽やかな笑顔で近づいて来た。


 やっぱり昔から何故か私にだけはベタ甘。それがまた萌えてしまうんだよなー、お姉ちゃん、どうしてですか?


「おはよう、百合愛ゆりあお姉ちゃん」


 ……お兄ちゃんと同格以上のこの人を蹴落とすなんて、そっちがムリゲーだよ


澄美怜すみれちゃん、今日もすぅっっっごく可愛いねっ。ハグしていい?」


 ……え? 心の準備が……ちょ、待っ……


 なすがままハグ。天国的な香気にも包まれ、長く美しい髪がサラサラと頬を撫でた。


 はうぁ~、今胸が張り裂けた……もうホントムリ……遂に蘭ちゃんが泣いた理由を完全理解した。私も泣こうかな……あ?!

 プツ―ン……

 もうどうなっても知りません!


「……お姉ちゃん……」


「なぁに?」 〈ニコニコッ〉


「好きですっ!! (はっ、いや……浮気ゴメン兄さん!)」


「私もよ、フフ」


 ……ついうっかり告ってしまった……けど、天然だから意に介してなくてよかった~。

 でももしお兄ちゃんという人がいなければこの人に本気でアタックしてしまっていたかも知れない自分が怖い……てゆうかほぼしてたけど!


 澄美怜すみれはハッとして昨日の堂々巡りを思い出す。


『――やっぱり妹ってのは恋愛における不可能性そのものなんだね。 絶対的ムリゲーだね。』


 ……そっそうだ! あの事を聞くんだった……




―――他愛もない話のあと、昨日の作戦を実行に移す。


「ところでお姉ちゃん、お兄ちゃんの事、どう思います?」


「大好きよ」


 いやいや、何の躊躇も臆面もなく大胆な! でも先日の移り香……きっともう二人は……


「ですよね―。もうお姉ちゃんは彼女……という事かな……」


「澄美怜ちゃん的に、どこからがそうなのかな」


「まぁ、やっぱりキス……とか?」


「なるほどー」


「……って、で、どうなんですかっ(もう私、ここまで自虐的になってる……)」


 ん―、とアゴ先に人指し指。少し間を置き、それは私だけのプライバシーではないからノ―コメント、と言って、クスッ と悪戯っぽく笑う。


「あ―、もう……、じゃ、話を変えますね。妹という立場についてはどう思います? たとえば羨ましいとかってありますか?」


「うん。やっぱり何時も一緒に居れたり、部屋にだって入りたい放題でしょ。勉強だって教えてもらえる。それに飾っていない本来の姿も見れたり。それ出来るのってもう、あとは夫婦ぐらいだよね―」


「幻滅とかするかも知れませんよ」

「あと人生相談とかも、し放題だしね」


 もしもーし、幻滅のコト、聞いてましたか―? 眼中無いですね、幻滅なんて。確かにそうでしょうね、心が通じちゃう位なんだし。


「友達以上に仲良くする事だって出来るし。澄美怜ちゃんいいよね~」


 く~、なんなら交代しましょうよ! ―――でもそうか、やっぱ端からみたらいい事だらけなんだ……


「そうだっ! あと誰かさんみたいに一緒にオフロとか入れるし!」


 そう言いながら流し目でちょっとからかう様に微笑む百合愛ゆりあ


 ……うっ、これは天然? それともイジワル?……だったら!


「入りたいですか? ニヤリ……(アリバイ作ったから一応堂々と言えるし!! )」


「何聞いてんのー?! フフフ」

「アハハ~…………………」


 一瞬、妙な間が開いたあと、


「……じゃあ……。……もし……もしその友達以上の先に恋愛感情を持ってしまったとしたらどうですか?」


「……それは苦しいわね。 キスやその先もないし、辛いな。本当に真剣ならそれは……傍にいるだけむしろ『お預け地獄』 だね」


 思わず心の頷きが表に出そうになるも堪える澄美怜すみれ


 ……はいっ、正にそうなんです! 私は恋愛界最大のハンデを負ってるのです。その点、お姉ちゃんはいいですよね!


 そう思いつつ、羨ましそうに横目でみる澄美怜すみれ。だが急に真顔となった百合愛ゆりあが、


「……でもね、澄美怜すみれちゃん、妹でも片想いでもないのにそれと同じ地獄にさせられたら?」


―――百合愛……お姉……ちゃん……?


「え……だって両想いなら出来ちゃえば良いじゃないですか……?」


「大人ならね。でも精神は大人で経済的、物理的に不可能で心だけ変えられなかったら?」


「そしたら両想いの分だけさっき以上の、それこそ究極のお預け地獄ですね(はっ!)」


―――それってまさか……この人は……それを……3年間も出口も見えず……私はたったこの1年足らずで死にそうに滅入ってきたのに……

 それは想像を絶する苦痛。……そしてそれに堪えてきた……


『向こうで骨と皮のようになってしまって………』


 風の便りで聞いた渡米後の百合愛。


「あ、ゴメン、質問から外れちゃった、えっと、そうなったら、やっぱり諦めるのが不可能なら、自分が消えるか、懇願でも何でもして駆け落ちとかしてもらうかしかないかもね」


「ナルホドー、確かにそうですね」


 きっと……この人は何度もそんな風に考えたに違いない……私は自分が一番悲劇のヒロインの様な気でいたかも知れないけど違う。

 この人は兄から愛される特別を持ち、全て恵まれた外見も有って何一つ不自由ないと思ってた。


 でも私以上に苦しんで来た……上には上がいる………


―――だけど今はそれを取り返せる立場なんだ……



  **



 その夜、深優人みゆとの部屋へ押しかける澄美怜。


「お兄ちゃん、少し時間あるかな?」


「うん、いいよ。どした……?」


「……ちょっと人生相談とか……」


 進学の事やら人生観とか、それっぽい話題をしたついでを装っていざ本題ヘ。


「……前に恋心は持つなって言われたけど、でも兄妹として愛してるって言ってくれたよね? 守ってくれるって。……じゃ、例えばもし私が何か事情が出来て駆け落ちしたいって言ったらどうする?」


「かけ……?!」







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