27 清少納言、涙声になる

「夜分遅くにすみません」


 虚構管理局の女の人は頭をさげた。母さんは「その通りだよ!!!!」とキレたい顔をしていたが必死で堪えている。マロはフーッと激怒しており、清少納言は完全にキョトンで、父さんは「大人のねるねるねるね」を作るのに夢中だ。


「本当に、こんな夜遅くにすみません」


 航時局の人も頭を下げる。


「まあお仕事なのでしょうし構いませんよ。いま温かいお茶を淹れますね」


 母さんは明らかに顔をピクピクさせながら、緑茶と手製の芋ようかんを並べた。


「あーっ! 珠子ちゃんの芋ようかんだ! ボクも食べる!」


「宗介さんは大人しくねるねるねるね食べててください!!!!」


 母さんが予想外の方向にキレて、キレられた父さんは完全にアスキーアートのごときションボリ顔になってねるねるねるねを食べ始めた。なんともわびしい。


「タビトは寝なさい。お父さんみたいに面白そうだから起きてて観察しよう、っていう悪趣味なのはダメです」


「……わかった。おやすみ」


 僕は自分の部屋に向かった。でももう眠気など吹き飛んでいる。たたみに耳をつけて、なにが起きるか聞くことにした。


 虚構管理局の人が、なにやら資料を取り出して展開したようだった。


「このように、この清少納言は生八ツ橋を食べながら令和に現れました。清少納言が実際に生八ツ橋を食べたことに言及した資料はなく、また清少納言の生きていた時代に生八ツ橋は存在しません。これは『織田信奈の野望』のヒロイン織田信奈が、手羽先とかういろうを食べていたのと同じく、フィクションならではの行為です」


 航時局の人もなにか資料を取り出した。


「あるいは、時間を渡航して、生八ツ橋というものを食べるに至ったやもしれません」


「でもタビトの部屋の押し入れに生八ツ橋なんてあるわけないよねー」


「宗介さん、オトッペのウィンディじゃないんですから。だいいちあのアニメは終わりました」


「となると虚構の線のほうが強いのでしょうね」


「ねー、もしあたしが……虚構? だったら、あたしはどーなるの?」


「消滅させます」


「……消滅」


 ゾッとする。


「ボクはいやだよ、清少納言さんがいなくなったら退屈だよ」


「宗介さんは大人しく芋ようかん食べててください」


「わーい芋ようかんだ!」


 父さんは猫並みに単純なのであった。それはともかく。


「ご安心ください、この世界線にフィクションとして現れた清少納言に関する記憶は、この世界のすべての人から蒸発します。もちろん史実としての随筆家・清少納言は残ります」


「んーねるねるねるねもおいしかったけど、珠子ちゃんの芋ようかんはやっぱりおいしいねえ」


「宗介さんは大人しくしててください。いまは芋ようかんなんてどうだっていいんです」


 母さんが冷静にツッコミを入れる。そこで航時局の人が切り出した。


「史実に基づいた世界に帰す、ということもできます。清少納言さんには平安時代に帰っていただいて、令和の人間の記憶に残しておく……ということもできるわけです」


「やだ! 平安京なんか帰りたくない! 令和は厠が綺麗通り越して快適だし、食べ物おいしいし、髪もいつでも洗えるし、着るものもらくちんだし! 平安京、テレビもスイッチもないじゃん!」


「かつて清少納言さんはその暮らしで満足できていたのですよね」


「……だけど、やだよ……!」


 清少納言は涙声だった。そりゃそうだ、令和の暮らしから思えば平安京というのは不潔で退屈なのだ。いちど楽しい暮らしに慣れてしまうともう元の暮らしに戻れないのは仕方がない。


 それっぽっちのことも汲んでくれない、航時局の人たちは、人間の幸せなんか考えていないのだ。

 そもそもなにがきっかけで清少納言がタイムスリップしたのかもわかっていないし、もっとやるべきことはあるのでは。職務怠慢と意地悪にもほどがあるぞ。


 僕はひとつ、招かれざる客ふたりに言ってやるセリフを思いついた。思いついたセリフをよく噛み締めて、階段を降りていく。


「タビト、まだ寝間着に着替えてないの?」


「清少納言さんは、僕たちにとって必要なひとです!」


「えっ!?」


 なぜか清少納言がビックリする。


「清少納言さんのエッセイを待ってる人がたくさんいるんです。noteの投げ銭から、イラストレーターさんにイラスト代を払う約束だってあるんです。だから清少納言さんはずっとここにいなきゃいけないんです!」


「タビト、そんなダダこねて……ここまでの話、ぜんぶ聞いてたって……コト!?」


 父さんがビックリする。


「そうだよ、ぜんぶ聞いてた。清少納言さんは僕らの友達だ。大事な友達なんだ!」


「で、どうするんです、航時局さんと虚構管理局のお二人」


 父さんがそう言って煽る。航時局と虚構管理局はなにやら高速言語(父さんの好きな概念)でやりとりすると、渋い顔になった。


「最終手段を発動するしかないですか」


「最終手段?」


 家族全員、よく分からない顔をする。


「仮に、清少納言さんが令和に留まるとして、ゆくゆくは清少納言さんが1人暮らしをすることになるかもしれません。この令和の世の中で、清少納言さんが一人で暮らせるか、生活力を判定しなくてはなりません」


 なるほど、それはそうかもしれない。


「年度末に判定試験があります。それまでに、令和の世の中で暮らせるようにしてください。この世の中で暮らせるようになっていたら、戸籍や身分証明書や保険証など、生活に必要なものを合法的に用意したいと思います」


 ……やるしかない。この日から、僕たち比野家は、清少納言を現代でも暮らせるように鍛えることにした。

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