26 清少納言、肉まんを食べる

 冬の、あんまりよくない道をかっ飛ばしたので、ちょっとグラグラした気分だ。清少納言も軽く車酔いしている。そりゃ牛車じゃ酔わないだろうし。

 とにかくマロの入ったクレートを僕がかかえて、父さんが受付でかくかくしかじか……と伝えている。ネズミーキャラクターの描かれたスクラブを着たスタッフの人が、患畜も少ないので待合室でお待ちください、と声をかけてくれた。

 さすがにこのご時世3人でガヤガヤいるのは迷惑かな……と思ったが、僕らのほかに待合室にいる人はおらず、患畜(この呼び方は名作漫画「動物のお医者さん」で覚えた)とその飼い主は診察室からなにやらでっかい犬と出てきたひとしかいないらしく、結局すぐ診察室に通されてマロを出した。

 いかにも仕事のできそうな獣医さんがマロをあちこち調べて、口を開けさせて覗き込んで言った。


「食器が血まみれになっていた、ってお話でしたよね?」


「え、ええ」


 父さんが頷く。


「ビックリされたと思いますが、ちょっと強めに歯ぎしりをしただけだと思います」


 は、歯ぎしり。

 なんてくだらない理由!!!!


「特にできることもありませんし……メンタルが落ち着くサプリメントのサンプルお出ししますね。他になにか気になることってありますかね、爪切りとかそういう」


「アッ……じゃあ爪切りお願いしていいですか」


 父さんは卒倒しそうな顔をして、爪切りをお願いした。ドクターはぱっちんぱっちんと爪を切った。マロは終始不服そうな顔をなさっていた。


 爪切り代を支払い、マロをクレートにいれて、帰り道を父さんのミニクーパーで走る。

 晩御飯も食べずに出てきたのでお腹がペコペコだ。それを父さんに訴えると、「あそこにコンビニあるから肉まんでも食べる?」という建設的な意見が出た。

 コンビニの駐車場に車を止め、父さんが肉まんを買ってくるのを待ちながら、清少納言に話しかける。


「ごめんね」


「なにが?」


「うちの父さんずっとああいう調子なんだ。ちょっとしたことで騒ぐし子供みたいなこと言うし、大人としての自覚がないんだよ」


「大人としての自覚って必要なものなの? そりゃさ、平安時代ならタビトくらいの歳で結婚するとか普通だったけど、今の時代は子供でいる期間が長いんでしょ? 少しくらい子供っぽい人がいたって許されるよ」


 でも40を楽々と過ぎてあの調子というのは問題があると思う。

 そう言うと清少納言はあははと笑った。そのタイミングで父さんが戻ってきた。


「はい、あっつあつの肉まんとあっつあつのフライドチキン!」


 父さんの手には「大人のねるねるねるね」なる商品も握られていた。父さんという人はどうしてこうなのだろう。いささか呆れながら、アツアツの肉まんをハフハフと食べた。


「なにこれおいしー! でもあっつい!」


 あっつあつの肉まんとフライドチキンをモグモグし、家路を急ぐ。帰ってくるとちょうど帰ってきた母さんと鉢合わせした。


「どこ行ってたの。マロまで連れて」


 かくかくしかじか、と説明すると、母さんは笑った、そりゃもう笑った、よほどおかしかったらしく呼吸困難になるまで笑った。


「歯ぎしりって……マロきゅん、あんたおじさんになったんだねえ」


「うなー」


「で、晩御飯は?」


「肉まんとフライドチキン食べたよ。ボクはこれから大人のねるねるねるねを食べるよ」


「ダメです。野菜食べてください」


「ええー!? ボク毎朝トマトジュース飲んでるよ!?」


「トマトジュースは野菜の代わりになりません、むしろ糖尿になるそうです」


「うぐぐ……糖尿はいやだから野菜たべる……なに?」


「ブロッコリーと春菊です」


 冷蔵庫からブロッコリーと春菊のサラダが出てきた。いい塩梅の歯応えにゆでられている。それにマヨネーズをかけて四人で粛々と食べた。マロは機嫌がよくないようである。


「令和の青物っておいしいよね」


「いろんな人が血の滲むような努力で品種改良したからね」


「ひんしゅかいりょう?」


 僕がざっと説明すると、清少納言はしみじみと、「青物も親に似るんだね」とよく分からないリアクションをした。


 ◇◇◇◇


「なに食べてもおいしいしテレビ楽しいしスイッチ楽しいし、平安京に帰れ! って言われても帰らないよあたし。厠も臭くないどころか快適だし髪もいつでも洗えるし!!」


 食後、清少納言はそんなことを言いながらマロにちゅーるを食べさせていた。マロはやっと機嫌を直して、食べ終わるなり自分の寝床にどすんっと寝転がった。


 もう夜もずいぶん遅い。母さんはナウシカ歌舞伎の感想をスマホにメモしていた。本当なら政子ちゃんと話したかったようだが、未成年は帰って寝る時間である。

 ちょっと寝るの面倒だな、と思いつつ、寝転がったマロをちらりと見る。ちゅーるごときで機嫌を直すのだから猫というのは単純だ。


 ――唐突に玄関チャイムが鳴った。なんだなんだ、こんな夜遅くに。母さんはインターフォンを見て絶句している。


「どしたの」


「……この人たち、清少納言さんをどこかに連れ戻したい人たちよね?」


 画面を覗き込む。そこには航時局のひとと、虚構管理局のひとが、真面目な顔で立っていた。

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