第24話 汚名返上よりも

 先日、ヴェルグラ侯爵家屋敷でベルとブランモンターニュ伯爵のおじ様が話していたとき、おじ様の様子が少し変だったと私はベルから聞いていた。


 なので、先に信頼できる執事の一人をブランモンターニュ伯爵家へ向かわせて、異変を感じたら訪ねずに戻ってくるようにと出かける前に命じていた。そして、見事執事はやり遂げてきたのである——悪い予感は当たるというべきなのか、ブランモンターニュ伯爵家周辺の状況について、会議室から出てきたばかりの私のもとに駆けつけて、廊下の隅でこう報告した。


「お嬢様、ご懸念のとおり、ブランモンターニュ伯爵家屋敷周辺では物々しい警備が敷かれておりました。近隣の屋敷に仕える私の知人に話を聞いたところ、何でもブランモンターニュ伯爵家に賊が入ったとか」

「賊?」

「はい。どうやら物盗りの類のようです、ブランモンターニュ伯爵家の屋敷には商会で取り扱っている商品が多数保管されていますので」

「でも、その分、警備は厳重でしょう? 今まであの屋敷が襲われたりしたなんて聞いたことはないわ」

「それは」


 私のその疑問に答えたのは、執事ではなくベルだ。


「商会の評判に関わるから、言わないようにしているってお父様はおっしゃっていたわ」


 ——ああ、なるほど。確かにそうだ。


 私はそれについては控えめに尋ねる。


「割といつものこと?」

「ううん、滅多にないわ。子どものころに一度だけ、ここ何年も聞かなかったもの。でも、確かに高価な品は多いし、貴族のお得意様は屋敷に招いて商品を見せるから」

「賊がどちらを狙ったかまでは分からないわよねぇ……」


 賊とやらがブランモンターニュ伯爵家が所有する品物を狙ったか、それともその品物を欲する客を狙ったか。もう一つ可能性としては、ブランモンターニュ伯爵家そのものを狙った場合も考えられる。


 しかし、その場合——犯人を辿れば、指示役はあの人物だろう。


 私がそれを口にする前に、会議室から現れた大兄様がはっきりと口にした。


「おそらく、ジーヴル子爵の手のものだろうな」


 話を聞いていたらしく、大兄様は確信ありげに言う。


「大兄様。中の話は終わったの?」

「ああ、あれ以上は俺の関わる範囲を超えている。それよりも」


 大兄様は至極真面目に——女性が苦手であることを忘れているかのように——ベルへ向き直り、しっかりと問いかける。


「ベルティーユ嬢、どう思われますか?」


 それは試しているわけではなく、ただの意思確認でもなく、その意見が有用だと信じているからこそ尋ねているのだと言わんばかりだ。


 だから、ベルではなく、忠次が瞬時に現れて、大兄様の期待に応える。


「じーゔる子爵はまんとの兄さん誘拐犯以外にも使える手下を持っている、と見たほうがいいでしょう」


 忠次の見解に、大兄様は頷く。


「やはり、ブランモンターニュ伯爵家へ逆恨みを?」

「その可能性が高いかと。だったら、ブランモンターニュ伯爵家へ行く前に、先にじーゔる子爵家の『火事』について始めたほうがいいかもしれやせん」


 そこでやっと、私は大兄様へマントと話した件について説明する。火事を装ってウジェニーことシャリアを助ける、マントたちを国外へ脱出させる……そのための使節団結成でもあることを伝えると、感心したような呆れたようなため息を吐いていた。


「なるほど……しかし、どうにも」

「この手の輩は、やられたらやり返さねェと分かりゃしやせん。残念ながら、話し合いでおとなしくなるってこたァ万に一つもないでしょう。どうせあれく様にもお教えするつもりだったわけです、何かいい案や、ご意見はありで?」


 ——うーん、忠次はについては一日の長があるんだろうなぁ。


 何だかんだで貴族や真っ当な兵士、使用人くらいしか関わりのない私たちにとっては、裏社会に関わる人々の性分は詳しくない。さっきの会議室での『イレギュラーな戦い』について知識がない、というのはまさにそのことだ。本当、忠次は頼りになる。


 それは大兄様も同じようで——頼りになるのはベルだと思っているけど——侮ることも馬鹿にすることも決してなく、さらに打つ手を増やしていく。


「王都警備隊に友人がいます。例の誘拐犯、マントに情報提供を頼んで、ジーヴル子爵の他の手下について居場所などを聞き取り、こちらからも仕掛けましょう。その『火事』については、なるべくならば犠牲は最小限に抑えてもらえれば」

「えェ、そのように。それらについて手配してから、ブランモンターニュ伯爵家へ向かいましょう」

「それは俺がやっておきます。レティ、お前はベルティーユ嬢をご実家へ」

「できれば大兄様も一緒に行ってほしいのだけれど」


 すると、大兄様は首を横に振った。


「まだ婚約者でも何でもない。もちろん、ベルティーユ嬢が望むならそういう話にしておいてくれ。今は汚名返上に集中させてもらう! それでは、失礼!」


 それだけ言うと、大兄様は廊下を早足で駆けていった。軍人というのはやることが決まれば行動は素早い。あと、先日の誘拐未遂事件は、大兄様は汚点だと思っているらしかった。


 さて、ブランモンターニュ伯爵家の屋敷へ行く前に、ベルに大事なことを確認しておかなくてはならない。


「忠次?」

「あ、今は私よ、ベルティーユよ」

「よかった。それで、大兄様についてはどう思う?」


 もちろん、婚約者として、だ。そこまで口にするのは野暮だから言わないが、ベルはちゃんと察している。


 少し困ったように、ふんわりとベルは答えを濁した。


「今は言えないわ。利用している、みたいになってしまうから……そんなの、悪いもの」

「そっか。ううん、いいのよ。それじゃ、久しぶりの実家へ行きましょうか」


 こんなときになっても、ベルはベルだ。気遣ってばかり、自分よりも他人を優先しがちな心優しい女の子。今でさえ大兄様を利用していると思い、罪悪感を覚えているのかもしれない。


 そんなことないよ、と言うのは簡単だ。でも、ベルはきっと納得しない。


 だったら、さっさとこの事態を乗り越えるのだ。それから、ベルを落ち着かせて「大兄様はおおらかだから大丈夫よ」と大兄様を交えて話せばいい。


 私とベルは、ブランモンターニュ伯爵家屋敷へ馬車を向かわせる。ある意味では今回のことの始まりの場所、忠次と出会った場所へ舞い戻るわけだ。


 ところが、事態はさらに予想外の方向へと突っ走っていく。

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