第11話 初めての共同作業は大胆に〜脱出、銃撃戦、爆破〜

 忠次とアレクサンデルが目隠しをされ、連れていかれたところは、地下だった。古い建物にはよく設置されていた、地下の岩盤をくり抜いただけの貯蔵庫で、目隠しを外されて忠次が密かに検分したところ、部屋と言ってもいい大きさから酒蔵として使われていたのだろう。酒樽や瓶が残されているが、埃をかぶっていてもう長く人の手に触れられていないようだ。


「生憎とご機嫌にもてなす暇はなくてな、しばらくここにいてもらう。悪く思うなよ」


 外套の男はそう言って、部下であろう男たちに忠次とアレクサンデルの手をそれぞれ縄で縛らせて、ランプを一つ置いて地上へ戻っていった。軋む階段の足音と扉の音が止んで数秒後、忠次は即座に行動を始める。


 最優先すべきはアレクサンデルの撃たれた足の応急処置だ。あの男たちは何の処置もしなかったため、急いで止血しなくてはならない。


(まあ、このくらいの大男は多少血が出ても死にゃしねェが、銃か……悪徳商人んとこの三下が持ってやがったなァ。面倒くせェ)


 そう考えつつ、手首を縛っていた縄をするりと抜ける。荒事に慣れた忠次は、当然のごとく縄抜けの心得くらいある。縛られる際に指や手首の向きで隙間を作っておくのだが、曲芸師や忍者ともなれば手首の関節を外して抜けるのだとか。


 自由の身となった忠次——少女ベルティーユは、ランプを取って樽に背を預けているアレクサンデルのもとへ向かう。


「大丈夫ですか、あれく様。縄を焼き切りますので、後ろを向いてください」


 頷いたアレクサンデルは、くるりと背を向けて縛られた両手首を差し出した。忠次はランプから取り出した蝋燭の火を縄に近づけ、遠慮なく燃やす。一番手前の縄の太さの半分ほどが黒くなったところで、アレクサンデルは力づくで縄を引きちぎった。


「助かりました」

「いえ、それよりも傷口は」


 忠次はポケットに入れていたハンカチをアレクサンデルの左太ももの傷口に当てようとしたが、不思議なことに血はすでに止まっていた。弾は貫通したはずで、相当深手だと思っていたところに、見て分かるほどの筋肉の膨らみでアレクサンデルが自力で止血していたことに驚く。


(化け物かィ。いやまあ、血が止まったんなら死ぬことはねェ、よかった……よかったよなァ……?)


 困惑している忠次へ、アレクサンデルはつらそうに語る。


「大丈夫ではあります。この程度の傷で動けなくなることはありません、が」

「が?」


 アレクサンデルは眉間に深い縦皺たてしわを作り、大きな大きなため息を吐いた。


「自分が情けない……撃たれるまで銃に気付かないとは」

(そこかィ)

「いえ、反省は後日。今はここから脱出せねば。つまり、上にいる連中を全員叩きのめすのです」

「でしょうねェ……脱出するのならどうしても会ってしまいますし、見張られているでしょうから、こっそり抜け出すのは無理かと。現状、ここがどこかも分からず、助けを呼ぶ手段もありません」

「そうです。ご心配なく! 俺が責任を持ってやつらを叩きのめします! ……いえ、不意打ちを喰らった男の言葉に説得力はないでしょうが、あなたの護衛であるにもかかわらずこのままでは面目次第もありません。汚名は返上せねば!」

「まァ、不意打ちの件は仕方ありませんって。それよりも」


 敵を殺る気満々な大男の圧に、少女は思わず顔を引きつらせる。


(確かに、このままここにいたって何も解決しねェ。強行突破はあれくの兄貴ならできそうだ、しかし……いや、やるしかねェ。あれくの兄貴とベルティーユお嬢を無事お帰ししねェと、レティの姐さんが泣いちまう)


 忠次は元々、躊躇いや立ち止まることとは無縁な性分だった。それを指摘されたなら、そうしないと生きていけなかったから、そうなったのだ、と言ってのけるだろう。


 忠次は考える。岩盤が剥き出しの貯蔵庫に何かないか。頑丈そうな空き瓶、すっかり廃れてしまった長柄の箒、壊れた樽付近に散らばる錆びた金具。


 忠次の今のこの体は、ベルティーユという少女のものだ。小柄で華奢で、運動は苦手ではないがダンスくらいしかやらない。手先は器用なものの力は当然なく、薄い肩は今日着てきたコートさえも重く感じる。細くて折れそうな足を包む平たい革靴の紐をしっかり結べば、少しのあいだ激しく動くくらいはできそうだが——無理は禁物だ。


 忠次は立ち上がり、役立ちそうなものを拾い集めながら出口へと進む。


 それをたしなめるかのように、アレクサンデルは尋ねる。


「ベルティーユ嬢、何を?」

「不安はありますが、やってやれないことはないでしょう」

「危険です! 俺が」

「大丈夫です。あれく様」


 少女は笑う。少し悲しげに、少し緊張気味に。


「これからここで起きることは、絶対に他言しないでください。でないと、本当に嫁の貰い手がなくなりますので」


 アレクサンデルはまだ何かを言おうとしていたが、ついには口を閉ざした。足の傷や不案内な場所、ろくにない抵抗手段、本来守るべき少女を背に、と不安要素は多いが、結局のところ猫の手でも借りたい状態だ。二人で協力して事態に当たるべきである、という結論に至ったのだろう。


 アレクサンデルへ空き瓶を手渡し、忠次は数段しかない木製の階段をゆっくり昇り、その先にある扉を指差す。


「この扉、ぶち破れますか?」


 アレクサンデルはすぐに答えた。


「問題ありません」

「ではそれで、あとは流れで。時間の勝負です、一気にケリをつけます。運がよければ助かるでしょう」


 忠次は壁際に体を寄せ、アレクサンデルに先を譲る。


 互いに一度視線を合わせ、それから頷く。どうやら、アレクサンデルはベルティーユという少女を、一時の相棒として信じることにしたようだった。


 アレクサンデルの巨体が、年季の入った木の厚そうな扉へと肩から思いっきりタックルを喰らわせる。


 吹き飛ぶ木々の破裂音は、開戦の合図だった。


 忠次とアレクサンデルが地下から出ると、吹き飛んだ扉と一緒に巻き込まれたであろう監視役の男が一人、白漆喰の壁際で倒れていた。すぐに忠次はその男の服を漁り、ナイフや銃を回収する。脱がせるのも面倒だ、とナイフで男の服を引き裂いて丸裸にして得られたものはそれだけだ。


 ナイフを無言でアレクサンデルへ渡し、忠次は銃を——一応の旧式であるそれは、改雷管式の回転式拳銃リボルバーだ。遠国で戦争が起きた際、新式の銃が開発されたため一気に時代遅れとなって売り払われ、プランタン王国の無法者にまで手に入るようになった安物だ。


 だが、その時代遅れのおかげで、銃を見たことがあるだけの忠次にも扱える。生前、そして先ほどの射撃動作を見ただけで、どうすべきかが忠次には分かる。アレクサンデルは、少女から今すぐ銃を取り上げたいと思っているような目で見ていたが、何も言わない。


「何だ!? 何の音だ!」

「くそ、出てこられたか!?」


 無数の足音が聞こえてきた。無遠慮な足音は、まさか自分たちが襲われる側だとは気付いていない証拠だ。


 忠次とアレクサンデルは続く廊下の角まで息を殺して辿り着き、待ち構える。互いに何の示し合わせもなく、やるべきことは決まっている。アレクサンデルは空き瓶の首を右手に握り、忠次は両手でしっかりと水平に構えた銃の撃鉄を起こす。


 飛び出てきた獲物を仕留めるくらいは、わけのないことだ。


 角を曲がってきたのは、鼻の削げ落ちた中年と赤ら顔の青年、それに小間使いのような長身のまだあどけない青年の三人だ。順にやってきた敵へ、顔面に空き瓶を、赤ら顔の額に風穴を、忠次とアレクサンデルは二人揃って死体を蹴飛ばし三人目に襲いかかる。


「ぎゃあああ!?」


 長身の少年は腰を抜かし、手にしていた骨董品のような燧発式すいはつしきの回転式拳銃リボルバーに差し入れた指を引いた。あらぬ方向へ貴重な銃弾が飛んでいき、射撃の衝撃で後ろに転げる。


「遅いねェ」


 そんなものに当たるほど不運でもなく、アレクサンデルはむんずと長身の青年の足を掴み、百八十度縦回転を加えて床に叩きつけた。歯だの血だの銃だのが飛ぼうと、誰一人気にしない。


 唯一息のある——それでも瀕死だが——長身の青年へ、忠次は銃口を向けて問いかける。


「お前んとこの親分はどこだィ?」


 もはや、長身の青年に抵抗の意思はなく、ただこの苦境から脱したいがあまり、正直に答えた。


「上、上だ、三階」


 災いのような敵から逃れようと答える長身の青年は、天井を指差す余裕しか残っていなかった。


 もともとは田舎から出てきて、ズブズブと酒場で出会った胡散臭い人々との付き合いをやめられずに入った強盗団だ。足を洗えばいい、命を賭けることなんてない——そんなふうに思っているのかもしれないが、それに関しては


 まさに不幸なことに、長身の青年の血まみれの顔に銃を突きつけているのはベルティーユ・ブランモンターニュではなく、忠次だ。


 長身の青年を利用する悪人は、一人ではない。その程度のこと、忠次には児戯にも等しい。もう少し長身の青年が若ければ、自分の判断に責任を持てない年齢なら、忠次も慈悲をかけたかもしれないが、もう遅い。


「ふうん。まあいい、馬鹿と煙は何とやらと言うが、上にいるんなら馬鹿正直に行く必要はねェな」

「え?」

「ちょいと手伝ってくんな」


 無知で傲慢な弱者は、悪人にどこまでも利用されるものだ。


 建物の中央には、すっかり寂れて穴の空いた螺旋階段があった。どうやら古くは裕福な家だったようだが、家主が没落して人手に渡ったためか、長年管理されていなかったことが漆喰壁の亀裂や雨漏りの大きなしみ、床材や木製の手すりの腐り具合で分かる。


 忠次たちはやっと地上に出たものの階下での銃声を聞いてか、すでに増援が数人差し向けられてきたが、アレクサンデルが問題なく片付けた。やはりまともに喧嘩をやれば、アレクサンデルに敵う人間はそうそういない。片手で成人男性を持ち上げて壁に叩きつける圧倒的な膂力、タイミングよく敵の懐へ入り込む度胸、経験に基づく冷静な判断力、どれもアレクサンデルが只者でないことは一目瞭然だ。


 しかし忠次は、外套の男らはそれを知っていて銃を持ち出し、急襲してベルティーユとアレクサンデルを誘拐したのだという事実から、これ以上はまともに外套の男たちとやり合う気はなかった。そもそも戦いは数だ、二人と十人以上ともなれば、いくら武器があってもやり合うべきではない。普通は逃げることを優先して考えるべきだ。


 だが、逃げるためにはここを拠点とするやつらを、追いかけてこられないように痛めつけておかなくてはならない。


 忠次はアレクサンデルを手招きし、作戦を耳打ちする。


 アレクサンデルは表情ひとつ変えず、指示どおり動きはじめた。叩きのめした男たちから聞き出した、。銃を常用しているのなら必ずそれはあり、忠次が奪った改雷管式の回転式拳銃リボルバーも火薬と雷管、弾丸を別々に用意しなくてはならないものだ。たとえどんな形の銃を使っていたとしても、銃弾それらを抜きにして銃は扱えない。


「ありました、火薬です。これを」

「えェ、いい感じにばら撒いてきてください。こちらはお任せを」

「分かりました! 無理はなさらず!」

「もちろんですわ」


 火薬の入った頑丈な帆布製の袋をいくつも担ぎ、アレクサンデルは走り出す。要領を心得ているアレクサンデルなら、往復してな場所にばら撒いてくれるだろう。


 忠次は猿轡を噛ませて連れてきた長身の青年を解放して、螺旋階段の下に送り出す。


「も、もういいだろ、俺は」

「あァ、全力で喚いてくれりゃァ殺しはしねェ。約束してやるよ」

「ほ、本当か?」

「何なら一発喰らわしたほうがいいか? 鬼気迫って見えるぞ?」

「い、嫌だ! やめてくれ!」

「なら、上手くやってくれや」


 そんなやりとりののち、長身の青年は、最上階まで声が通る螺旋階段の下で、精一杯喚いた。


「ひいいい! マントさん! マントさん、助けてくれぇ! 死んじまう!」


 長身の青年は床に崩れ落ちつつ、必死で叫ぶ。


 さすがに仲間の悲鳴は堪えたのか、送り込んだ部下が帰ってこないことを知っているだろう首謀者——マントたちも、声を返した。


「どうした! 何があった!」

「アレクサンデルが暴れてんのか!?」

「急いで来てくれぇ! 頼む、もうみんなやられちまったんだ!」


 長身の青年は、本心からマントの助けを望んでいたのだろう。叫び、喚き、呻きつつ立派にの役を果たした。


 螺旋階段の上階から、何人かの顔が覗いた。上からは見えない位置を取っていた忠次はしっかりと確認する。


「あれか」


 忠次に戸惑いも躊躇いも何もない。


 奪った銃口を向け、ありったけの銃弾を叩き込む。吹き抜けにけたたましい銃声と壁や金属部分に当たって跳弾する甲高い音がこだまし、それでも他の奪った銃や火薬庫で手に入れた分まで、最上階に向けて撃ち続ける。


 とはいえそれも五分と続かず——そしてその五分と余韻の時間が、忠次は稼ぎたかったのだ。


 白色の煙と硝煙の匂いが充満した、半壊状態の螺旋階段には、長身の青年の呻きや上階からの怒号が聞こえる。忠次は銃をすべて放り出し、戻ってきたアレクサンデルと合流する。


「退散です、あれく様」

「了解だ!」


 ここは一階、どっからでも外に出られる。手近な部屋の窓から二人は脱出し、その前にランプの蝋燭を絨毯やカーテンに触れさせ、置き土産の火を放った。


 忠次の計画を把握したアレクサンデルが、すでに各所で上手くやってくれている。


 そう——この家を、爆破するには十分すぎるほどに。






 脱出とほぼ同時刻。


 マントは最上階から、やっと螺旋階段の下に降りた部下たちを煙たげに眺める。焦げ臭く煙の立ち込めた一階は、見通しが悪い。


「あのガキ、どこに」


 咳き込む男たちは、前がよく見えない。長身の青年を抱え起こそうとする者はなく、みなバラバラの旧式の銃を構えて警戒していたが、マントは異常事態に気付いた。


 だが、もう遅い。それを悟ったマントは、部下へ全力で叫んだ。


「てめぇら、今すぐ外へ出ろ! それか窓から飛び降りろ!」

「え?」

「早く! 死にてぇのか!」


 それから数秒と経たないうちに、火は火薬に燃え移り、各所で連鎖的に爆発が起こる。


 濛々と立ち込める煙、地響きのような爆発音、それらは王都を騒然とさせた。

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