朝ご飯
みづきはぼんやりとしながらふらふらと動いていて、凜霞はその後を追うようにお供をしていて、亜紀はその間に手際よく配膳をしている。
机にはお茶碗、お箸、ご飯の入ったおひつが乗せられて、平皿の上にはすだちが添えられた焼き鮭、添え物の小皿にはカブのお漬物、そして保温容器には豆腐とワカメと豆麩が入ったお味噌汁。
2人が腰を掛ける頃には、食事の準備は整っていた。
「はい、いただきます」
3人が声を合わせて食事を始める。
そして凜霞は箸を持ち、鮭をほぐして口に入れたところで、目を瞬かせてつぶやく。
「あ、この鮭、すごく美味しいです。今まで食べたものとは味が全然違います」
「だろ? ちゃんと市場で買ってきたやつ。親父は元漁師だから目利きは確かだよ」
「漁師さん、だったんですか?」
「あたいはあんま覚えてないんだけど、船を持ってたみたいなんだわ。で、その船の名前が『太郎丸』だったらしいんよ」
「わかった! だからあのおっきいワンちゃんが太郎丸なんだ」
「そー。2代目太郎丸なんだって」
みづきがお味噌汁をふーふーと息で冷まし、一口吸ったところで顔色がぱぁっと明るくなる。
「うわ、お味噌汁おいしい! お味噌が違うのかな?」
「味噌はうちのオリジナルブレンド。で、味噌汁を作ったのは、あたい」
「えぇ! 亜紀さん、お料理できるんですか⁉」
亜紀がみづきに向けてニヤリと口角を上げながら、右手でVサインを作る。
「いぇい。そうは見えねーだろ? だけどできるんだなぁ、これが。まあ、レパートリーは少ないけどな。ところでみづきは料理、できるんか?」
「……お茶をいれる位、なら」
「あん? それは料理なんか? お湯をわかせます、的な?」
「わかしてないです。うちには電気ポットがあるので」
「は。え? 何か作ったことないの、マジで? カップ麺とかは」
「カップ麺……って、もしかしてお湯を入れるだけのやつ、ですか? ないです。お家には」
「はぁ⁉ カップ麺がないとかおまえ、ブルジョアか?」
「ぶるじょあ……? あ、お金持ちではないですよ。普通だと思います。なんで、ないのかなぁ」
「もしかして、健康によくないとかってやつか? はー面倒くせぇ。んで、他に作れる物はねーの?」
「料理はやっちゃダメ、って止められるんです」
「マジかよ」
「背がちっちゃいから。ガスコンロは危ない、って」
「……おまえんち、結構大変なんだな」
「そうなんですか?」
「だから家出したんだろ? わかるわ」
「家出? 1人旅ですよぉ!」
「同じだよ。お、な、じ」
「もしかして冗談ではなく『まじな話』ってやつですか?」
「割とな」
みづきからは返答がなく、テーブルの方を見つめながら腕を組み、首が段々傾いていく。
「というわけで、これでも食って元気出せ」
亜紀が何の脈絡もなく、赤くてふにゃっとした球体――梅干しを箸でつまんで、みづきの口に突きつけた。
「え、ええ、梅干しはイヤです! み、みづき酸っぱいのは」
「いいから食えぃ!」
「はぅ。…………ん、あ、甘酸っぱくて美味しい⁉ どうして?」
「これは梅の蜂蜜漬け、ちょっとしたデザートだよ。な、色々あるだろ? だから、おまえの家出……じゃなくて1人旅は、正解だったってわけ。まぁ、海で行き倒れるのは流石にヤバかったけどな。……そんなキミ達を救ってやったあたいにぃ、大感謝! しろよ!」
そんな亜紀のお仕着せがましい感謝の要求に、それぞれがそれぞれの言葉で返答する。
「本当に申し訳ありません、ありがとうございました」
「そ、そんなこと、家出娘に言われたくはありません! ……でいいですか?」
「はいみづき、大正解! いいね。グッときたわ」
「それでいいのですか……。私にはよくわかりません」
「いいか? よーく覚えておけ。あからさまなボケでは、すかさずツッコミを入れないといけないんだ。そうしないと友達もできないし、会社なら即クビだ。先生に教えてもらっただろ?」
「もしかして、だから私に友達ができなかったのでしょうか」
「凜霞ちゃん……嘘だよ。そんなの、ないから」
「あ、もしかして。今のもボケというものでしょうか」
「これは鍛え甲斐があるねぇ……なんか身震いしてきたわ。うん、そういうこと」
亜紀はみづきに向けて拳を突き出し、親指を立てる。
みづきも亜紀の真似をして、お互いに親指を立てて示し合う。
凜霞はそんな亜紀とみづきをいじけているとも拗ねているともつかない据わった目線で見ている。
亜紀はそんな凜霞の頭をわしわしと撫でるが、凜霞はやはり納得がいっていないようで、その表情のまま身動きをしないで髪をかき回され続けていた。
そして亜紀はふと思い立った表情で、髪型が乱れまくった凜霞の頭から手を離し、ポケットに手を突っ込み、手のひら大のメモ用紙を取り出して机に置く。
「あっ、そうそう思い出した。これ、今日の予定表な」
「はい。ええと……ええ、と?」
「どしたん?」
「そ、その、ですね」
みづきがメモを取り上げて、徐々に顔に近づけて接触しそうな距離で見ているが、メモと首が段々と横にかしげていく。
「あ、そう言えば。みづき先輩、目が――」
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