バスに乗って

着替えて朝食を食べて駅のバス停に行き、バスに揺られること40分。


駅の近くの風景はみづきの住んでいる所よりもかなり控えめで、ビジネスホテルとスーパーマーケットの他には寂れた商店街が静かに立ち並んでいる。


そこを抜けると2車線の幹線道路があって、その道路沿いには田園が広がり、2階建ての校舎を通りすぎ、急な山、入り組んだ斜面、やけに短いトンネルを抜けると景色が一転し、右手いっぱいに――


キラキラと輝く無限の水平面、海が広がっていた。


「海! 凜霞りんかさん、来たよ、海だよ! ……凜霞、さん?」


みづきが声を上げる。


二人の少女がバスの窓に張り付いて景色を眺めている。

みづきは隣にいる凜霞に声をかけてみるが、聞こえていないのか、身じろぎもしない。

そんな凜霞を見て、みづきは肩を寄せてささやく。


「やっと、来れたね」


凜霞は言葉を発することなく、ただうなずいた。




それから程なく、目的の停留所に到達する。


半分は海、もう半分は山。その境界の入り組んだわずかな平地に、錆びかけた住宅や商店街が詰め込まれてひしめいている。

そんな小さな集落にはふさわしくない、手入れが行き届いた広大な駐車場と重厚なコンクリートの建築物が、期待に胸を膨らませた観光客を今日も変わらず出迎えていた。


「ここが、海ですか?」


みづきと凜霞、白地に緑のセーラー服と黒いワンピースの2人は停留所で降りる。


みづきの表情はキラキラと輝いているが、凜霞の表情は冴えない。

凜霞が疑問の声をあげるのはごもっともで、停留所の周囲にあるものは舗装されたコンクリートと整然と描かれている白線――要は駐車場だ。

そして正面には砂浜も水辺もなく、大きな灰色の建造物が鎮座しているのみ。


ただ、肌をひりつかせる陽光と鼻孔をくすぐる潮の香りだけが、海が近いことを感じさせた。


「海ではありません。けど」

「けど?」

「ぜっっっっっったいに、楽しいです。ので!」


胸を張って、両手を広げたみづきが自慢げに答える。


「行きましょ‼ う。あ、あー。あっつい、よう……」


みづきがため息をつきながら、セーラー服をパタパタと翻して風を通す――が、

凜霞が急に後ろに回り込み、いきなり無言でみづきに抱きついた。


「え、ぇええ⁉ りんか、さ」

「みづきさん、あの! なんて言うか。胸元を開けるのは、やめたほうが」

「どうしてです?」

「ええと……その……」


みづきは凜霞にもたれ掛かるようにして後ろを見上げる。


凜霞はみづきを支えながら、みづきのがら空きな胸元から目を反らして、視線が彷徨い、そして目の前の建造物へとたどり着く。


「あそこに行きましょうか。私、やっぱり楽しそうな気がしてきました」

「そうですか? よかった。さあ、行きましょう!」


これっぽっちも会話が噛み合わないままに、とりあえず目の前の施設へと歩き出す2人。


眼前に、どーん、と待ち受けるのは、みづきがずっと前から行きたくて行きたくてたまらなかった施設――水族館だった。

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