悪徳男爵が吸血鬼伯爵に愛されるまで
おおつ
第1話
大広間では様々な色のドレスをまとった女たちが風船のように軽やかに動いている。エスコートする男はそれを地に繋ぎ止めるに立っている。パーティはいつもこんな感じだ。それに王家主催のものともなれば浮かれても仕方がないというものだ。
豪華な天井画、そこから垂れ下がる精緻なシャンデリア。壁を飾る燭台一つとってもピカピカに自分を誇るように輝いている。
そんな完璧なパーティのなか、わたしは最悪な気持ちでワインを飲み干した。
「ミスティ公爵令嬢!」
ああ始まる。
「お前の悪事は全てお見通しだ!」
沸き立っていたパーティが水を打ったかのように静まり返る。
「なんのことですか! 殿下!」
鶴の一声を上げたのはこの国の皇太子、レイノルド殿下だ。それに追い縋るのがミスティ公爵令嬢。二人は婚約していたはずだが。
場の混乱など意にも介さずレイノルド殿下はミスティ公爵令嬢の働いたという悪事を述べあげる。どうやら学園で平民の娘をいじめたらしい。そんなこと。金でも積めば解決するのだ。そう大事にすることでもあるまいよ。
2杯目のグラスに手をかけ、飲み下そうとしたところ、殿下の口から予想外の言葉が出てきた。
「私、レイノルド・アルバーンはアナベル・ミスティとの婚約を破棄する!」
「そんな! 殿下!」
「そしてこちらの令嬢。ルル・ミライエ嬢と婚約する」
聞いたことのない娘だ。おそらく貴族ではないのだろう。察するに学園でいじめられていた娘をヒーロー気取りで助け出してお姫様にしてやる……か。くだらない。ワインを飲み下す。
パチ パチ パチ
王族の発表の手前祝福の拍手を送る。
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
拍手は大きくなり、王太子は勝ち誇ったかのように笑みを深めた。かわいそうにミスティ公爵令嬢は青ざめた顔で唇を震わせている。
「お前にいい知らせも一つ持ってきてやった」
レイノルド殿下は歌うようにいう。
「ミスティ公爵令嬢にはヴォルテール男爵との結婚を命じる! 王命だぞ? 逆らえまい」
王太子は笑い、公爵令嬢は泣き、断罪劇は幕を閉じられた。
いや、勝手に閉じるでない!なぜこのわたし、ゴメス・ヴォルテールがあんな小娘と結婚せねばならんのだ!
宰相に三度嘆願書を出したが王命ですのでと突っぱねられる。どうせあの王太子の意地の悪い思いつきだろう。そんなものを王命にするな!
わたしは怒りが収まらないながらもやることがないので帰りの馬車へと乗った。
ガタンゴトン
「旦那さま、大丈夫ですか」
「大丈夫な訳があるか。最悪だ」
「そうでございますよね」
馬車の中は嫌な沈黙で満たされた。それもこれもあの勝手な王太子と公爵令嬢のせいだ。痴話喧嘩にわたしを巻き込みおって!
「つきました」
御者の落ち着いた声に我に帰る。馬車を出るとこれまた気が滅入る景色が広がっていた。
庭木は左右対称に切り揃えられ白い薄手の大きなリボンで括られている。白薔薇のドームは屋敷の入り口まで続き、その香りでまでも招待客を祝うようだ。
結婚式の準備が始まっている!
これは男爵の機嫌を損ねる最上位項目であった。
「趣味が悪い!」
「えーでも最近のトレンドですよ〜」
「お化け屋敷のトレンドか」
「またそういうこと言って〜」
くすくすと笑いながら女中たちは楽しそうに働き回る。何がそんなに楽しいのか。
「自室だけは手を入れないように!」
「はーい」
言ってため息をついた。これからわたしの生活はどうなってしまうのか。
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