黒百合からヘリオトロープへひとつの嘘を

第23話

　◇レイフ視点◇

　見渡す限りの瓦礫の山。地面には至る所に〈シレネ〉の潜った穴が。それらは風化し風雨の浸食を受け、表土は再堆積を始めていた。それに伴い体表の石英もまた地中へ還りつつある。

「ここね」

　マリミア湖の畔を時計回りに東側、自然の圧倒的な再生力を再認識させる、緑に沈んだ元コルエト村へ。村の外れには二ヶ月前の死を弔う墓地が。

「二手に分かれて探しましょう。目印はまだ埋もれてない石英よ。地面がキラキラ光ってる筈だわ」

「別行動は危険じゃないか？　一緒に探そう」

　死角から一撃食らえば、即ち死だ。

「大丈夫よ。〈シレネ〉は群れで行動する習性も無いそうだし」

　少し前を歩くライラは振り返る。

「それに、私の攻撃に貴方を巻き込むのが怖いわ」

　君は口をへの字に曲げ俯く。

「大丈夫だよ。俺が躱せば良いだけだ。一人は危ない。そのまま逸れる可能性もある。一緒に行動しよう」

「……分かったわ。ちゃんと避けてね？」

「大丈夫。俺は嘘を吐かないさ」

　俺が笑って見せればライラはコクンと頷き、少し後ろを付いて来る。

　先ずは元コルエト村の中央を目指してみよう。そして二人は警戒しながら歩き続ける。

　村を一周し終わる頃、空は段々と菖蒲色に。それでも一向に〈シレネ〉は姿を現さない。

「……駄目か」

　遂に本日は一匹の成果も上げられないまま、一日が終わりを告げようとしていた。

「ライラ、帰ろう。暗くなっては危険だ」

　〈シレネ〉には目が無く、その著しく鋭い聴覚で拾い上げる音の反響で敵の位置を把握する。闇夜は彼らのフィールドだ。

「……嫌よ」

　ライラは瞼を伏せたまま、明確な拒否を示す。

「二日で一匹、このペースじゃ三ヶ月掛かるわ。そんなんじゃ、聖騎士なんて有り得ない」

　押し殺したような声。ライラは確かに時間が無いと、やはり焦りがあるのだろう。足を止めれば、ライラも合わせて立ち止まる。

「それでも焦りは禁物だ。ここら辺に新鮮な石英は見当たらない。明日、別の場所を探そう」

「貴方の復讐は！　……その程度の覚悟なの？」

　苦虫を噛み潰したような表情で詰め寄る。その目元には隈が。……眠れていないのだろうか。その滅紫がライラの覚悟と焦燥を匂わせる。

「……分かった。もう少しだけ捜索しよう。でも日没と共にここを離れる。それ以上は危険だ。いいね？」

　ライラは黙って頷き、スタスタと前を歩き出す。張り詰めた緊張感。

　……集中しろレイフ。決してライラを死なせはしない。

　そして陽は北西の鉱山眠る山々の影へ、その身の大半を沈めてしまう。俺は意を決して口を開く。

「ライラ、そろそろ」

　すると振り返りライラは詰め寄る。

「そもそも！　貴方が！　あの女に踊らされて！　ここを選んだ所為でしょう！」

　あれ程までに強い意志を有していた瞳から溢れる涙が、黄昏を反射する。彼女にこんな顔をさせてしまう自分自身に腹が立つ。

「……ごめん。俺の所為だね」

　俯けば、ライラはハッと表情を青褪める。

「ごめんなさい！　違う！　違うわ！　……あなたの所為なんかじゃないのに。そんな事を言いたかったんじゃないの。……ごめんなさい」

　譫言のような謝罪を並べながら、ライラは俺の胸に凭れ掛かる。

「ライラ？」

　様子が可笑しい。頬へ手を添え上げてみれば、この残照でも分かる程顔が赤い。ライラの額に手を当てる。……熱がある。このままでは帰路も危険だ。

「ライラ！　どうしたんだ！？　大丈夫か！？」

「……平気よ。捜索を……続けるわよ」

　ライラは肩で息を切りながら立ち上がろうと、しかしフラフラとその足取りは覚束無い。

「駄目だ！　そんな状態で戦闘出来る筈が無い」

　考えろ。カノリア村へ帰るという選択肢は無い。ライラを抱いたまま、〈シレネ〉に遭遇したらまず助からない。

「向こうに被害を受けていない家屋があった筈だ。今日はそこで夜を明かそう」

「……何言ってるの？　ここは……敵地の……ど真ん中よ」

「大丈夫。これだけ探していないんだ。きっともうこの廃村にはいないんだよ。俺が一晩中起きて君を守る。明日の朝、熱が下がったら宿屋に帰ろう」

「……ごめんなさい。足引っ張ちゃって」

　限界を迎えたライラは俺の服をぎゅっと握る。抱き抱えれば、俺の胸元には涙の熱が。

「ライラ。泣かないでライラ。何も謝る必要なんて無い。俺達はバディだろ」

　夜空に星々が現れ出した頃に、元コルエト村の西側末端。マリミア湖に臨む小綺麗な空き家へ到着。中へ進むと家具や調度品はそのまま。ここならライラを休められるだろう。先の住民には申し訳無いが、今晩だけは拝借しよう。

　奥へ進むとベッドが一つ。若干埃っぽいが払えば何とかなるだろう。一旦ライラを椅子に座らせ、タンスに仕舞われた清潔なシーツと交換すると、ライラの纏めた髪を優しく解き寝かしつけた。そして暖炉の火を起こし、居間の椅子をベッドの脇へ運ぶと、そこへ腰掛ける。

「ライラ、安心して今日はお休み。俺がずっと傍にいるから」

「うん」

　こちらをじっと見つめ、ようやく頬を緩ませる。すると。

「……暑い」

　徐にライラは乱雑に服を脱ぎ始める。俺は罪悪感から精一杯に目線を逸らす。

　衣擦れの音が終わると、漆黒のウエストシンチャーやガーターベルトから必死に目を背けながら、掛け布団を掛ける。

「冷やすと身体に悪いよ」

　呼吸は少し落ち着きを見せた。安堵共にラバトリーへ向かうが、しかし蛇口を捻っても水は出ない。やはり上水道も潰れているのだろう。すぐ脇のマリミア湖で水を汲む。空の夜月は雲に隠れたまま、その明媚な顔を見せてはくれない。

　濡れタオルを作り、瞼を閉じるライラの隣へ腰掛けると、動脈の流れる首元へ優しく巻いた。

「……ずっと傍にいるって言ったくせに」

　辛そうに、何とか瞳を開いて紡いだ言葉は、驚く事に可愛いクレーム。

「え！　ごめん、少し水を汲んで来ただけだよ」

「……私、……嘘って嫌いなの」

「はは！　……ごめんね」

　そうしてライラの髪をそっと撫でる。こんな憎まれ口を利けるなら大丈夫だろう。明日にはきっと良くなる。

「私、子供……じゃないんだけど」

「ごめん！　つい！」

　慌てて手を離す。ユリアやカタリーナが寝込んだ時の看病の癖が出てしまった。

「……汗、拭きたい」

　するとライラは上半身だけを何とか起こし、首に掛けた濡れタオルを手に取る。

「身体拭くから、……後ろ向いてて」

　即座に半回転。すぐ後ろでは衣擦れの音。頭の中の妄想を必死に掻き消す。病人相手に最低だと自己嫌悪。

「レイフ」

「どうしたの？」

　後ろから呼ばれようとも、背を向けたまま声を返す。

「背中、……手が届かないの……拭いて」

　心臓の音が煩い。恐る恐る振り向くと、ライラは一糸纏わぬ姿で背を向けている。紫紺の髪を纏めて左肩から前に下ろし、脇から溢れそうな乳房を両腕で抱えて隠し、首筋から臀部まで白く透き通った肌を露出している。その煽情的で麗しい姿に、思わず生唾を飲み込む。そして再び自己嫌悪。

「分かった。タオルを渡してくれ」

「背中だけ……変なとこ……触らないでね」

　濡れタオルを受け取ると、その繊細な肌に触れないよう細心の注意を払い汗を拭う。初めて目にするその姿は華奢で繊細。とても、こんな戦場で戦えるのかと憂慮が走る。それでも、そんな事は決して口には出してはいけない。ライラは自身の意志で、家名を背負ってここにいる。彼女はただ、守られるだけのお姫様ではないのだ。ならば、その覚悟は尊重されるべきだ。

「終わったよ」

　触れ合いの終わりを惜しみながらタオルを手放す。

「……ありがと……後ろ、向いて」

　そして俺は即座に半回転。衣擦れ音の後、ライラは横になる。振り返れば穏やかな表情で目を瞑るライラ。髪は簡易に左肩へ纏められている。一安心すると俺は脱ぎ散らかされたライラの服や少し湿った黒ストッキングをハンガーへ。それにしても、どうしてここまで体調を崩してしまったのだろうか。やはり俺が気付かぬとも、常に気を張っていたライラは、気疲れしてしまったのかもしれない。

「最近眠れなかったのか？」

「……貴方の所為でしょ」

「俺！？　ごめん。何かしたかな？」

「バカ、教えてあげない」

　という事はライラのこの二日間の寝不足は、家名復興の為の焦燥でもなく、初任務による気疲れでもなく、俺の所為という事になる。

「ごめん。教えて、ライラ。ちゃんと話そう」

「……嫌」

「悪い部分があれば改善したい。俺達はこれから長い旅路を共にするバディだろ」

　ライラはしばらく無言を貫いた後、観念したように口を開く。

「じゃあ……あの女のとこに……行かないで。ちゃんと……一緒に宿へ居て」

　予想外の回答に目を丸くする。それとライラの寝不足に何の関係が有るのだろうか？

「それは構わないが、ライラは同室で嫌じゃないの？」

「……私、一言でも……嫌なんて言ったかしら？」

「あれ？　……言ってないか？　ごめん、分かんない」

「私、……嫌なものは嫌って……はっきり言うわ。嫌ならそもそも……こんな任務、放って帰るもの」

「はは！　それもそうか」

　思わず吹き出す。そうだ。この強い意志を有するライラだから、尊敬しようと思えるんだ。

「男って……本当、ああいう小聡明くて……か弱そうなタヌキ顔の女が好きよね」

「？　何の話だ？」

「ああいう……女が……一番計算高くて、男好きで、性格が悪いのよ」

　ライラは口を尖らせる。拗ねる女王様を、俺は堪らなく愛おしいと感じてしまった。

「どうせ……貴方だって……私の事、高飛車で……我儘で嫌な女って……思ってるんでしょ」

　自嘲を乗せた吐露。

　……驚いた、と同時に得心した。やはりあの日の回廊で覚えた違和感は誤解ではなかった。彼女の自信に満ち溢れた振る舞いは虚栄だったのではないか？　本当はこんなにも自信を失くした、只々普通の女の子。

「思ってないさ」

「嘘……ばっかり」

「嘘かどうかは君が一番よく分かる筈だ」

　フランボワズの眼差しをこちらへ向ける。それでも俺は怯む事など無い。ここに嘘偽りなど存在はしないのだ。

「思うんだ。その中指のペン胼胝も、左後頭部の若白髪も、君の過去の努力を象徴するものだ。そんな研鑽を強いる程、君の肩には、俺なんかが計り知れない程の重圧が伸し掛かっているんだろう。確かに君は、一見高圧的で、口が悪い人に見えるかもしれない。だけど本当は、家名や使用人の生活を一身に背負う程責任感が強くて、自身の正義を信じて突き進める程の強い意志を持っている。でもそれは虚勢の裏返しで、その裏では本当は弱くて傷付きやすい。何も知らない俺に色々教えてくれるくらい優しくて、でもちょっと悪戯好きで甘えん坊だけど、何のメリットも無いこの村の受注を一緒に受けてくれるくらい、人の幸せを願う事が出来る人なんだって事は知っている。俺は君の、本当は繊細で傷付きやすいくせに、だけど誰かの為に懸命に踠く君を、尊敬しているよ。出来る事ならば、その肩の荷を少しでも分けて欲しい。俺は君の力に成りたいんだ」

　言って、気付く。……そうか。やはりそうだったんだ。

　俺は確かに、君の力に成りたかったんだ。

　ライラは無言のまま、ただこちらをじっと見つめる。そのフランボワズの瞳には、揺れる暖炉の火が柔らかく反射する。そしてライラは両の下膊で目元を隠す。表情は窺えない。

「……貴方って……恥ずかしい人ね」

「俺だって普段はこんな事言わないさ。でも仕方無いだろ。君に嘘は通じない」

「それでも……恥ずかしい人だわ」

　ライラは目元を拭うと壁に寝返り丸くなる。背中を向けたまま、君は続ける。

「貴方……今言ったわよね。……私の力に成りたいって」

「そうだな」

「私も、……恥ずかしい人だけど、……正直者な……貴方の力に成りたい」

　その声は震え、六センチ先で儚く消える。それでも俺の心には確かに足跡を残した。

「貴方は嘘を吐かない、……真っ直ぐな……人だから、一瞬にいて居心地が良いわ」

　そして嗚咽混じりに話した後、ライラはこちらへ寝返る。穏やかな表情ではあるものの、その目元は赤く腫れている。

「隈がすごいよ。俺が見張っててあげるから、早く寝な？」

「……嫌」

　その桜唇を尖らせる。

「は！？　何で！？　寝ろよ！」

「もう少し……お喋りしましょう」

　珍しく甘えた声で俺の右小指を握る。相当弱っているのだろうか。ただ、横になって休んだ事で、段々と呼吸は落ち着いてきたようだ。

　……ああ、思い出した。どれだけ気丈に振る舞おうと、彼女は本当はお喋り好きな唯の女の子。

「私ね」

　ポツリ、話し始める。

「人との接し方が……分からないの」

　想像にもしなかったその言葉に、静かに耳を傾ける。

「私ね、すごく、ママの事が大好きだったの。父上はいつも任務で家を空けてたし、兄弟もいなかったから、いつもママと一緒だったわ」

「うん」

「でもママは身体が弱かったから、私が六歳の時に亡くなったの。それからは執事のアンネが傍に居てくれたけど、……それでもずっと寂しかった」

　聴いているよ、と相槌。

「そして八年前、私が十歳の時に父上が戦争で亡くなったわ。父上との思い出なんて数えるほどね」

　とても、他人事とは思えない。

「そしたらね。会った事も無い、父上の第二第三婦人の周辺とか、遠い血縁だけの繋がりの人間がぞろぞろ集まってきて、私の事を追い出そうとしたの。所謂相続争いってやつね」

「な！　……酷い」

「色んな人が色んなやり方でレーヴェンアドレール家の家督を狙っていたわ。名実共に当主へ座ろうとした人、私を担いで実権を握ろうとした人、血縁すら無いのに遺産分割を要求した人。皆、私には『君の力に成るよ』って。『君を守りたい』って。それらしい言葉で近付いて来たわ。その瞬間にね、その人間達の口からどす黒い醜悪な文字が見えてきたの。理由は分からないわ。でもね、その文字が嘘だって、嘘なんだって気付くまでには、そんな時間は掛からなかったわ。私に近付いて来る人全員がその文字を吐いていて、怖くて、気持ち悪くて、苦しかった」

　そうか。これが、ライラが嘘を見抜き、そしてそれらを厭う理由。

「唯一守ってくれたのが執事のアンネだけ。でもね、ママとの思い出の残ったこの家が、誰かに奪われるなんて、……絶対に許せなかった。だから私、戦ったの。色んな大人達が寄って来ても、全部追い出して、私が当主なんだって宣言したわ。嫡子は私だけ。当然文句なんて言わせなかったわ」

　フランボワズの瞳が閉じる。何かが溢れないように。

「レーヴェンアドレール家は騎士一族。戦争の功績によって成り上がった歴史があるから、当然、私は聖騎士を目指したわ。それからは必死に勉強して、氷の力も磨いて、友人や思い出も全部諦めて、ずっとずっと頑張ってきたの。私、幼稚舎から一貫のお嬢様学校だったんだけど、誰とも姉妹にはならなくて。社交界だって、没落して可哀想なものを見る目や、見下した態度が嫌で行けなかったわ」

　ライラは吐き出そうとしたその声を、飲み込んで、また言葉を紡ぐ。

「でもね、そうしたら、人との接し方が分からなくなっちゃって」

　少女はただ嗚咽を押し殺し、絞り出すような声を何とか必死に繋いでゆく。

「でもでも、私は名高きレーヴェンアドレール家の当主だから舐められる訳にはいかなくて、頭の中の貴族っぽい振る舞いを真似してたら皆に嫌われて、どんどん居場所が無くなっていっちゃった」

　つらつらと、ライラの我慢していたものが、言葉の濁流となって溢れ出す。

　そうか。君の最初の振る舞いは、氷の女王と呼ばれる所以は、貴族たれといった責任感から来るものだったのか。

「ずっと寂しかった」

「…………辛かったね」

「うん、でもね。……それからね、念願の中央騎士団に入って、……レイフ、貴方を見つけたの」

　瞼を開きこちらを見上げる。俺はただ、そのフランボワズの瞳に吸い込まれる。

「騎士団が腐っているのは別に知ってたから、皆がどす黒い文字で顔すら見えないのを別に驚きはしなかったわ。……でもね、レイフ、貴方だけが、貴方の顔だけがはっきり見えたわ」

　長い睫毛を携えて、その眦はそっと下がる。

「貴方、すごく詰まらなそうに、顰め面で他の騎士達を睨んでいたわね。あと、裏で女を殴ってそうな顔だなって思った」

「ざけんな！　どんな顔だよ！　一回もそんな事は無い！」

「ふふ。素敵ね」

　天眼が俺を見つめる。それでも俺の口から醜悪な文字は零れない。

「あんな気持ち悪い歪んだ嘘の海で、貴方だけが人間だった。だからあの日の回廊で、貴方に声を掛けたの。そしたらレイフ、私に嘘吐きだして！　……ショックだったなぁ」

「ごめん。……ごめんね」

「良いのよ。初対面の人間に、騎士を殺す為に来た、なんて喋れないもの。馬鹿正直なレイフが可笑しいのよ」

　ようやく、その口角は緩みを見せる。たったそれだけで、俺の心臓には色取り取りの花が咲く。

「でもね、すっごく嬉しかったわ。貴方の『殺したい』って綺麗な言葉が、私には本物だった」

　綺麗な言葉、なんかじゃない。満ちる憎悪に導かれるままの苦しい我儘。

　それでも君は、こんな醜い俺を否定しない。

　いや、……こんな俺に縋るしかない程、君は追い詰められていたのだろう。

「……あの日、あの場所で、正直に話してくれてありがとう。……レイフ」

「うん」

「だからね、そのね、……私ね、…………レイフの傍にいたい」

「うん」

「私は人との接し方が分からないから、貴方を傷付けてしまうかもしれない。そうしたら教えて欲しいの。……私、変わりたい」

　フランボワズの瞳は誓い、凡ゆる昏迷の浸食を拒んだ。

「私がどれだけ嫌な事を言っても、離れないで」

「ずっと傍にいるさ」

　ライラの自己開示。思えば、君が自身の事を話すのは初めてかもしれない。

「ふふ。嬉しい。……貴方の事も知りたいわ。レイフ」

「うん」

　俺は家族の事、ヨリス村での生活、それらを奪った犯人が禮命の聖騎士である事。トレイス町でのカタリーナ達との生活や、依頼と命懸けの戦いに明け暮れた日々を話した。

「辛かったわね」

　柔らかな声で俺達は傷を舐め合う。今はまだ、たったそれだけが精一杯。

「私達、似た者同士ね」

「そうだな」

「でもこれからは独りじゃないわ。私がいるもの」

　少しずつ、カーテンを透ける月明かりが、そこが明窓であった事を思い出すように。

「そろそろ寝よう。身体に障るよ」

「うん。そうね。……おやすみ」

　しかし、ライラは掛け布団で身体を包んだまま、身体を起こす。

「ねぇ。……白髪だけ取ってくれない？」

　眠そうな目を擦りながら、恥ずかしそうに懇願する。余りの愛くるしさに思わず吹き出す。

「朝までかかるな。元気になったら取ってあげるから、早く寝な」

「そんなに！？　そんなに一杯有るのかしら！　早く言ってよね！」

　ライラの肩に手を置き、優しく寝かしつける。

「じゃあ、私が寝るまで頭撫でて」

　カーテンの隙間が切り取る夜空には、雲隠れていた上弦の淡月が、ようやく顔を覗かせた。

　今宵の東方は吉兆。女帝の正位置。意味は成長や愛。大切な人の愛情を、実感できるという。