好きでもないのに毎日キスしないと死ぬ呪い!? ~最強の勇者と氷の魔女の不器用な恋の冒険が世界を救う!~

藍埜佑(あいのたすく)

第1話「なんてバカげた呪いだ!」

 エメラルドの葉を茂らせた巨木が立ち並ぶ古代の森。

 その中心に佇む、漆黒の城塞。

 尖塔の先端が雲を突き抜ける様は、まるで天に挑むかのようだった。


 レオン・フレイムハートは息を切らせながら、城の中庭に踏み入れた。

 彼の赤銅色の髪は汗で額に張り付き、鋼鉄の胸当ては無数の傷跡で覆われていた。

 その隣では、アイリス・ムーンシャドウが氷の如く冷たい眼差しで周囲を警戒していた。

 彼女の漆黒のローブは夜空に溶け込むかのようで、手にした杖から放たれる青白い光が唯一の存在感を放っていた。


「どこだ……魔王のヤロウはどこにいやがる!」


 レオンの声が石畳に響き渡る。その瞬間、闇が蠢いた。


「よくぞここまで辿り着いたな、愚かな勇者たちよ」


 ダークファントムの声が虚空から響く。レオンとアイリスは背中合わせに立ち、周囲を警戒した。


「出てこい、卑怯者!」


 アイリスが氷のように冷たく言い放つ。


 突如、彼らの目の前に巨大な影が現れる。漆黒のローブをまとい、燃え盛る紅蓮の瞳を持つダークファントム。その姿は恐怖そのものだった。


「お前たちの愚かな挑戦に敬意を表してやろう。だがそれも、ここまでだ」


 ダークファントムが両手を広げた瞬間、周囲の空気が凍りついたかのように重くなった。漆黒の闇が渦を巻き始め、その中心にいる魔王の姿を不気味に浮かび上がらせる。紅蓮の瞳が燃え盛り、その口元には残酷な笑みが浮かんでいた。


「さあ、愚かな勇者たちよ。お前たちの最期の瞬間を楽しむがいい!」


 ダークファントムの声が響き渡る。その瞬間、闇の渦が激しく膨張し、レオンとアイリスに襲いかかった。


「くっ……!」


 レオンは咄嗟に剣を構えた。その刃は青白く輝き、闇を切り裂く。彼の筋肉が緊張し、鋼の鎧がきしむ音が聞こえる。


「Lux et veritas, protege nos!」(光よ、真理よ、我らを守れ!)


 アイリスの澄んだ声が響く。彼女の周りに淡い光のバリアが形成され、闇の攻撃を弾き返す。彼女の黒髪が風に揺れ、瞳には決意の色が宿っている。


 レオンが剣で闇を払いのける中、アイリスは次の詠唱を始める。二人の動きは完璧に同期している。まるで長年の戦友のように、互いの動きを予測し、補い合う。


「Fulgur caeleste!」(天空の稲妻よ!)


 アイリスの詠唱が完了すると同時に、レオンが剣を天に掲げる。


「喰らえ!」


 雷鳴と共に、眩い光が闇を切り裂く。ダークファントムの悲鳴が響く。


 しかし、魔王はすぐに態勢を立て直す。彼の手から放たれた闇の矢が、レオンとアイリスに向かって飛んでくる。


「アイリス、伏せろ!」


 レオンの叫びと同時に、アイリスが身を低くする。レオンの剣が風を切る音が響き、闇の矢が次々と弾かれていく。


 アイリスは地面に手をつけ、詠唱を続ける。


「Terra mater, auxilium fer!」(大地の母よ、助けを!)


 地面が揺れ、ダークファントムの足元に亀裂が走る。彼のバランスが崩れた瞬間を見逃さず、レオンが突進する。


「おおおっ!」


 レオンの雄叫びと共に、剣がダークファントムに向かって振り下ろされる……。


 激しい戦いの中、レオンとアイリスの呼吸は完全に一致していた。二人の連携は、まるで一人の戦士のようだった。その姿は、互いへの信頼と絆の深さを如実に物語っていた。

 しかし、ダークファントムの力は予想を遥かに超えていた。

 彼は不気味な笑みを浮かべながら、呪文を唱え始める。


「愛なき愚か者どもよ、永遠の苦しみを味わうがいい!」


 突如、レオンとアイリスの体が光に包まれる。痛みはなかったが、何か重大な変化が起きたことを二人は直感的に悟った。


「なんだ、今のは……?」


 レオンが困惑した表情で呟く。


 ダークファントムは高らかに笑い声を上げた。


「愛を知らぬ汝らに、愛の呪いをかけてやった。今日から、1日に1回、10秒以上のキスをせねば、汝らに死が訪れるのだ」


「なっ……!」


「なんてバカげた呪いだ!」


 レオンが怒鳴る。


 アイリスは冷静を装いながらも、内心激しく動揺していた。彼女はレオンを見下すように言った。


「あなたとキスだなんて、死んだ方がマシよ」


 ダークファントムは二人の反応を楽しむかのように笑い続けた。


「さあ、選ぶがいい。キスか、死か。そして、私を倒す前に、お前たち自身の心に打ち勝つことができるかな?」


 その言葉と共に、ダークファントムの姿が闇に溶けていく。レオンとアイリスは呆然と立ち尽くし、互いの顔を見合わせた。二人の目には、怒りと困惑、そして僅かな不安の色が浮かんでいた。

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