考えさせられるような文学的作品を必ず作ってみせる!!!【短編小説】

Blue

「影の追憶」

曇天の空は重く、今にも雨が降り出しそうな気配を漂わせていた。街路樹の枝葉が風にかすかに揺れ、遠くからカラスの鳴き声が聞こえる。私は、薄暗い道を一人で歩いていた。無意識に足を止め、ふと自分の足元に目をやると、長く引きずるような影が地面に映っているのが見えた。


「影……か」


つぶやいた言葉が、無意味に耳に響いた。そのとき私は、自分の影が妙に薄気味悪く感じた。それはただの自然現象のはずだ。しかし、あの夜の出来事以来、影は私にとってただの影でなくなっていた。


あれは、ちょうど半年前のことだ。私はある事件を抱え、誰にも言えない秘密を背負っていた。その秘密が次第に私の心を蝕み、昼夜を問わず、恐怖と後悔に苛まれていた。そんなある夜、影が動いたのだ。


その夜、私はいつものようにベッドに横たわっていた。月明かりがカーテンの隙間から差し込み、薄暗い部屋を静かに照らしていた。しばらくして私は、何か不自然な気配に気づいた。天井の一角に映る自分の影が、微かに揺れている。最初は風のせいだと思ったが、風はまったく吹いていない。それに、その影が、じわりじわりと大きくなっていることに気づいた。


目の錯覚だと自分に言い聞かせながら、私は冷静を保とうとした。しかし、影は徐々に形を変え、私の動きをまるで観察するかのように、部屋の隅々まで広がり始めた。まるで生き物のように、そこに意思を持った存在がいるかのように感じられた。


「何なんだ……」


つぶやきながら、私は身動きが取れなくなっていた。影は天井から降りてきて、私の身体を包み込み、そして耳元で囁くように言った。


「お前は忘れられると思っているのか?」


その声は、自分の声だった。しかし、それは私が思い出したくもない記憶を無理やり引きずり出すような、冷酷な響きだった。私は目を閉じて、その声から逃れようとした。だが、影はしつこく続けた。


「お前の罪は、お前を永遠に追い続ける……」


その瞬間、私の頭の中に、あの事件の記憶が鮮明に蘇った。あの夜、私はあの男を――。


思い出してしまった。いや、ずっと思い出さないようにしていたのだ。だが、その記憶は決して消えることはなく、まるで影のように私の中に潜んでいたのだ。私は必死にその記憶を押し戻そうとしたが、影は私に逃げ道を与えなかった。


過去の罪、それはいつか償わねばならないものだ。しかし、私はそれを避け、見て見ぬふりをしてきた。そして、その代償が、今まさに私に突きつけられている。


影は、私の過去そのものだった。逃げられない記憶が形を成し、私を追い詰めてくる。あの夜、私は何をしたのか。そして、それをどうやって忘れようとしたのか。影は、その全てを知っているかのようだった。


「逃げられない……」


自分の言葉が、まるで他人のもののように耳に響いた。影はますます濃く、私の身体に絡みつくように伸びていった。私はその影の中に吸い込まれ、意識を失った。


目が覚めた時、私は冷たい床の上に倒れていた。部屋は静かで、月の光は消え、外では雨がしとしとと降っていた。影はすでに消え去っていた。しかし、私は知っていた。影はどこにも行っていない。今も私の中に潜んでいる。


それからの日々、私は影から逃れられない生活を送った。どこへ行っても、何をしても、影は常に私の後を追ってくる。何かを決断するたびに、影は私の耳元で囁くのだ。


「本当にそれでいいのか?」


その声は、私の心の奥底にある恐怖や罪悪感を引き出す。私は常に影に追い詰められ、逃れようとしても、影は私を逃がしてくれなかった。私が罪を認め、償わない限り、影は決して消えることはないのだろう。


人は、過去から逃れることはできない。影のように、常に自分の後ろに付き纏い、いつか必ず自分に返ってくる。そして、それは一瞬にして、すべてを覆い尽くす。


私は影を見つめた。今、私の目の前にいる影は、私自身だ。過去の罪と向き合い、それを受け入れる時が来たのかもしれない。


「影は逃げない……それは、私自身だ」


雨の音が静かに響く中、私はそうつぶやいた。影はもう動かない。しかし、それが静かに私を見守っていることを、私は感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る