第9話 不気味で素朴な囲われた世界

それから、羽川が嫌がらせをされることは無くなった。


後から聞いたところによると、俺が羽川を職員室に連れて行ったその日に、二峰グループに厳重な教育という名の脅迫が行われたらしい。

どうやら俺たちの代の時の校長は出世にしか興味がないタイプだったらしい。

それもあって、出世の障害となりうるいじめ問題には迅速に対応したようだ。


結局、俺は何もしないまま……できないまま、大人たちの手によって事態は解決されていた。


俺たちはそんな事件のあと、毎日会い、共に時間を過ごし、そして気がつけば互いの呼び名を変えていた。


「アキくん」


昼休み。お昼ご飯を食べ終わり、陽毬は俺を膝枕してくれる。

俺は陽毬の柔らかな温かさに包まれ、うとうとと微睡む。


「ふふ。そんなに無防備だと……イタズラしちゃうよ?」


陽毬はそう言ってえい、と俺のほっぺたを両手で挟むと、むにむにと揉んでくる。


「うむ……陽毬……」

「なあに?」

「すき」


俺は陽毬の頬に手を伸ばす。陽毬のさらさらとした髪が俺の手の甲を撫でる。

陽毬は少しくすぐったそうに身を捩るが、拒絶することはしない。


「私もすき。誰よりも、アキくんがすき」


そう言って、陽毬は顔を近づけてくる。そして、二人の唇が重なった。


「わあ……」


外野が息を呑むが、俺たちには届かない。

陽毬は長い長いキスを終えると、こう問いかけてくる。


「ねえアキくん。私たち、ずっと一緒にいれるかな」

「さあ、どうだろうな」


俺たちの将来は未だ不確定だ。

一緒にいれる、と無邪気に断言できるだけの根拠も勇気も、俺にはなかった。


それでも……


俺は陽毬の手をぎゅっと握る。


「例え離れ離れになっても、心は繋がってるさ」

「…………うん。そうだね」


陽毬はそう言って微笑んだ。



今思えば、互いに人間不信を拗らせていて、お互いしか信用できる人がいなかったのだろう。

二人だけの、不気味で素朴な囲われた世界。

そんな歪な世界が、高校で破綻したのは、ある種当然のことだったように思う。


それでも、中学生の俺たちにとって、二人の世界はかけがえのないものだった。

そして多分、大学生になった今でも、大切な思い出として、二人の胸に残っている。






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