第75話 麻井延彦 4
4
ネット投票が始まった11時頃、そのもの珍しさに多くの者が投票した。
判り辛い投票所ばかりだったが、自宅で寝ころんだまま投票できるようになったところで、美香は以前得票率が高かった。
この時点で美香8に、藍2。
だがじわじわと藍が追い上げる。
世代限定通貨ムーチャスの詳細なレジュメと説明動画が上がったからだ。
これをよく思わない若人はいない。
だから昼時には美香6に、藍4となった。
しかし午後いちに、美香が識者へのインタビューのカタチでムーチャスを批判する。
美香7、藍3となった。
更に美香は藍と自分以外の手駒の数名の立候補者にムーチャスをまねた政策を急遽出させた。
これで美香7、藍2、手駒立候補者ら1となる。
だが15時頃、誰かのつぶやきが自体を動かす。
―麻井藍にはムーチャスがあるが、川嶋美香って何かあるのか?
この発言が広がる時、生放映で視線を落とした先に、自分の無策を誹謗するコメントを多数見た美香は動揺した。
その動揺は対談相手との会話にも出て、しどろもどろとなり、やがて沈黙し、対談相手と司会がごまかして、放送は16時に終了した。
そして、美香5、藍4、手駒立候補ら1となる。
青共学園の選挙事務所で打ちひしがれる美香だったが、戻って直ぐに弟の緑児が現れた。
「姉ちゃん、勝ちは目前じゃないか!」
もう16歳になっていた。
後の美香は「選挙参謀としていちばん信頼できる弟をつけるべきだった」と回想している。
こうなっては仕方ない。
本部には当落を直に見届けたいマスコミやユーチューバーが押しかけ始めていた。
それは斗美のマンションの1階の部屋を選挙事務所にしていた麻井藍のところにもやってきていた。
「もう運を天に任せるしかないよね」
藍がつぶやく。
選挙立候補締め切りのギリギリで立候補から始まり、謎のプロビデンスという言葉、日本のフィクサーが背後にいるという噂、カーチェイスや演説合戦でライバルとケンカ、最後に世代限定通貨ムーチャスをブチまける、というハデな藍のファンはやはりハデ好きだった。
前に、このコをスターダムに押し上げたい!というマイナーアイドルや同人漫画家のファン心をくすぐるのと同質なパーソナリティが藍にはあると解説したが、一歩進めて、〈どうすればハデに藍ちゃんを勝たせてあげるだろうか?〉とみんなで考えていた。
そう、それは投票終了間際の大勢による投票。
大逆転がみんな見たいのだ。
19時に、遂に、藍6、美香3、その他1。
これは投票終了の20時まで変わらなかった。
藍、初代23全区長に就任に決定。
1階の事務所では弓、洋二、音矢が喝采中。
有名人の斗美と亜夜子とみゃーこ、それに日陰の身のハヤテは最上階のペントハウスでその模様を見ていた。
その中には何故か信夫もいた。
女傑であり、人を見る目に自信がある斗美にとって、信夫という存在はフシギそのものであった。
だが悪性は一切感じない、でも何か大志や夢があるのでもない。
「信夫くん、なんで藍ちゃんは勝てたと思う?」
そんな不自然な信夫を探るような質問を斗美は投げかけた。
「ロベスピエールの後にナポレオン、西郷隆盛の後に伊藤博文ら長州閥、強行された革命の後には革命のリーダー、第一の張本人は殺されて、エピゴーネンが取って代わるのが世の習い。言っている思想やモットーが正しいとか間違っているとかじゃない。後からきたやつが勝ちます。人柄とからカリスマ性も関係ない。始祖の王は政治でも宗教でも人民に殺される。今回の川嶋美香のいちばんの失点は、その人民からすれば、もう彼女は23全区長と同じだったという認識だった。自分で初めて、選挙期間中あるあるメディアを利用して、23全区長を語っていたのだから。おそらく麻井さんが立候補した時点で、川嶋美香の役割は終わったのでしょう」
斗美は特に感想を云わなかったが、信夫もなんとも思っていないようだった。
役割を終えたと信夫に云われた美香は弟から「札幌、帰ろうか」と云われる。
「この数年、これだけに全精力を注いできたというのに、まさか、たった一日で出張ってきた年下の女に全部かっさわれるなんて、なんで、私だけ、こんな目に遭うのか」
周囲のスタッフは撤収の準備をしている。
人の不幸が大好きなマスコミも既に美香に迫らない。
緑児だけが美香の肩をさすっている。
自分のスマートフォンに着信があるようだが、音は聴こえていても、今は心があらゆるものを拒否している。
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