第36話 江野玄司 0



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江野玄司、あの江野君である。

あの春の騒動から夏となり、明日から夏休みである。

2022年7月15日金曜、終業式もホームルームも終わった11時。

今ではすっかりクラスに溶け込んで、〈チャンピオンシップ・フレンドシップ〉の仲間たちと明日から又撮影も待っている。

麻井藍がナレーションを務める動画配信サイトの番組は90万人の登録者を誇っている。

そんなにウケているワケは、①ネタは洋二がホッパーやポインターという無限の探査能力で探した上で台本を書いているから、②兼松君のコネでプロの芸能人が出演するから、③学校公認だから、である

③に関しては説明が必要であろう。

現在、そんなものを公認する高校は無いし、洋二や藍が通う名門の私立高ならば、尚更だが、そもそも立ち上げ時に小林先生の淫行疑惑を追う番組を流す予定だったが、撮影中におかしいと教師たちに見咎められて、お蔵入りになったのだが、小林先生が自白する映像を拡散した者を名乗るものから、その番組も拡散しようか?というメールが校長と理事長の元にきたので、番組のメモリーを提出することにした。

その際の条件として職員室サイドが提案したのが、教師のチェックを入れての学校公認であった。

進学校だから受験生予備軍も観るし、他校もマネするために見始めたので、気づいたら人気番組となっていた。

その上、空き巣や覚醒剤売買を見つけて、私人逮捕するという離れ業まで偶然(洋二の能力)で撮影できたりしたので、俄然盛り上がったのだ。

江野君は現在、撮影と編集を担当している。

兼崎はプロデューサーを、信夫がディレクターをこなし、兼崎の子分たちが出演し、雑用もしている。

江野としては遺恨が無いワケではなかったが、いちばんタイヘンな編集を誰かが手伝ってくれたり、兼崎一派ではない演出の信夫、放送作家の洋二の人事は兼崎色を薄ませるものと配慮を感じるので、気にしないようにしている。

うどん屋でうどんを食べて、仲直りしたと春に洋二は言っていたのだが、藍とは距離があるようにしか思えない。

いや、藍からすれば、男にかまけているヒマではないのだ。

伯母の家に居候しているので、土日はショッピングモールで清掃のバイト、平日はラーメン屋の夜の部のバイト、17時開店で、清掃と仕込みがあるから、ほら、終礼が終わるとさっさと藍は帰るのだ。

今日のような終業式の日は早く出勤して昼の部の片づけをする予定だ。

洋二も信夫もそれが当たり前になっており、軽く別れの挨拶をするだけだ。

信夫は自分のiPadに目を落としていて、見つけたのだ。

部室に移動してメンバーで作業をしていると、

「た、タイヘンだぁぁぁぁぁぁぁぁ~!オレたちのチャンネルが垢BANされていやがる!」

顔を上げて、林田が茫然自失のふうで云い、続けて、「兼崎!カリフォルニア本社から、垢BANされた説明のメール着てないか!?おまえが作ったアカウントだろう!」と問う。

「そ、それどころじゃなぇ~!今オレのスマホにオヤジからTELあったが、オヤジの会社が倒産したぁ~!」

兼崎の答えに林田と江野は彼の席に近寄る。

明日から夏休み、部室棟には彼らしかいない。

いや、校内に生徒はほぼいない。

だがその流れに逆行するように彼らの担任教師が部室に入ってくる。

「おい!寺田と大森が今、警察に連行された!なんでも例の空き巣を私人逮捕した件でミソがついたらしい!」

だから、部活の部長に当たる兼崎に職員室に来るよう言いに来たのだろうが、何しろ実家の倒産、あのイジメっ子で自信満々の兼崎が痙攣を始め、涙を流し、嗚咽が部室内にこだまする。

「うわぁ、うえぇぇ、ヒッ、いぎす、しぐじゃじ、ミフフ、(>_<)うじぃらじゃぁぁぁぁぁぁ~!」

担任教諭が「兼崎ぃぃぃ~!」と彼を抱きかかえた、「こりゃ、保健室より救急車だが、まずは保健室に運ばないと!信夫!手伝ってくれ!」と信夫に両足を持ってもらい、兼崎は二人に抱えられ、教室を後にした。

取り残された江野は初めてその時に気づいた、だから発言した。

「鮎川くん!なんとか言いなよ!」

洋二は、iPadやスマホで調べたワケではなく、いつものごとく、ネット内に張り巡らしたポインターにより入手したのだ。

「江野くん、この学園の理事が理事長含め全員交代している・・・」

洋二はこの能力を手に入れて超然としたふうになり、キャラ少し変わった?と親しい信夫あたりから言われる始末だが、自分らが苦労してこの約三か月作り上げた番組が垢BAN、兼崎の実家の芸能プロダクションが倒産、現役高校生が配信した動画に絡み警察に捕縛、そして自分らが通う高校の理事会が総入れ替え、つまり乗っ取り、がこの少ない時間、まさに終業式の日の終わりのチャイムに併せて、立て続けに起こった。

―これが偶然なワケない。

洋二は今フルでエンマコンマのネット内探査能力でそれぞれの事件を追い、各AIに追わせている。

―遂に来たんだ!来たんだ!同類が!

しかも、〈それ〉は警察を動かせ、歴史ある学園や有名な芸能プロダクションくらいならば、瞬殺できる!と高らかに謡っている、ということは明らかに洋二というエンマコンマを狙った挑戦状である。

その時、藍から洋二に電話が入り、「洋ちゃん!タイヘン!ラーメン屋が潰れている!」とパニクって言ってきた。

―さすがにそれは違うだろう。

とだけ洋二はその時思った。

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