陥溺ソロ
@mixxi
第1話
波の動きと内実は一致しない。緩やかに、効率的に僕の身を引きずる。母がなにか叫んでいる。足は水飛沫を上げるだけで波の前では無意味だった。波の山に乗り前に進むと思いきや、体は波の山を越え岸とは逆側の斜面を滑り更に浜が遠くなる。繰り返す、繰り返す。
男子大学生、袴田は幼少期に海で溺れたことがトラウマとなり、水を恐れる。海、プールはもちろん日々のシャワーや洗顔ですらあぷあぷ言いながらこなしている。
大元を辿れば袴田が幼稚園の頃からずっと水が嫌いであった。母は「お前は私がしっかり抱えていても自分で湯船の端をしっかりと握りしめていた」と言う。幼稚園の体育のあきこ先生(当時は見た目と言動から男だと思っていたが小学生になって女性であったことに気づいた)はプールの授業の際、子供を一人一回ずつ水面に投げる。これが袴田は大嫌いであった。鼻に逆流する塩素の混じった水が喉と鼻の境界をチクチクさせるからだ。そんな袴田の反応をあきこ先生は楽しみ、袴田だけ五、六回と投げられる羽目になる。帰りのバスの中で喉をクックと鳴らしながら、顔の穴という穴からあぶくのでる水中の一瞬の情景を反芻する。授業を重ねるたびに自分の中で水がより恐ろしいものとなっていった。
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