催眠能力を手に入れたオレは、少女漫画のヒーローに身体の支配権を奪われる
ななし
第1話 催眠能力と永遠のライバルを手に入れた日
夏休み最終日の夜にとんでもない頭痛によって気絶したオレは翌朝、目を覚まして自分のなかに宿った力に気づいた。
「こ、これはまさかあの伝説の能力!!」
理由はまったくわからない。けれど、自分のなかにある力のことを誰から説明されるまでもなく理解することができる。
「催眠能力……だ!!」
催眠能力。
十八禁の漫画や同人誌でよく見かける能力である。アプリの場合や特殊能力パターンなど描写パターンは様々だが、そんな能力を使って行われることはすべて同じだ。
女の子を操ってエッチなことをする。
それに限る!!
そんな能力が自分のなかに宿っている。にわかには信じられないが間違いなく自分のなかに感じる力の波動に気が大きくなっていく。
「ははははは――っ!!」
笑いが止まらないとは正にこのこと。頭が真っ白になるほど笑っていたら、水を差す者が現れた。母さんだ。
「何、笑っているの。早く顔を洗ってきなさい」
「あ、うん」
思わずいつもと同じように返事をしてしまった。けれどすぐにはっと気づいた。今までとはもう違うのだということに。
「ふっ。最初の命令がこんなことになるとはな」
尊大な口調で胸を張りながら、能力の発動モーションに入った。
顔を右の手のひらで覆い、左目を閉じる。右目を指と指の間から対象の目と交わす。そして、命令を下す。
「――朝くらいは自由にさせろ!!」
「あら、たしかにそうね。でも学校には遅れないようにね」
母さんはそのままリビングへと戻っていった。あの口うるさい母さんがこんなにあっさりと。
「これは間違いない!!」
この能力は本物だ。この力があれば女を操ることはもちろん、金にも困らない。いやそんな次元の話ではない。もはや、国や世界すらオレのものと言っても過言ではない。
「しかし、学校か……」
もはや行く意味はないが、学校には人がいる。それもオレのクラスには特上の美少女が勢揃いと来た。行かないという選択肢はない。
一学期までとは違い、勢いよく布団から飛び起きて身支度を始めた。
トイレを済ませて洗面所の前に立って、あらためて自分自身を見る。
「ふっ、心なしか昨日よりもカッコよくなっているような気がするな」
覇気に満ちあふれている己に思わずうっとりとしてしまう。そこでようやく気づいた。自分の右目の色が変わっていることに。
「ん? 赤い目……になっているな。能力の影響か? 悪くない、悪くないな!!」
左目の色は変わっていないのでいわゆるオッドアイというやつになっている。これでこそ、この世界の支配者にふさわしい。
「しかし、この両目。どこかで見たような……」
何か頭のなかでちらつくので記憶を掘り返していると、思い出した。
「昨日読んだ少女漫画のヒーローによく似ているのか」
翌日から学校が始まるので憂鬱になったオレは、適当にスマホを操作して見つけた少女漫画を読んだのだ。甘いマスクの心優しいヒーローが自称地味な見た目のヒロイン――めっちゃ可愛い――と恋愛をしていくという話だった。冒頭を読んだだけで胸焼けを起こしそうになったが、昨日まで無料ということなので無理して一気に読み進めたのだ。無料という言葉に弱い年頃なのだ。
そんなヒーローの両目が今の自分と同じく黒と赤のオッドアイという色をしていた。
偶然に違いないが、いやに気になる偶然だ。何か意味があるのではないかと、勘ぐりたくなるほどに。
左目を閉じたまま、右の目をじっくり見る。見れば見るほどそっくりで気味が悪くなってきた。いつもの癖で右手の中指で額を触りながら、ぽつりと呟いた。
「まさか……オレにあんな少女漫画のヒーローになれ、とでも――」
言いたいのか? と口に出そうとして気がついた。今、オレはどういうポーズなのか。
顔を右の手のひらで覆って、左目を閉じている。指の間から対象の目を見て命令をしていないか?
「少女漫画のヒーローになれ」と。
「ま、待て!! 今のは命令じゃ……ない……」
けれど意思とは反してなぜか急に意識が遠くなる。くらっとしたかと思ったら、オレは床に倒れ込んでいる自分の身体を真上からふわふわと浮かんで見ていた。幽体離脱なんてものはしたことはなかったが、これがまさしくそういう状態なのだろう。
身体に触ってみるも元に戻れもしないし、身体を動かせる気配も微塵もない。
『クソ! 何が起こっている――ッッ!!』
「――なにってそんなものは一つに決まっているじゃないか」
独り言のはずの言葉に応えが返ってきたこともそうだが、突然自分の口がひとりでに動き出したことに飛び上がるほど驚いた。
『お、お前は……まさか……!!』
「その、まさかだよ。ボクは君の記憶で言うところの少女漫画のヒーローさ。こんなことになったことはないから、ボクもかなり驚いているけどね」
『そんなことはどうでもいい!! 早く身体の所有権を返せ!!』
オレの身体は爽やかに微笑みながら言った。
「それはできない。君を身体に戻すと女の子たちが悲しむことになるからね」
頭の血管がぶち切れるとは正にこのこと。
『ふ、ふざけるな!! その身体はオレのものだ!!』
「うん、そうだね。だから、君から邪心が消えたら身体を君に返すよ。それまではそうやって外界を眺めているといい」
そんなふざけたことを抜かす野郎をぶん殴りたくなってくるが、何をしても体はぴくりとも動いてくれない。しまいにはこのふわふわとした身体で殴りかかるもスカッと通り抜けてしまう始末。
『クソクソクソ――ッッ!! オレのハーレム性活が――ッッ!! お前のことは絶対に許さないからな!!』
そいつは微笑みだけを残して華麗にスルーを決め込んだ。
『必ず、必ずだ!! 取り返してみせる!! 覚えておけ!! ヒーロー!!』
「――うん、楽しみに待っているよ。
――こうしてオレとボクの共同生活は始まったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます