通りすがりの2児の義母です! ~愛娘達の悪役ルート突入は私が絶対阻止してみせます!~

漁業自由

第1話 世界が滅びる未来、変えるため

「かーさま、おなかすいたー」

「ミートゥー」

「ちょ、ちょっと待ってね! すぐ作るから」



 ありえない。ありえない。ありえない。

 昨夜、久々に「レジェグラ」の二次小説サイト巡りをしたせいだろうか。

 朝に備えて、早めに読むのを切り上げて眠りに着いたはずなのに、



「かーさまのごはん、おいしいからすき」

「イエス。デリシャス」

「(気が付けば見知らぬ幼女達から朝食をせがまれている件!)」



 よし、一旦落ち着こう、私、

 まずは自分の置かれた状況を一から整理するのよ。

 ……そもそもの始まりは昨夜だと思う。

 私は昨夜ゆうべ、就寝前にレジェグラこと「レジェンドオブグランディア」の二次小説サイトを数年ぶりに読み直していた。

 私が高校生の頃に大ヒットしたシミュレーションRPGで、リアル店舗でコラボアイテムが発売されたりした時なんか、アクスタや缶バッジ、クリアファイルなんかをよく買っていた、大好きなゲームだった。



「めっちゃいいにおいするー!」

「ナイススメル」

「あはは……も、もうちょっとだから」



 さすがに大学を卒業して家業の喫茶店を手伝うようになってからは疎遠になってしまっていた。

 けれど、昨夜はふと何となく昔買った設定資料集やアートブックを読み返したのが切っ掛けで、不意に懐かしくなってしまって、そのままレジェグラの二次創作のネット小説が掲載されていたサイト巡りと洒落こんだんだけど……。



「(まさか……レジェグラに想いを馳せ過ぎて……異世界転生!?)」



 そんな事ホントにある?

 そりゃ私もまだ10代の頃の「剣と魔法の世界」への憧れを完全に捨ててしまってはいないけれども!

 ギリまだ20代、ついこの間彼氏と話が合わなくなって別れたばかりですけれども!!



「(これ知ってる! なっちゃおう小説によくあるパターンだよ!!)」



 「小説家になっちゃおう」って小説投稿サイトだと、主人公がトラックに轢かれたり、ブラック企業に就職した末の過労死とかが原因で死んじゃって、なんやかんやあって異世界で第2の人生スタート!っていうのが定番だけど……私、フツーの一般市民だよ!? 実家の喫茶店手伝い(将来的には恐らく私が継ぐと思う)だよ!?

 てゆーか私、まだ死んでないから!

 さすがに健康には十分気をつけてたし、眠ってる最中に脳出血とか心筋梗塞とか起こしてない限りは……多分。



「(あと、さっきから気になってたけど……こ、この子達って、まさか?)」



「もしかしてココってレジェグラの世界なんじゃ?」と、何となくだけど確信が持てた理由。

 さっきから調理中の私の後ろでキャッキャしてる2人の少女達に、ものすごーく見覚えがあったからだった。



「ラ、ライア? サラダをテーブルに運んでもらえる?」

「はーい」

「ユ、ユティはスープのお皿を運んでくれるかしら? スープのお鍋は私が持っていくから」

「イエス、マム」



 やっぱり!!!

 こ、この2人、レジェグラで何度も主人公達の前に立ち塞がった悪役キャラの魔剣士ライアと魔導師ユティじゃん!!!

 親の顔より見た……は、言いすぎかもだけど! 学生時代に何十周とレジェグラやり込んだ私の目に、やはり狂いは無かった!



「はやくたべたいねえ」

「ソダネー」



 赤髪の魔剣士ライア。

 荒っぽい口調、苛烈にして悪逆非道、立ち塞がるなら女子供でも容赦無く斬り捨てる!

 魔剣の使い手で、ゲーム本編で幾度も主人公と戦う事になるライバルキャラの一人!

 けれども、キャラデザ担当の絵師による美麗な"おっぱいの付いたイケメン風"の凛々しい立ち絵や迫力あるイベントCG、声優さんの熱演、敵ながら何処か同情を誘う境遇や台詞回しで、悪役キャラながら大人気で、私も大好きだったキャラだ。

 勿論、ファンアートも滅茶苦茶多かった。



「ユティ、フォークとスプーンもってって。あたし、おみずもってくから」

「ラジャラジャ」



 青髪の魔導師ユティ。

ライアと血の繋がりはないものの姉妹として育てられた、比類なき魔術の使い手!

 発する言葉は何処か片言っぽく、ミステリアスで儚げな美少女という印象を与える反面、いざ戦いとなればライア同様、苛烈に主人公一行を攻め立てる希代の魔導師!

 しかもゲーム終盤になるとリミッターが解除され、全体マップ攻撃の魔法を毎ターン繰り出すようになり、回復が追い付かず全滅するプレイヤーが続出、何度もリトライする羽目になった罪深い少女!

 ライアと同じくユティも悪役ながら大人気キャラで、私もアクスタとか缶バッジ持ってたなあ……2人のオンリー同人イベントにも何回か行ったし。



「(でも……このライアとユティって……)」



 本編に登場した2人は18歳だったはずだけど……今、私の目の前に居るライアとユティは、どう見ても幼稚園くらいの歳にしか見えない。

 キャラデザ担当の絵師の人が出したレジェグラのアートブックに子供の頃の2人のラフが幾つか載ってた覚えがあるし、まさに今の2人に瓜二つだった。



「はー。ごはん、まちどおしい」

「ネー」



 あと可愛い。

 そう、可愛いのだ。

 ゲーム本編だと年相応な感じで大人っぽい中に何処か子供らしさがあった2人だけど、今は完全に純粋無垢な子供って感じなのよ……従姉妹の子供達がお正月やお盆にうちの遊びに来てたの思い出すわー……思わず、お小遣いあげたくなっちゃう。



「(って事は、ココって……レジェグラのゲーム本編より少し前の世界……ってコト!? じゃあ私、私って……)」



 しかも。しかもだ。

 ライアとユティが私をどう呼んでいたのかを思い出した途端、煮込んでいたトマトリゾットに、最後の仕上げのチーズとパセリを振りかける私の手が思わず震えた。



「(あの子達、私のコト……"かーさま"とか"マム"って呼んでなかったかなあ? かなあ!?)」



 ライアとユティが母と呼んで慕う人物は、レジェグラに一人しか存在しない。

 主人公達がストーリーを通して最後まで

敵対する事になる邪教団の教祖にして、異界から邪神を復活させて世界の破壊を目論んだ大魔女グランドウィッチ

 代々魔女を輩出する"魔女の塔"の中でも歴代最高の術者と呼ばれながら世界に反旗を翻した、レジェグラ最後の悪役キャラ。

 最期は自らと娘達の魂を贄として、邪神を復活させ、本懐を遂げて命を絶ったーーーー



「ディケーじゃん、私!!!」



 どーりで!

 調理の最中、顔をペチペチ叩いて再確認する。

 何かさっきから髪は腰くらいまであるし、おっぱいも何かいつもより大きくて肩凝るなー、とか思ってたんだわ!!

 キャラデザ担当の人、黒髪ロングで巨乳の女キャラ描くの好きだったよね-……って、納得してる場合かー!

 絵師のへき全開ですやんか!!

 そのキャラに憑依してしまってますやんか!!!

 耳はとんがってるし、指先でチョイとつついたら鍋にボッと火がつくし、オタマとかも手をかざしたら勝手に飛んで来るし、包丁も勝手に動いてトントン高速で野菜刻むし!

 わー便利やん、とか思ってる場合じゃなかった!

 主人公達に倒される悪役達の義母になっちゃってますやんか私!!!



「かーさま?」

「マム?」

「あ、ご、ごめんね? 急におっきな声出して……」



 いけない、いけない。2人を不安がらせる訳には……。

 まずはこの朝食を乗り切らないと。

 どうも状況からして、ディケーが朝食の準備をしている最中、私が急に憑依してしまったっぽいのよね……。

 子供達からしたら急に義母がおかしくなったって思うだろうし、少しでもおかしな言動や行動は慎まないと……まあ、どうせ夢だろうけどね、コレ。

 うん、絶対夢だ。リアルな夢だわ。すっごくヘビーな夢。



「さ、さあ、朝御飯にしましょうか。

 今朝は母様特製のトマトリゾットとサラダ、チキンスープよ」

「わーい!」

「メシノジカンダー」



 レジェグラは戦闘中にアイテム欄から食べ物を選択して食べる事でHPやMPを回復する事が出来るんだけど、ゲームを開発した人達が日本人だけあって、日本のレストランや喫茶店でもよく見るようなメニューが多かった。

 なのでまあ、食材も日本のスーパーでも見慣れた物ばかりで助かった……変な野菜とかお肉とかはちょっと調理するのに勇気要るよね……未知の食材とかじゃなくて良かったー。



「じゃあ、えっと……こ、こうかな?」



 何気なく指先でヒョイとやったら、リゾットの入った鍋のオタマと、スープが入った鍋の中のオタマ、2つがそれぞれ勝手に動き始める。

 しかして、テーブルに並べられた私達3人のお皿にリゾットとスープをそれぞれ盛ったり注いだりしているのを見て、さすが大魔女とフツーに関心してしまう。

 ………便利過ぎない? まるで手が2本から4本に増えたと言うか、出来る事が一気に増えた感覚と言うか。

 こんな気軽に魔術を使っていいのかなー、って気もするけど。



「それじゃ、いただきます」

「いただきまーす!」

「イタダキマース」



 親子3人で食卓について、いざ朝食。

 果たして、味はどうだろう。

 途中まではディケーが調理してたから、そこまで大きく味は変わってないはずなんだけど……。



「お、美味しいかな?」

「ん、きょうもおいしー!」

「デリシャス、マム」

「(ほっ……)」



 良かった、口に合わなかったらどうしようかと……。

 子供達が笑顔で異口同音に「美味しい」と言ってくれて、まずは私も胸を撫で下ろす。現実の私より明らかにデカくなった胸を。あー、設定資料集にはディケーのスリーサイズとか載ってなかったけど、絶対デカいよコレは! 万年肩凝りコースだよ!!

 ……なんて冗談はさておいて、私もリゾットをパクリ。



「(ん、我ながら美味しい!)」



 日本のスーパーで売ってるトマトとはちょっと違うのか、やや糖度が強めのトマトリゾットに仕上がっている感じがする。実家でもたまにトマトジュースを使ってリゾットを作ってたけど、チキンブイヨンとか入れないとちょっと酸味が強かったりで味気ない感じがしてたなあ……でも、これは美味しいのでは? なるほど、これが異世界トマトの味か……こっちではこれがスタンダードなのかしら。

 って、



「ラ、ライア、ゆっくり食べなさい。

 リゾットが熱いから火傷しないようにね。お水も飲んで」

「はーい」

「ユティも……えっ、もう食べたの!?

 ちょっ、リゾットが空になったお皿を舐め回さないの。おかわりまだあるから」

「ゴチニナリマス」



 とまあ、こんな感じで子供達にも好評みたいで一安心。

 タマネギやチキンもちょこちょこ入ってるし、腹持ちは良さそうな感じ。お米も多分、日本で作られてるジャポニカ米に近い食感ね……うん、これなら私の口にも合う。毎日でもイケそう。



「ぷはー、ごちそーさまでした!」

「ウマシ」



 サラダもチキンスープもみるみる無くなっていったし、ライアもユティも好き嫌いはどうやらないみたいね。良い事だと思う。



「かーさま、おひるはどーするの?

 また、はたけのくさむしり?」

「えっ? えーと……」



 そう言えば朝食を作っている最中、台所の窓の外に家庭菜園が見えた。

 確か設定資料集だと、ディケーは戦災孤児だったライアとユティを養子にして、しばらくは人里離れた山奥の小屋で一緒に生活したり魔女の後継者としての鍛練を施していた、って書いてたわね……グラフィック担当の人が描いた山小屋とか畑とか井戸の絵も添えられてた気がする。



「おひるのおしごとおわったら、まほーおしえて!」

「そ、そうね……どうしよっか……?」



 ディケーの元ネタのギリシャ神話の女神ディケーも、人間が悪事を働くようになったのが見てられなくなって山奥に隠れ住むようになったって話だし、オマージュなのね、きっと。

 って、あ、あれ? じゃあ、もういっその事……。



「(このまま親子3人で山奥に引き籠ってれば……?)」



 ディケーが邪神復活を目的とした邪教団なんて設立しなければ、そもそもレジェグラの主人公達と敵対す理由も生まれない訳で……。



「(ディケーも、ライアも、ユティも、死なずに済む……?)」



 そんな、ファンが考えたようなゲームの悲劇回避の、都合のいい二次小説みたいな事が……起こり得るって言うの?

 歴史の改変ってやつ……になるのかしら?

 けど、それじゃレジェグラのストーリーが成り立たないんじゃ……それとも、ディケー達の代わりに別の悪役と言うか、世界の破壊者的な存在が現れる、とか?



「(大体分かった……と言いたい所だけど、分からない事だらけじゃん!)」



 ゲーム本編の時間軸で主人公ならいざ知らず、本編開始の過去の時間軸で悪役キャラに憑依しちゃうのはヨソウガイデス!



「(でも……)」



 多分、これは夢なんだろうけど。

 久々に学生時代に夢中だったレジェグラの事を思い出した私が見ている、束の間の夢なんだろうけれども。



「ユティ、おさらかたづけよっか」

「アイヨ」



 食べ終わったお皿を重ねて、トコトコと小さな足取りで洗い場に運ぶ2人。

 どちらもディケーに出会う前は戦災孤児として辛い時間を過ごしたはずなのに、お腹いっぱいになったのか、屈託のない子供らしい笑顔を浮かべている。

 義母のお手伝いをする事で、自分達なりの居場所を得た幸せを感じているのかもしれない。



「(ライアもユティも、このままだと世界の敵となって悪役のまま18歳で死んでしまう……)」



 そして、私も。

 ……いや、この際、はいい。

 魔女はそもそも人間の女性に似ているだけで、人間とは異なる種族という設定だったはず。超常の存在。世界のことわりを見つめる監視者、そんな設定だった気がする。



「(……今の私は人間じゃない。でも、母親なんだ)」



 ディケーに憑依してしまった事で母性本能が強くなったのか、出産未経験ながら母親としての本能が強く疼く。

 そうだ、私が守護まもらなきゃ!

 この子達の運命を変えられるのは、私しか居ない。



「ライア、ユティ」

「かーさま?」

「マム?」



 食器を洗い場に置き終わった子供達をそっと後ろから抱き締め、私は自分自身に言い聞かせるように、言った。



「貴女達は母様が守るわーーー何があっても、絶対に」



 時間はあと10年とちょっと残されている。

 これが夢なら、どうか覚まだめないで。

 ほんの少しだけ、私に都合のいい夢を見させてほしい。

 2人の小さな肩を強くなりすぎないように抱き締めながら、私は願った。

 ーーー私が、未来を変えてみせる。

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