部長

「かんぱーーーい」


「「「かんぱーい」」」



なんでだよ!



ここは会社のすぐ近くのカジュアルなスペイン料理店。

スズとシェイクの公園のすぐ裏。



「風間さん一言!」


そう、いきなりのあいつの歓迎会。

俺は歓迎してないのに。



言い出しっぺは部長だった。



「こんな会までやっていただいて嬉しいです

 ありがとうございます」

爽やかに腰も低く、誰も裏の顔なんか想像してない。

いい人が来たなった思ってんだろ。

「早く仕事に慣れて役に立てるよう頑張りますので

 ご指導お願いします」

パチパチパチパチ


ご指導なんていらないだろ。

むしろご指導したい方なんだろうと思うけど。


グビグビグビグビ


不貞腐れ酒は染みるな。


「朝霧、どうだったの?今日」

隣に座る静香は、対角線上の席で爽やかに酒を飲むおっさんを見た。

いい答えが返ってくるとしか思ってないトーン。

「どうって、別に普通」

「ふーん」


PPP PPP

あ、癒しだ。


『これ答え何?明日当たるの(>_<)』

数学の問題の写真が一緒に送られてきた。

『まず線分ADの値』送信

「静香、なんか紙ない?」

「はい」

ぽいっとひらっと、紙ナプキン。

「レディーとしてメモくらい持ち歩け」

「すみませんね…ってなに書いてんの」

「三角形の二等分線の比」

「それ答え教えちゃうの?

 解き方教えないといけないんじゃない?」

「受験に数学ないからいい」

「そんな問題?」

「そんな問題」

紙ナプキンにも意外と文字が書ける件。

問題の写真を見ながら三角形を移し、ビールを飲み枝豆を食べ

「枝豆ってスペイン?」

「スペインで育った枝豆なんじゃない?」

線を引いてAやらBやら書いたところで

「玉子焼きうま!」

「オムレツでしょ」



「朝霧!」


部長がお呼び。

部長の席の前には本日主役のおっさん。

あ~あ、嫌だなって思った。


「はい」


席を立ち

「これやっといて」

紙ナプキンを静香にバトンタッチして部長の隣へ移動した。



「どうだった?今日」


部長も静香と同じことを聞く。

中途でエネ開に採用されたおっさんが期待されてないはずない。

確かに俺が個人的に嫌いなだけで、まだその実力は知らない。

うちでのやり方や、取引先の企業を把握してしまえばとてつもない戦力なのかもしれない。


「まぁまだ初日だからな」

「はい、これからですね」

自分で言うな。

「朝霧これ食べたか?」

「生ハムですか?」

「美味い」

「朝霧先輩どうぞ」

おっさんがビールを。

いらないなんて空気読めない発言は出来ない。

「ありがとうございます」

「朝霧、風間さんはなんでも飲むらしいぞ」

「へ〜そうですか」

たわいもない話。

飲みながら食べながら。

たぶん部長が気をつかってくれたんだと思う。

「アヒージョって油のやつだよな?

 油控えろって言われてるしな~」

メニューを見ながら部長は楽しそう。

「部長、たこわさもありますよ」

「たこわさか~それな」


「朝霧、出来たわよ」ヒラリ

「お、サンキュ」


紙ナプキン落として静香は恐らくトイレへ。

「部長!何か注文しますか!」

下田はいつもながら注文係。

「たこわさと白ワイン」

「イエッサ!」


「それ何?」


おっさんが紙ナプキンに食いつく。


「あ、いえ別に」

「お、数学か?マリアちゃん?」

部長に取られ、部長はひろげてニコニコと笑う。

「全くわからん、忘れた」

「明日この問題で当たるらしいです」

「答え教えちゃっていいのか?教育的に」


「マリアちゃんって?」


入ってくんなよおっさん


「朝霧くんの彼女」

「あ、彼女いるんだ」

悪意あるな、言い方。


このおっさんに、スズを話題にしたくなかった。

だから話題を変えようと思った。


なのに



「朝霧くんの彼女はね

 瑞葉コーポレーションの九州本部長の娘さんでね

 今高校三年生なの、可愛いのよこれが」



クスッ



はぁ?

今の笑いはなんだ。



「風間さん、朝霧くんどう?

 風間さんから見ればまだまだだよね〜」アハハハハ


部長は酒を飲んでも、そんなディスり方をする人じゃない。



「そうですね、まだまだ若いですね」



なに?



「彼女高校生って」クスクス

「若いでしょ〜」



「あぁ、だからか」



堪える手の平が、握りしめすぎて変な音がする。




「だから瑞葉なんて大きな会社、取れたんですね」




「は…?!」




頭も心も何か切れた。



その瞬間、テーブルの下でガシッと手首を掴まれた。


涼しい顔した部長が手首を握りしめる。


落ち着けと


そう言っている。



「いえいえ、彼女が娘だったとわかったのは

 契約後、しばらくしてからですよ」

「どうだかクスッ

 わからないですよ、最近の若い人は

 どんな手使ってでも、ってことも」

「そう見えますか?」

「そうですね

 どんなに出来るエースなのかと思いましたが

 詰めが甘いというか、効率も悪いですしね」

「今日のYSF社も

 風間さんが契約書進めたんじゃないですか?」

「そうなんですよ

 せっかくうんと言わせたのに

 朝霧くんは契約書出さなくて。

 部長もやはりそういうところだと思いますか?」

「そうですか、やはり」

「えぇ」


部長から笑顔が消えた。



「だと思いました

 あの時間に、時間のかかる契約書の記入を

 朝霧がするはずありませんからね」



おっさんからも笑顔が消えた。



「先方が契約書を、と言わない限り

 うちでは日を改めるんですよ。

 一旦時間を置いて冷静に判断してもらうのと

 もう一つ」

「もう一つ?」

「昼休憩の時間に長々と居座らない。

 些細なことかもしれませんが

 空腹は少なからず人を苛立たせる。

 そこに時間のかかる記入作業をさせると

 うちに対して負の感情を抱くことになる」




「朝霧をなんで指導係にしたかわかりますか?」


「……」




「出来るからですよ」




わかってくれていた。


だからこの部長が好きなんだ。


この部長の元で働きたいと思ったんだ。



「まだまだとおっしゃるなら

 これを指導係にした私が悪かった」



堅かった部長の表情が、ふといつも通りに戻った。



「さ、腹減ったな

 風間さんパエリア食べますか?」

「……」

「年は下ですが

 私は朝霧からうちのやり方を覚えて欲しいと

 思ったんですよ。

 まぁ、高校生に色ボケな

 どうしようもないやつですけどね」ワハハハハ



「部長…」



「あ、マリアちゃんに送った?

 ほら広げて持て、写真撮ってやるから」




俺を信用してくれてるから


俺はここで

思いきり仕事ができるんだ。



「風間さん、パエリア食べますか?

 ここのパエリア美味しですよ」

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